1.はじめに
桐朋中学校・高等学校は,東京都国立市にある中高一貫の男子校です。本校は戦前に軍人子弟のための学校として創立されましたが,戦後の教育改革の中で民主的な学校に生まれ変わりました。一人ひとりの人格を尊重し,自主性を育み,個性を伸ばす,ヒューマニズムに立つ教育の理念を基本に据え,「自主・敬愛・勤労」を教育目標に,リベラルな校風のもと教育活動を行っています。
理科の授業では「本物に出会い,科学的なものの見方を身につける」ことを軸に物理・化学・生物・地学をバランスよく学んでいきます。中学では1・2年次に物理と生物,3年次に化学と地学を学びます。高校は1年次に化学基礎と生物基礎を全員必修で学び,文理選択を行う2年次に物理基礎と地学基礎のいずれかを選択し,理系はこれ以外に基礎なしの物理・化学・生物・地学の中から2科目を選択してそれぞれの科目を学んでいきます。
高校2年次の文理選択の割合は,理系が文系を少し上回る程度で,理系の生徒の多くは物理基礎を,文系の生徒の多くは地学基礎を選択履修します。基礎なしの地学も授業科目として設置されていますが,希望者が少なく開講されないのが現状です。
本稿では,高校2年生を対象とした選択必修科目「地学基礎」のプラネタリウムを活動した授業実践について報告します。
2.地学基礎で扱う天文分野
現在の学習指導要領(平成30年度告示)の改訂により,地学基礎における天文分野の内容は大幅に削減されました。この改訂以前からも,天文分野の内容は徐々に縮小されてきましたが,今回の改訂によって,定量的に扱う内容や空間把握を要する内容の多くが姿を消しました。
たとえば,恒星の日周運動や惑星の順行・逆行といった「見かけの動き」をどのように捉え,理解するかといった内容は,現在の地学基礎では扱われていません。現在のカリキュラムは,思考力の育成よりも知識の習得に重きが置かれた構成となっているのが現状です。
そこで,本校の地学基礎では,基礎的な知識の定着を重視しつつも,「考える力」を育む授業づくりを心がけています。その一例が,プラネタリウムを活用した,天体の大きさや宇宙空間の広がりを実感的に理解する授業です。
3.プラネタリウム
本校にはとても珍しいことに,校舎内にプラネタリウムがあります。本校のプラネタリウムは,私が着任する以前の1970年頃,「生徒たちにイメージしにくい天体の動きを理解させたい。」という当時の先生がたの思いのもと,既存の教室をドーム型の天井に改装し,隣町にある五藤光学研究所が作成したS-3型光学式プラネタリウムを迎えたのが始まりです。2013年までの43年間,中学生で学ぶ「天体の動き」や,高校生の「惑星の運行」などの授業で活躍してきました。また,地学部の活動でも盛んに使われ,毎年6月に行われる文化祭では地学部員の解説付きの上映が好評を博しておりました。
その後,現在の新校舎の建築にあたり,プラネタリウムを存続させるかどうかは多くの議論を呼びましたが,多くの教職員,生徒の支援もあり,最終的には存続が決まりました。現在では,アストロアーツ社のステラドームプロを導入し,4Kのプロジェクターから全天に投影するデジタルプラネタリウムが設置されています。授業では高校2年生の地学基礎だけでなく,中学3年生の授業でも恒星の日周運動や惑星の動きの学習の際に活用されています。授業以外では,地元国立市の小学生の学習上映会を行ったり,地学部が上映プログラムを作成し,文化祭や学校説明会などで上映していたりしています。このようにプラネタリウムは授業以外でも活用されています。

図1 S-3型光学式プラネタリウム

図2 プラネタリウムの写真,操作台の写真,コンソール画面の写真
4.授業実践
多くの生徒は惑星,恒星,銀河系,系外銀河といった天体の名前は知っていますが,そのサイズや階層構造をイメージすることが難しいという現状があります。特に,学習指導要領改定後の地学基礎の教科書では,それを示すイメージ図は掲載されていますが,その誌面からだけで理解するのは,なかなか難しいのが現実です。
