1.はじめに
本校は「次代を担う高い理想と豊かな人間性をもった生徒の育成」を目標として,1986年に開校した男女共学の中高一貫校である。進学校として知られ,2024年度は東京大学に71名の合格者を輩出したが,受験勉強のみに偏った教育をするのではなく,科学的洞察力,国際性,利他の精神といった,リーダーとして不可欠な資質を育むことを目指し,ユニークな教育を実践している。例えば,ネイティブの教員が音楽や体育の授業を英語でおこなう「イマージョン授業」や,世界を舞台に活躍するグローバルビジネスリーダー育成を目的とした「アクションイノベーションプログラム(AIP)」など,他の学校にはないプログラムを数多く積極的に取り入れている。
文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業も,制度が始まった初年度である2002年度より指定校となり,尖った理系人材の育成に取り組んでいる。
2.西大和学園SSHの特徴
西大和学園では,中高一貫校であることを活かし,段階的に探究活動を行っている。
まず中学1年生では,体験学習として「アカウミガメ産卵観察会」や「ドローン体験」,「創薬体験」など,自然現象や科学技術に直接触れる体験をする。書籍やインターネットで得られる知識だけではなく,直接見て感じ取って学ぶことの重要性を学ぶとともに,事前学習の手法や,体験で得られたことをまとめて発表する技術も習得する。
中学2年生から3年生にかけては卒業研究を実施する。テーマ設定では各自が興味関心のあることや日常の疑問などを深掘りすることから始まり,先行研究の論文を調べながら仮説を立て,テーマを決めていく。そしてそれを実証する方法を考え,実際に実験や調査を行い,新たな疑問が生じたらまた仮説を立てていくという,一連の研究サイクルを経験する。研究成果は論文にまとめ,発表会で発表をする。
こうして,中学生のうちに全員が研究の姿勢や手法を学んだうえで,高校では希望者が「サイエンス研究」を履修し,さらに高度な課題研究に取り組んでいる。グループでテーマを設定し,教員や卒業生TA,さらには大学教授などからなる「サイエンスアドバイザー」の助言も受けながら研究を進める。自分たちで専門の大学教授を探してアドバイスをいただいたり,研究室で実習をさせていただく段取りをつけて研究を深めたりする班もある。最終的には各種コンテストや学会で発表をする。
西大和学園SSHのもう一つの大きな特徴は,縦のつながりである。2007年度より卒業生をティーチングアシスタント(TA)として採用し,毎年十数人の大学生・大学院生が教員とともに生徒の指導に当たってくれている。これにより生徒は,よりきめ細やかな研究指導を受けることができ,生徒の研究の質の向上につながっている。
このTA制度は指導をする側の大学生・大学院生にも大きな効果があった。どのようにすれば中高生に伝わるのか,中高生に考えさせることができるのかを考えることで,表現力や論理的思考力,研究のマネージメント力が身につき,TA自身の能力が大幅に向上した。その結果,TA経験者の多くが大学の研究員となり,複数名が大学助教や准教授となっている。
また,生徒間でも縦のつながりをつくる「メンター制度」にも取り組んでいる。例えば発表会の運営の中で上級生と下級生が一緒に座長をして,その手法を上級生が下級生に伝える。研究においても,同じ題材について研究する場合には,その扱い方や飼育方法などを上級生が下級生に教える。こうして研究の質を上げるとともに,教えることによる成長も促すプログラムとなっている。
3.西大和学園SSHにおける具体的取り組み
具体的な取り組みとして,2024年度高校2年生の事例を紹介する。高校1年生の4月からスタートし,8月にテーマと研究班の仮決めを行った。テーマ決めまでには,まず個人でキーワードマッピングなどを行って各自の興味を整理し,次に興味のある分野が同じ生徒同士で話し合いを行った。その後,1班あたり3名程度の研究班に分かれ,研究テーマを決定した(表1)。それ以降は,サイエンスアドバイザーである大学の先生方,企業の方々,TAからアドバイスを受けながら研究計画の作成とブラッシュアップ,そして実験を繰り返した。高校1年生の3月と高校2年生の9月に中間発表,12月に最終発表を行った。研究成果は,学会発表,外部の研究発表会やコンテストに積極的に参加し発表した。
