1.はじめに
本校は,1907年に「女子商業教育の父」として知られる創立者・市邨芳樹が女子への本格的な商業教育の必要性を説き,日本初の女子商業学校として開校した名古屋女子商業学校に端を発する。2002年に男女共学化し,2017年には県内で先駆けてひとり一台のiPadを全生徒に配付した。ICT教育の先進校として時代に即した教育を実践しつつも,建学の精神「一に人物,二に伎倆」を掲げた人物教育に力を注いでいる。2023年にはユネスコスクールに加盟,異文化交流イベントや国際ボランティア活動を通じて,国境を越えてやさしさをつなぐ活動を実施している。学習面では「生徒主体の授業」を軸に各教科で探究的な要素を取り入れ,2・3年生では学年の枠を超えたゼミ活動も実施している。さらに,英語を通じて世界中の多様な文化や考えを学びグローバルマインドを育てる「グローバル・コンピテンスプログラム(GCP)」,独自のメソッドで読み・書き・話すトレーニングを通じて考える・伝える・対話するための”ことばの技術”を身につける「言語力・論理力」といった独自科目も展開し,主体的に学ぶ姿勢を育んでいる。
2.Pocket Speaking(ポケスピ)導入経緯
新カリキュラム下における授業の開始に際して,従来型の読解・文法指導から脱却し,実用的なコミュニケーション能力の育成を重視するという方針が教科で出された。それまでもタスク中心型のグループワーク・ペアワークを基本としたスタイルで授業展開されていたが,もう一歩踏み込んで,より対話的かつ探究的な授業を実現するために,かなり早い段階から教科書の吟味・選定を行った。
そこで採択されたのが,啓林館のLANDMARKと,LANDMARK Fitである。SDGsを意識した様々なトピックを扱いつつも,章末には思考・判断・表現力を要するOUTPUTタスクが用意され,本文の内容をさらに深掘りすることができる。なにより本文ページに日本語による説明が一切書かれていないのが魅力であった。このような教科書を使って授業展開するうえで不可欠な要素が,本文の音読活動であったことは言うまでもない。逐語訳による読解ではなく,何度も音読する中で本文の内容が頭に入ってくるような,字面だけでなく音声でのインプット・アウトプットを通じて,身体活動とともに理解が進行していく授業にしたかった。そんな中で啓林館からPocket Speaking(ポケスピ)を紹介され,音読活動をAIが評価・採点してくれるという真新しさもあり,教科書とともに採用することとなった。
3.Pocket Speaking(ポケスピ)活用方法
導入しても活用されないままでは意味がなく,過去に導入した有料サービスは単年で廃止になることが多かった。やはりPocket Speaking(ポケスピ)を確実に授業の中で扱うようにしないと,結局うまく生徒に「使わせる」ことはできないと考え,最終的に「音読テスト」と題して,1レッスン終わるごとにPocket Speaking(ポケスピ)による採点結果を評価に反映する仕組みを整えた。その練習として毎回の授業で帯活動的にPocket Speaking(ポケスピ)を「使う」ようにした。
Pocket Speaking(ポケスピ)は単純に音読の流暢さを点数化するだけではなく,上手く発音できていなかった単語が色で示されたり,音読の一助になるような単語の聞き取り問題,本文の和訳なども一緒に入っているため,音読の点数を上げるために生徒はこうした他の機能も自然と活用しているようであった。
授業中の帯活動では,ノートアプリでグループメンバーの点数を視覚化した。自分自身の得点の伸びを確認したり,友達同士で競い合ったりと楽しみながら正確に音読する意識を育てることができている。英文を声に出すことで,アウトプットと同時にインプットも刺激され,単語の意味や文法を意識させつつ繰り返し音読させることで内容と音声,文字がリンクし,結果的に読解力向上につながるという仕組み(構図)である。
私個人では授業でPocket Speaking(ポケスピ)を使わせる時,カウントダウンをして「せーの」で音読を開始するようにしている。なるべくスタートのタイミングを一緒にしないと,シーンとした中で声を発することにためらう生徒も多いためである。
評価に関しては,71点以上が”a”,70~31点を”b”,30点以下を”c”としてパートごとに記録し,aが3つでA評価,cが2つ以上でC評価,あとはB評価といった具合に,1レッスンにつき1つの評価としてカウントしている。
凡例
パートごとの評価 | a / a / a / a | a / a / a / b(c) | a / a / b / c | b / b / b / c | a / b / c / c |
テストの評価 | A | A | B | B | C |
Pocket Speaking(ポケスピ)による音読そのものはネットにつながっていればどこでもできるが,評価に入れる「音読テスト」は必ず授業中に,教室内で行うことを原則としている。たいていはレッスンの仕上げとして行う読解テストとセットで行うことが多い。生徒はその日にベストな状態で臨むため,読解テストの勉強もかねて,事前に家で何度も練習してくる習慣が徐々についてきている。
4.導入後の変化
今まではいくら音読活動を行っていても,それを教師側で逐一モニタリングすることができなかった。生徒も英文を流れで読むだけで,発音の分からない語をそのままに,結局進歩・改善の無いまま終わってしまうことが多かった。しかし,自身の発音が点数として目に見える形で評価され,うまく読めなかった単語の分析もしてくれるため,どうしたらよりよい点数が取れるのかと試行錯誤しながら練習するようになった。
やがてはその意識が「単語」そのものへとフォーカスしていき,生徒のふり返りを見ていると,「単語を理解しないと読解力がつかないと分かった」,だとか,「語彙を増やすことで英語力が向上する」,などといった気づきにもつながっていくことが分かった。
先生は教師用ページで点数を拾って記録し,評価を付けるという作業だけだが,生徒たちは単純に英文を声に出して読む,ということ以上の学びがあったようである。
5.他のアクティビティとの関連
とはいえ,音読活動のみで4技能が満足に伸びるかと言えばそうではなく,授業内外でのあらゆる活動(アクティビティ)が有機的に組み合わさって,そうした経験が積み重なることでできることが増えていくと考えている。前述の音読テストと前後して,読解テストとともに「リテリングテスト」,「紙芝居発表」という活動を行っている。
リテリングテストは補助教材に入っているイラストとキーワードから本文を再構築する(再話する)ものだが,本校では生徒がそれぞれあらかじめ自分で準備してきた英文を覚えて書く(もちろんアドリブでもいいが)というライティングテストの形式をとっている。また,紙芝居発表は本文そのものを台本としてそこにストーリーに沿った形でスライドを付け,グループで暗唱して発表するというものだ。これらの準備・練習にも自らPocket Speaking(ポケスピ)を活用する生徒は多い。
それぞれの活動が等価として知識・技能あるいは思考・判断・表現の評価に入る。生徒たちは読む・書く・話す・聞く+創造する,こうした一連の活動を通じて,本文の内容を深く理解し,本文内の表現をアウトプットに活用できるようになる。
6.おわりに
Pocket Speaking(ポケスピ)での音読活動を通じて正確に発音することを意識し始めた生徒たちが,今後はリエゾンやアシミレーション,エリジョンやリダクションに気づいていくことで,より英語らしい発音を獲得することを期待する。あくまで4技能をバランスよく習得していく際の,ひとつの仕掛けとして今後も活用の幅を広げていきたいと考える。