• 探究活動

論文作成を通した『課題発見及び解決力』,『論理的表現力』の育成

福岡県立福岡講倫館高等学校 
江頭 尚子

2025.05.13

1. はじめに

本校は2025年に創立100周年を迎える高校です。目指す生徒像として「Seize the wind! 未来を思い,努力を惜しまず,時代の先駆者になれ」を掲げており,約1,000名の生徒が学んでいます。20年前,総合学科のみを有する高校となり,国語や数学といった共通教科に加え,「ミュージカル入門」,「ボランティア入門」,「クラフトデザイン」,「コンピュータ音楽」をはじめ,多彩な学校設定科目を開設しています。生徒たちは自分の個性伸長や進路実現に必要な科目を選択し,それぞれの時間割を作って学んでいます。
各教科・科目の学習の成果は総合学科発表会「蒼風祭」で全校生徒や保護者などに公開します。文化祭,体育祭も毎年開催され,生徒たちの個性が発揮される場が多く設けられています。このような多様性を認め個性を伸ばす本校の在り方が,総合的な探究の時間における生徒のテーマ設定のユニークさにつながっていると考えられます。
卒業後の進路は近年,大学進学50%,短期大学と専門学校45%,就職5%前後で推移しており,本校卒業生は多様な分野で活躍しています。

2. 卒業までに育成したい生徒の能力

本校のグラデュエーション・ポリシーの中に「多様な学びから得られた知識を再構築して他者に説明する,高度なコミュニケーション能力とプレゼンテーション能力」の育成があります。
これらの能力を付けさせるべく,本校ではカリキュラム・ポリシーとして,まず1年次に「産業社会と人間」を通して,自らのキャリア形成,課題発見および解決能力,論理的表現力の基礎を作ります。2年次と3年次では「総合的な探究の時間」に,5,000字程度の論文を作成させます。2年次では,生徒は自らの疑問についてアンケートやインタビュー,実験といった調査を通して答えを見つけ,3年次では論文にまとめます。それぞれの年次で学期ごとにクラス内での中間報告会を実施し,特に優れているものについては「蒼風祭」で発表します。
また,思考や体験を文章にする力を付けるため,生徒は本校で作成した「K-Portfolio」という冊子に,3年間を通して行事ごとの記録を書くことで「論理的表現力」を高めています。

3. 「産業社会と人間」(1年次)における指導

1年次の「産業社会と人間」では,生き方や進路,勤労観などを養うと同時に,2年次,3年次の「総合的な探究の時間」で必要となる「課題設定」,「課題解決」,「論理的表現」の基礎力も育てます。生徒たちは,自分自身,そして地域,産業社会の順で進行するプログラムを通して,段階的に視野を広げていきます。
まず,生徒は1学期には自己分析,2年次の科目選択で自らの適性を見極めます。2学期には福岡県の社会的な「課題発見」とその「解決策」となる施設やサービス提案について「論理的表現」を意識したプレゼンテーション,冬季休業課題としては本校の学びが社会人となったときに役立つ場面を30秒程度の動画にし,映像での「論理的表現」を学びます。3学期は弁護士による労働問題の講義,新卒応援ハローワークの方による若年労働者に必要な力と課題の講義とワーク,地域でのボランティア活動を通して,仕事の実態を知り,働く自分のイメージを形成していきます。

表1 1年次「産業社会と人間」年間計画と目標

4. 「総合的な探究の時間」(2,3年次)における指導

(1)論文執筆を通した指導

本校では,1年次の「産業社会と人間」で育てた「課題発見」,「課題解決」,「論理的表現」の力をさらに伸ばすため,生徒は一人一本,論文を執筆します。テキストとしては,「ゼロから始める探究活動 課題研究メソッドZERO」を使用し,テキストを軸に指導を進めます。
2年次では,1学期から夏休みにかけて,生徒は自らの興味のある対象や事象,進路に関係する事項をもとに論文のテーマを決めます。テーマの絞り込みに当たり,本校ではまず自分のテーマ候補に近い新書を選ばせます。その中で疑問に思った部分や深掘りしたい部分を見つけさせ,それが論文のテーマとなります(「課題発見」)。2学期はアンケートやインタビュー,実験などの調査法を学び,自分が実施する調査法を決定し,調査用紙を作ります。3学期から春休みにかけて,調査を実施し,3年次の1学期半ばまでに調査結果をまとめ(「課題解決」),論文の書き方と留意点を学びます。その後,7月末まで論文を執筆し,Google Classroomを通して担任に提出し,8月に担任が添削してGoogle Classroomに返却し,生徒はそれを修正して論文を完成させます。9月から10月にかけてGoogle Slideに論文を要約して11月にクラス内で全員が発表し,その中から優れた論文を作成した生徒が1名選ばれます。選ばれた生徒たちは12月の3年次全体の前で発表し,特に優れた発表をした生徒2~3名は,1月の総合学科発表会「蒼風祭」で全校生徒及び来賓の前で発表します(「論理的表現」)。
生徒たちは,疑問や深掘りしたい部分の発見,調査の準備,調査の実施,結果に対する考察,論文執筆などの各段階で,迷いや失敗に翻弄されつつ,1年以上かけて1本の論文を完成させる中で,本校の掲げる「未来を思い,努力を惜しまず,時代の先駆者になれ」という生徒像に近づいてゆきます。