表1 研究テーマ一覧
声質と波形の相関関係に基づく音声合成 |
楽曲の類似度の測定 |
円筒内でのろうそく火炎の振動 |
ミルククラウンの形成過程について |
日常生活におけるジャイロ発電機の安定回転の探究 |
鶏卵の加熱とDNA量の変化 |
植物由来の抗菌成分を用いた既存抗菌製品の改良 |
カイコの記憶の定着 |
虫体成分不使用の液体培地・固体培地におけるサナギタケ菌糸体の培養 |
ミドリムシの培養効率化 |
シナヌマエビの体色変化の要因と効果の検証 |
酵素糖化前処理の改善 |
リンゴの褐変を防ぐ酸化防止剤について |
光合成細菌を用いた硫化水素除去 |
アリの巣の採型方法の確立 |
プラナリアの負の走光性とLEDライトの色の関係 |
プラナリアを用いた生体内活性酸素の蛍光ライブイメージングに関する探究 |
エチレンのジャガイモにおける萌芽抑制と最適濃度についての検討 |
カテキンとβ-オイデスモールによる大腸菌殺菌への相乗効果 |
例えば,「光合成細菌を用いた硫化水素除去」に関する研究班は,光合成細菌について生物の授業で触れたことをきっかけに魅力を感じ,研究テーマとした。しかし,そもそも光合成細菌を高校生が入手することは難しく,研究計画すら立てられない状況が続いた。生徒たちは,さまざまな大学の先生方にコンタクトを取るも難航し,ある先生から別の先生を紹介して頂くことを繰り返すこととなった。数カ月のやり取りの末,奈良女子大学・清水隆之准教授と研究を行うことができるようになった。学校で実験を行うことが可能となり,また奈良女子大学で測定させて頂くことができて,最終的には,研究成果を第88回日本植物学会高校生研究ポスター発表会で発表し,最優秀賞を受賞することができた。以上のように,自分たちで外部に積極的にアドバイスを求める姿勢が,功を奏したといえよう。このような経験を通して生徒たちは,研究についての本格的な取り組みもさることながら,粘り強さや継続の大切さなど,精神的な側面についても成長できたように感じる。
他にも,「プラナリアを用いた生体内活性酸素の蛍光ライブイメージング」に関する研究班は,1つ上の学年の生徒らが飼育していたプラナリアに興味を持ち,研究テーマとした。ただし,1つ上の学年の生徒たちはプラナリアの有性生殖と無性生殖の違いに着目して研究を行っていたが,本研究班はプラナリアの再生時における活性酸素の分布に着目しており,扱う生物は同じであるものの研究目的は異なる。昨年度もプラナリアを安定的に飼育することはできておらず,また活性酸素の分布を測定する機器を本校は有していないことから,研究計画は立てられたものの,実験を行うことができず苦慮していた。しかし,本校SSHサイエンスアドバイザーである奈良先端科学技術大学院大学・別所康全教授から助言をいただき,大学の研究室において蛍光ライブイメージングを行うことができた。そしてプラナリアの再生箇所において,特異的に活性酸素が分布することを明らかにすることができた。この研究結果は,「高校生・私の科学研究発表会2024」の高校生口頭発表部門において発表し,兵庫県生物学会長賞を受賞することができた。このように,本校SSHにおけるサイエンスアドバイザーの先生方による助言は,研究を力強く推進する上で重要であるといえよう。
4.西大和学園SSHにおける物理に関する研究の具体例
物理に関する研究は,「円筒内でのろうそく火炎の振動」,「ミルククラウンの形成過程」,そして「日常生活におけるジャイロ発電機の安定回転の探究」についてであった。
