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  • 理科 / 化学

実験中心授業(Chem is Try!)の実践と実験ノートの活用 ~理科教育を通じたポータブルスキル育成を目指して~

市川学園市川中学校・高等学校
乾 大介

2026.05.07

1.はじめに

高等学校学習指導要領(平成30年告示)1(化学基礎・化学)において,「物質とその変化に関わり,理科の見方・考え方を働かせ,見通しをもって観察・実験を行うことなどを通して,科学的に探究するために必要な資質・能力を育成する」ことが記されている。具体的には,①知識・技能,②思考力・判断力・表現力,③主体的に学習に取り組む態度の三観点の一体的な育成である。                                                                                              本校では,かねてより実験を重視した授業を展開してきた。中学校理科(化学分野)では年間約20回,高等学校では,高校1年生の化学基礎(2単位)で約15回,高校2年生の化学(4単位)で約25回,高校3年生の化学(4単位)で約20回の生徒実験を実施している。さらに演示実験も含めると,合計100個を超える実験コンテンツを整備しており,各学年において実験書としてまとめて作成している。

図1 本校で作成している実験書,実験ノート

 

このように,本校の理科教育,とくに実験を中心とした授業は量的には極めて充実している。しかし,その一方で「実験をやりっぱなしにしてしまう」という質的課題があった。生徒は実験操作には主体的に取り組むものの,結果の整理や考察が不十分であり,学習が経験として断片的に終わってしまう場面が見られた。また,考察においても,現象と結果を結びつけた説明や,科学的表現の精度に課題が見られた。                    このような状況を踏まえ,本実践では,実験中心授業の「量」を「質」に転換することを目標とし,「実験ノート」を軸に学習過程の再構築を行った。

2.実践の概要実験・ノート・評価の一体化

本実践では,すべての実験において「実験ノート」の作成を課した。記述内容は一般的な実験レポートで課されるように,目的,操作の図示(フローチャートなども含めて),結果,考察である。特に「操作の図示」を重視している点に特徴がある。文章のみではなく図で表現することにより,操作と現象の対応関係を視覚的に整理することができる。また,方眼形式のノートを用いることで,レイアウトも含めて自ら構成することを可能にしている。

図2 実験ノート(方眼形式)

 

考察については,「何を書けばよいかわからない」という状況を避けるため,観点を明示した。その上で自由記述とすることで,型にはめるのではなく,思考を支える足場として機能させている。                                                         さらに重要なのは,この活動を評価と接続した点である。本実践では,定期考査において一部の設問を実験記述問題として出題した。これは,実験ノートと同様の自由記述形式で解答させるものであり,生徒自身が構成や論理展開を考えながら記述する必要がある。                                    従来の問題形式が「知識を正確に再現できるか」を問うものであるのに対し,実験記述問題は,「理解した内容をどのように構造化し,他者に伝えることができるか」を問うものである。本実践においては,実験・ノート・評価を一体化させる中核的な仕組みとして位置づけている。

3.ポータブルスキルの育成と学びの構造

本実践では,理科教育を通じてポータブルスキルの育成を図ることを重視している。厚生労働省2によると,ポータブルスキルとは,分野や職種を越えて活用可能な汎用的能力であり,論理的思考力,判断力,表現力などが含まれる。AIが発達した現代においては,知識の検索や再生は容易になっている。そのため,「正解を知っていること」以上に,「どのように考え,どのように説明するか」が問われるようになっている。                                                                                                                                                    理科の観察・実験は,本来この能力を育成する構造を内在していると言えるだろう。すなわち,「見通し(仮説)をもつ」→「実験を通して確かめる」→「結果を解釈する」→「説明としてまとめる」という一連の流れである。                                                                                                                                本実践ではこれを,「つくる・わかる・くらべる」として整理した。

・つくる(表現):理解を他者に伝わる形に構成する

・わかる(思考):結果と原理を結びつけて説明する

・くらべる(判断):仮説と結果を照合し評価する

これらはそれぞれ独立した力ではなく,実際の学習の中では一連の流れとして働いている。例えば,実験結果を説明しようとする中で新たな疑問が生まれ,その疑問をもとに再び結果を見直したり考え直したりする。このような過程を繰り返すことで,理解は次第に深まっていく。実験ノートは,こうした思考の過程を記録し,振り返るための手がかりとなる教材である。また,実験記述問題は,その理解をあらためて整理し,他者に伝わる形で表現する段階として位置づけられる。

