【キーワード】 カードゲーム,気体の性質,難溶性塩の性質
1.実践の背景および目的
昨年度,化学を履修した生徒116名に「暗記で困った化学分野」を調査(複数回答可)したところ,無機分野66.7%,有機分野51.2%,酸化還元分野45.0% 等の結果を得た。
そこで,「無機分野」の知識定着を主な目的とした「気体の種類と性質」と「難溶性の塩の種類と性質」に特化したカードゲームを考案し,実践した結果を報告する。
ところで,「化学」を題材としたカードゲームは以前から開発・販売されている。現在,ネット販売も行われ認知度の高いゲームとしては,タンキュー株式会社の「アトムモンスターズ(アトモン)」参考文献1),アーテックの「原子モデルカードゲーム」,ナリカの「遊んで学べる化学イオンカード」等がある。
また,単なるカードゲームではなく,高校化学の授業内容に即したカードゲーム「有機大富豪」が東京大学新井氏等により開発され参考文献2),さらに学習内容に実験項目を加えることにより発展的なゲーム性を備えた「ChemiStrategy(ケミストラテジー)」参考文献3)が虎姫高校(滋賀県)の生徒により開発・販売されている。
上記の5つのカードゲームは,どれも完成度が高く「ゲーム」として楽しめ,「化学をより身近に感じる」ことができる。しかし,高校の授業で活用する場合,2つの問題点を含んでいると感じられる。1つ目は,「基礎知識の定着が途中段階の生徒が遊びにくい」,2つ目は,「高校化学(教科書記載)の知識を直接反映させたゲームではない」という点である。この2点をクリアするため,カードゲーム開発に関して,以下の①から③の3項目を意識した。さらに,知識内容,難易度等を変更できるよう自由度の高いものとしている。
① 「ルールが簡単」が前提
② 「基礎知識の定着」が目的
③ 「楽しい」「駆け引き」が含まれるゲーム性
なお,ゲームの使用に関しては,その著作や販売等に関する権利はすべて放棄し,誰もが自由に使用および改変できるものとし,改良による新たな発展を期待している。ルールに関する資料,カードを作成する際の型ファイル(MS-Word形式),質問等に関しては,本実践報告末尾に掲載しているメールアドレスに連絡していただければ対応します。
2.方法
カードは,市販のプラスチックトランプに油性マジックで元素記号などを直接書き込むことも出来るが,カード作成用のファイルをMS-Wordで作成し,フォトペーパーに印刷することも可能である(写真1,写真2)。
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写真1 トランプを使用したカード
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写真2 フォトペーパーに印刷したカード
「気体」編はカードの枚数が50枚程度であり,市販のトランプ(一般的には54枚)で足りるが,「難溶性の塩」編は枚数が多くなるためフォトペーパーを利用した。
プラスチックトランプに直接書き込むと滑りが滑らかで扱いやすいが,トランプの文字が元素記号,特性の表記を邪魔してしまう。一方,フォトペーパーを用いる場合,表記の良さ,自由度の高さがメリットだが,トランプとして切り出すのに少し時間がかかる。
2-1.「気体」編
カードの種類
① 元素(原子)カード
H:15枚 C:3枚 N:5枚 O:13枚 F:3枚 S:2枚 Cl:3枚 Br:1枚 I:1枚 合計 46枚
② 特性カード
無色 有色 無臭 刺激臭・特異臭 上方 下方 水上 合計 7枚
ルール
※ 細かなルールは,実施者が変更・追加等をする。以下は,筆者が設定した基本ルールである。
① 参加者に6枚ずつカードを配る。 残ったカードは中央(場)に裏返しておく。
② 手持ちカードで実在する気体の分子式を作り,出せる準備をする。
※ 気体は5原子分子以下,常温で気体でなければならない。
③ 順番が来たら,出せる気体分子を場に置く(例えば,2枚のHでH2として出せる)。
○ 出した気体分子は,皆で確認できるよう広げた状態で自分の前に置く。
○ すでに場に出た気体分子は出すことができない。
○「特製カード」は単独では出せない。必ず気体分子とセットで出さなければならない。
また,1度に1枚しか出せない。
◎「特性カード」と気体分子をセットで出した場合,「特性縛り」が成立し,1周だけ他のプレーヤーは,同じ特性の気体分子しか出せない。
④ 出せる気体分子がない場合は,場から1枚カードを取る。
⑤ 場からカードがなくなった場合は,ババ抜き方式で次のプレーヤーから1枚引く。
⑥ 手持ちカードを出し切った人が1番,その時点で手持ちカード枚数が少ない順に2番,3番・・・。ただし,「特性カード」を持っている場合は,カード数が少なくても失格となる。
また,2番,3番・・・と順番が決まるまでゲームを継続するのもあり得る。
補足
▼ 常温で安定に存在しない気体,6原子以上の分子の気体(例えばC3H8),気体の特性が「特性カード」の記述と異なるものを出してしまった場合,ペナルティーとして場から3枚(場にカードにない場合は,各プレーヤーから1枚ずつ)取る。さらに1回休みとなる。
特性の判断が難しい場合は,班で協議し,その後の展開は班に委ねる。
ゲームの簡単なシミュレーションを図1に示す。

図1 カードゲームの実施例
2-2.「難溶性の塩」編