ここでは,「日常生活におけるジャイロ発電機の安定回転」に関する研究について取り上げる。班員2名のうち1名は,もともと中学3年生の卒業研究において,ジャイロ効果に関する研究を行っていた。研究のきっかけは,小説家・森博嗣氏がジャイロモノレールを作製していることを知り,興味を持ったことであった。高校生になり,過去2年間に本校SSHで実施してきたジャイロに関する研究を引き継いで,SSHでもジャイロに関する研究を行うことにした。
ジャイロ発電機が安定的に回転するためには,ある一定の周期の振動を外部から加え続けなければならない。そこで過去2年間の研究では,発電機と外部から加える入力振動の周期のずれが,どの程度の範囲内であれば安定的に発電するのかを明らかにすることを目的として,シミュレーションを用いた実験を行ってきた。また,腕振り運動の腕の振動を入力振動とした場合についても,シミュレーションを行った。しかし,腕振り運動の場合における発電の安定性を評価する指標が定まっていなかった。そこで今年度は,腕振り運動と歩行運動における腕や足の振動を入力振動とした場合について,シミュレーションと実際のジャイロ発電機を用いた実験を行い,新たな安定性の評価指標を発見することとした。本研究の特徴は,ジャイロ発電機を腕や足に装着するのではなく,ジャイロ発電機をサーボモーターに接続し,腕振り運動や歩行運動をモデル化した振動を入力することで,条件制御を容易にした点である。その結果,歩行運動についてこれまでの指標だけでなく,足が体よりも前方にある時間と後方にある時間の比が,安定性に影響を与える可能性が示唆された。本研究は,第21回日本物理学会Jr.セッションにおいて発表した。
研究を行った生徒2名の,SSH活動を振り返っての感想は,以下の通りであった。ともに文系の生徒であるため,プログラミングを行う環境構築からのスタートであり,苦労した点も多かったようである。しかし,研究を行っていた上級生から,装置だけでなくノウハウや今後の課題を引き継ぎ,実験の結果や考察について相談できる環境があったため,プログラムの修正なども果敢に進めることができていた。苦労した点もあったが,その分得られたことも多かったようである。
「苦労したのはプログラミングで,「文系でプログラミング?いらんやろ」と思っていたため,度重なるエラーメッセージと戦っていた。こうした経験からとても多くの教訓を得た。一つ,自分に関係のない分野だと思っても将来何かしらで関わってくると思って取り組む。二つ,記録の管理は徹底する。これは,ファイル名が「無題の~」であふれ,何が何か分からなくなったためである。三つ,あきらめずに挑戦し続ける。これが一番重要なことである。研究では何度も実験に失敗していやになって逃げ出したくなったが,続けたことで新しいことを見つけたし,何より失敗を乗り越えた時の達成感が大きくなった。文系でSSHに挑戦したという貴重な経験から得られた教訓とともにジャイロ発電機のように受験勉強に向かっていきたい。」
「(コンテストなどで)賞を取ることができませんでしたが,不思議と賞を取れなかったことが悔しくありませんでした。むしろ,悔しくないことが悔しかったです。思えば賞を取っていた人は全員,心から情熱を持って自分の研究に全力で取り組み,発表でその思いが伝わって来るような人だったと思うし,僕はそれほどの思いを持って研究に取り組むことができていなかったように思います。僕はその経験を活かして大学に行ったら,何か一つ全力で情熱を持って取り組んでやりたいと思っています。」
5.まとめ
本稿では,西大和学園SSHの特徴と具体的な取り組みについて述べた。上記の通り,本校SSHの特徴は,①中高6年間で段階的に探究活動を行うことができること,②卒業生や上級生との縦のつながりを活かした研究の深化,などである。また,物理に関する研究例として,ジャイロ発電の研究を取り上げた。卒業研究から継続してジャイロの研究を進めることができたこと,上級生からのアドバイスを受けながら研究を深めることができたことが,よかった点である。今後はより一層,生徒間の縦のつながりを強めていきたいと考えている。この機会に,より多くの他校の先生方と交流を深め意見を頂きながら,本校のSSH活動をさらに進展させていきたい。