4.実践例アセチレンの燃焼

具体例として,「アセチレンの燃焼」を扱った授業を取り上げる。本単元では,化学反応式の係数の意味を理解することをねらいとした。

図3 実験書(アセチレンの燃焼)

 

本校で作成している実験書では,操作手順をあえて文章中心で示している。これは,生徒自身が操作の流れを図示することを通して理解を深めることを意図したものである。すなわち,既に整理された図を与えるのではなく,文章から必要な情報を読み取り,自ら実験器具を組み立てたり,実験ノートに図示する過程そのものを学習として位置づけている。                                                             実験では,アセチレンを発生させて燃焼させ,炎の様子やすすの発生を観察した。

図4 実験をしている生徒のようす

 

生徒はまず,「なぜすすが発生するのか」「完全燃焼と不完全燃焼の違いは何か」といった問いをもって実験に臨ませた。その後,実験ノートにおいて結果を整理し,化学反応式と結びつけて考察を行った。

図5 生徒が書いた実験ノート

 

ここで重要なのは,化学反応式の係数を単なる数値としてではなく,「粒子の数の比」として捉え,観察結果と対応づけて説明することである。例えば,酸素が不足した場合にすすが生じることを,反応式と関連づけて記述することが求められる。                                               さらに,定期考査ではこれを実験記述問題として出題した。

図6 生徒の答案用紙(実験記述問題)

 

この問題では,「化学反応式の係数の意味を説明せよ」といった問いに対し,実験結果を踏まえた説明が求められる。生徒は,自らの理解を構造化し,読み手を意識して表現する必要がある。                                                                          このように,実験で体験する ⇒ ノートで整理する ⇒ 考査で説明するという三段階を通して,理解と表現が往還する学習を構成している。

5.成果と課題

本実践により,生徒の学習にはいくつかの変化が見られた。まず,実験後の振り返りにおいて,単なる事実の記述にとどまらず,「なぜそうなるのか」を説明しようとする記述が増加した。また,ノートの構成においても,図や文章を組み合わせて伝えようとする工夫が見られるようになった。                                    さらに,教員にとっても,生徒の理解過程を把握しやすくなった点は大きい。例えば,化学式H2Oの誤記(例えば,H2OやH2O)一つをとっても,どの段階で誤りが生じているのかを特定することができる。これにより,断片的ではなく,学習過程全体を見通した指導が可能となった。                              一方で,ノート作成に時間がかかる生徒への支援や,評価の観点をより明確にする必要があるなど,改善すべき点も残されている。

6.おわりに

本校では,中学校段階においてタブレット端末を用いず,「読む・書く・聞く」といった基礎的な言語活動を重視している。本実践はその延長線上にあり,「書くこと」を通して思考を深めることをねらいとしている。

 

図7 本取り組みの概念図

(2025啓林館化学セミナーでの発表資料を編集)

 

近年,AIの発展により,問いに対する答えを容易に得られる環境が整いつつある。そのような中で,「正しい答えを知っていること」に加え,「どのように考え,どのように説明するか」という力の重要性が高まっている。                                                    本実践で育成を目指したポータブルスキルとは,特定の教科や場面にとどまらず,様々な状況で活用される汎用的な力である。観察や実験を通して見通しをもち,結果をもとに考え,それを他者に伝えるという一連の過程は,まさにその基盤となるものである。                                           理科の学習において,実験は単なる体験ではなく,理解を深め,表現へとつなげるための出発点である。実験を通して得た知見を整理し,考察し,自らの言葉で説明する経験を積み重ねることが,思考力や表現力といったポータブルスキルの育成につながると考える。

 

Chemistry = Chem is Try

 

化学とは,試してみることから始まる学びである。実際の物質を扱い,五感で感じ,それを正確に記述することこそが,物質世界の真理を解き明かすきっかけになるだろう。                                                                                   本実践が,実験を軸とした学びの在り方を見直し,理科教育を通じたポータブルスキルの育成の一助となれば幸いである。

 

【参考文献】

・1)文部科学省(2018).『高等学校学習指導要領(平成30年告示)』.82-111

・2)厚生労働省(2021).ポータブルスキル見える化ツール.

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23112.html.

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