表2 2年次「総合的な探究の時間」年間計画と目標

表3 3年次「総合的な探究の時間」年間計画と目標

(2)補助教材の作成

本校の「総合的な探究の時間」の課題として,論文の指導ができる時数が限られていることが挙げられます。年次で同一の時間設定ではないため,各クラスで「総合的な探究の時間」が異なっており,状況によってクラス間の実施時間数に差が出てきます。また,1学期に文化祭,2学期に体育祭,3学期に修学旅行と総合学科発表会「蒼風祭」と,学校行事が多く時数が限られていきます。
そこで,本校では,短時間でも担任の先生方が指導しやすく,もし十分に指導の時間が確保できなくても生徒自身で学べるように,テキストに基づいた補助教材を作成しています。補助教材は,Google Slideで作成し,「総合的な探究の時間」用のGoogle Classroomに掲載します。Google Slide下段のスピーカーノートには教師の説明が書かれており,授業で担任が指導する際や,生徒が自身で学んだり見直したりする際に理解しやすいようになっています。
図1は,2年次の夏期休業課題で論文のテーマ,疑問や深掘りしたい部分,調査方法,予想される結果をまとめるにあたり,事前学習用に作成した補助教材です。何をどう書けばよいかを,夏期休業課題入力の様式に添った形で説明しています。本校独自で導入している「新書」を先行研究として利用する方法についても解説しています。生徒たちは夏季休業中に書き方に迷った際も,Google Classroomを開き,補助教材を見直しつつ,書き進めていくことができるようにしています。

図1 テキストの補助教材(2年次夏期休業課題プレゼンテーション用)

(3)本校における論文指導で身につく力

本校では,グループではなく個人で論文を書くため,個性豊かなテーマや結果の論文が提出されます。その背景には,多彩な学校設定科目から生徒の関心に応じた科目を選択しての学びや,生徒の個性が発揮される学校行事の多さがあると考えられます。
本校生徒の論文の大きな特徴は,「テーマのユニークさ」,「調査方法の多様さ」にあるといえます。

A.テーマのユニークさ

本校では,論文のテーマは,身近な課題や疑問を取り上げる生徒が多くいます。
例えば,「給食から学ぶ子どもの好き嫌いの克服方法」,「高校生の臓器移植に対する意識」のように,自分の身の回りでの出来事でありつつ社会の問題でもある事柄をテーマにする生徒もいます。
また,「告白の成功と失敗の原因」,「蛙化現象が起こらないようにするには」のように,対人関係に着目し,本校の生徒を対象にアンケートを実施する生徒もいます。「人間関係リセット症候群の現状」と題した論文では,インターネットで社会人を対象にアンケートを実施しています。
体育や部活動での経験から,「スポーツテスト時の筋肉痛の発症から治癒まで」,「陸上競技が記憶力に与える影響」のように,身体に着目した論文も毎年提出されます。
個人の趣味をテーマとする生徒は毎年多数います。過去には,「鬼龍院翔さんの音楽に使われているピアノの音」,「ヒット曲における歌詞の変遷と共通点」,「社会の雰囲気とヒット曲との関連性」のような音楽関連の論文,「『浮世絵』と『西洋絵画』での印象に残る部分の違い」,「バンクシーの作品が人を惹きつける理由」のような絵画関連の論文が提出されています。

B.調査方法の多様さ

調査方法も,アンケート,インタビュー,実験,資料の比較,それらの組み合わせなど多岐にわたります。アンケートは,校内の生徒や家族,知人が対象の場合が多いですが,近年,インターネットを通して外部の方に質問する生徒も増えました。インタビューでは,一回のインタビューで終わらず継続して実施する例も見られ,「スポーツテスト時の筋肉痛の発症から治癒まで」では,発症時から治癒に至るまで複数回インタビューをしています。実験では,部活動の生徒に協力を依頼する場合もあります。例えば「陸上競技練習が記憶力に与える影響」では,本校の陸上競技部33名を対象に,練習前後で漢字,数字,英単語の記憶力に変化があったかを調査しています。資料の比較をした「ヒット曲における歌詞の変遷と共通点」では,歌詞中の一人称と二人称の変化から社会のジェンダーレス化が見いだせることを示し,「社会の雰囲気とヒット曲の関連性」では,ヒットした曲の歌詞と,当時の起きた事件とを対照することで,世相の歌詞への影響について分析しています。
調査方法の組み合わせとしては,例えば,先に挙げた「給食から学ぶ子どもの好き嫌いの克服方法」,「鬼龍院翔さんの音楽に使われているピアノの音」では,生徒へのアンケートに加え,その道の専門家へのインタビューを実施し,分析に深みを加えています。

5. 今後の課題と展望

(1)2年次「総合的な探究の時間」の時数確保

現在,2年次だけが「総合的な探究の時間」が各クラスで異なるため,①月曜日実施のクラスの時数が少ないこと,②各担任の指導の負担が大きいことが課題となっています。今後は,多忙な先生方の指導の負担を減らしつつも効率的な指導を実現すべく,2年次も一斉に指導ができる時間割に変更する必要があります。また,現在,補助教材は下段に台本を書いたスライドですが,今後は動画化し,担当者が代わっても困惑せず指導が継続できる形を整える必要もあると考えています。

(2)論文の外部からのコメント,外部への発信の機会づくり

現在,論文へのコメントは本校職員に限られており,視点の偏りが危惧されます。今後,大学の先生や各界で活躍する専門家からコメントをいただけるような,よりよい論文が書ける環境づくりが課題として残されています。

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