カードの種類
① イオンカード
Ag+:5枚 Al3+:1枚 Ba2+:3枚 Ca2+:2枚 Cu2+:2枚 Fe3+:1枚
Fe2+:2枚 Pb2+:5枚 Zn2+:2枚
Cl–:3枚 SO42-:3枚 CO32-:2枚 OH–:14枚 S2-:5枚 CrO42-:3枚
合計53枚
② 特性カード
白色 有色 過剰NH3水溶解 過剰NaOHaq溶解 塩酸(硫酸)で気体発生
合計5枚
ルール
「気体」編とほぼ同様
3.結果
無機分野の学習が終了した3年生では,ゲームの進行,知識定着も非常に良好であった。
授業内で実施した3年生対象の気体の性質に関する小テスト(確認テスト,10点満点)において,下記の結果が得られ,カードゲームによる知識定着の有効性が示された。
A:カードゲーム実施クラス B:カードゲーム未実施クラス
A:実施前の平均スコア5.2 → カードゲーム実施・再テストを指示
→ 再テストの平均スコア9.3
B:授業前の平均スコア5.0 → 再テストを指示 → 再テストの平均スコア6.7
アンケートでは,以下のような回答が得られた。

表1 アンケート結果
全ての質問項目に良好な回答が得られた。記述部分で分かるように「知識定着を目的としたゲームである」ということを十分に理解しながら,ゲームを「楽しめた」と回答していることが見て取れる。
さらに,学習が未履修の2年生,1年生でも気体編を実施したが,ゲームそのものは比較的スムーズに進行することが分かった。3年次での学習の予習として活用が出来る。
4.考察・まとめ
株式会社新興出版啓林館出版の「高等学校化学」参考文献4)記載の「主な気体の性質と発生方法」にまとめられている気体の数は13種類である。このカードゲームでは,その全てを含む全18種類(H2,N2,O2,F2,Cl2,O3,CO,CO2,NO,NO2,SO2,H2S,NH3,HF,HCl,HBr,HI,CH4)で構成されている。「5原子分子以下で常温で気体」の条件では,上記の18種意外にも,HCNやHCHO等が存在し,そこに気付ける生徒も少なからずいた。
また,「特製カード」は,上述した7種類以外に,例えば「酸化力がある」「還元性がある」等を適宜追加することにより,ゲームの難易度と学習内容の拡大が調整出来ることもこのカードゲームの魅力と言える。
同様に,株式会社新興出版啓林館出版の「高等学校化学」参考文献4)に,「沈殿する」または「水に溶けにくい」と表記されているイオン化合物は,全36種類(SnO,PbO等,出題頻度が低いものも含む)記載されており,このカードゲームは,21種類で構成されている。不足分(例えば,Mg2+の難溶性の塩(Mg(OH)2等))を含めたい場合は,適宜カードを増やしていけばよい。このあたりは,実施するクラス・生徒の状況に合わせて対応(逆に枚数を減らす等)が可能である。
気体および難溶性の塩の知識定着が不十分な生徒もゲーム中に他の生徒と会話することにより,知識の定着が促進される。難溶性の塩で用いた「特性カード」の1つに「塩酸(硫酸)で気体発生」を入れているが,この特性カードは難易度が高く,炭酸カルシウム(二酸化炭素発生),硫化鉄(Ⅱ)(硫化水素発生)は教科書に記載されているが,その他の難溶性の塩(例えば硫化銅(Ⅱ))に関しては,どのような変化が予想されるか等,生徒間でディスカッションする場面も見られた。
人が勉強をする際,教科書を見たり,講義を聞いたりするなどのインプットに頼りがちだが,インプットだけでは十分ではない。インプットした情報を実際にアウトプットして使うことで,脳に「この情報は必要なものだ」と認識させることが大切である。教育現場では,アウトプットの方法を「小テスト」等に頼ってきた。今回,カードゲームによる手法を試行した結果,筆者の当初の予想を超えた生徒の反応を得ることが出来た。暗記という単純で面白みに欠ける学習において,授業中に生徒が笑顔で取り組んでいる姿が何よりも印象的で,最も大きな成果と考えている。
問合せ・データファイルの入手を希望される場合はsasaki_tu@g.torikyo.ed.jpまで。
【データファイルのダウンロード先】
*トランプの表裏【沈殿編】
*化学カードゲーム(気体)
*化学カードゲーム(沈殿)
【参考文献・資料】
1) タンキュー株式会社(https://www.tanqfamily.com/atommonsters)
2)「有機大富豪」 朝日新聞 2024年2月25日付
(https://www.asahi.com/thinkcampus/article-110149/)
3)「ChemiStrategy(ケミストラテジー)」 中日新聞 2025年5月28日付
(https://www.chunichi.co.jp/article/1073607)
4) 井本秀夫・尾中篤・松村道雄 他52名,高等学校化学,株式会社 新興出版啓林館,2022
5) 福岡教育大学,原田研究室 久鍋 孔暉さん,論文
(https://staff.fukuoka-edu.ac.jp/haradab/room/322320.pdf)
6) 佐藤寛之・松森靖夫・仲山輝,「原・分子の学習ツールの開発に関する考察」,山梨大学教育人間科学部紀要第17巻,2015




























