そこで,プラネタリウムを活用して,天体のサイズや宇宙の空間把握を目的として授業を行っています。実施のタイミングについては,天文分野の学習内容を一通り学んだ後,または,学んでいる途中の段階の授業でプラネタリウムに連れて行きます。このプラネタリウムを実施するタイミングについては,毎回迷います。学習前の上映となると,その後に扱うコンテンツのイメージがつきやすく良い予習になりますが,上映中の説明が多くなってしまうのでなるべく避けています。途中の段階での上映の場合,予習と復習の両方ができるメリットがあります。また,一通り学習した後に上映する場合,振り返りの要素が強くなりますが,新鮮さに欠けるというデメリットもあります。どれもメリットがあるため,多くの場合,授業中の生徒の様子を見ながら実施のタイミングを考えています。ただし,一通り学習した後の上映の場合,考査前で生徒が落ち着いていなかったり,授業時数の関係でできなかったりする事もあるため,授業計画とそのコントロールに,いつも以上に気を遣うようになります。
プラネタリウムの上映は,既存のプラネタリウム番組ではなく,図2にあるようなコントロールパネルやコントロールダイヤルを使って行います。内容的には,地球から眺める星空で,有名な星座やその時期に観られる惑星や天体イベントを紹介してから,フライト機能を使って地球から飛び出し,以下の順番で天体を巡ります。
(1) 太陽系の惑星をいくつか巡る。
(2) 太陽系を俯瞰するところへフライトし,惑星の軌道やそのサイズを実感する。
(3) オリオン座などの有名な星座の方向へフライトし,星座を構成する恒星の距離の違いを確認する。
(4) 銀河系を俯瞰するところにフライトし,銀河系のサイズを実感する。
(5) 系外銀河,大規模構造を観察し,銀河系がたくさんある銀河の一つでしかないことを確認する。
(6) 宇宙背景放射をみて宇宙全体の想像図をみて,地球にもどる。
以上のような,プラネタリウムの上映を1コマ(50分)の授業を実施して,最後に質問を受け付けます。
- 図3(1)火星に近づく
- (2)太陽系を俯瞰する
- (3)オリオン座の星の距離の違い
- (4)銀河系と系外銀河の距離を実感
- (5)SDSSの観測結果による宇宙の大規模構造
- (6)宇宙背景放射の分布から宇宙の形を考える
5.おわりに
このような授業実践は,プラネタリウムがある特別な環境の学校でしかできないと思われるかもしれませんが,実際には,プラネタリウムソフトや国立天文台が開発した4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」などを活用し,プロジェクターや電子黒板に投影することで,そのほとんどを再現することが可能です。
教科書の内容は網羅的であるため,私自身,授業内でその内容に補足的な情報を加えることに追われがちです。しかし,知識を身につけること以上に,生徒が学びの内容に興味を持ち,さらに学びたいという気持ちを抱くことが大切だと考えています。プラネタリウムやそれに類するデジタルコンテンツを活用することで,宇宙や地学に対する興味を深め,自力で学び続けられる生徒が一人でも多く育成されることを願っています。
【参考文献】
- 文部科学省(2018).『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』
- 磯崎行雄ほか(2021).『高等学校 地学基礎』.啓林館
- アストロアーツ(2025).StellaDome.https://stelladome.com/
- 国立天文台(2020).Mitaka | 国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト.https://4d2u.nao.ac.jp/mitaka/
- 一般社団法人 日本天文教育普及研究会(2020).新学習指導要領高等学校理科「地学基礎」における天文分野の内容再編・縮小に関する声明.https://tenkyo.net/activity/declaration/statement_basic-earth-science/


































































