1.はじめに
本校は,京都市南区に位置し,JR・近鉄京都駅から徒歩圏内という交通の要地にあります。北東には世界遺産・東寺(教王護国寺),北西には芥川龍之介の小説『羅生門』で知られる羅城門跡があり,平安京の南の玄関口として栄えた歴史と文化の息づく地に立地しています。
1900(明治33)年,旧制京都府第二中学校として創立されたのが本校の始まりです。以来,文武両道・質実剛健の校風を継承しつつ,現在では「Humanity(人間性)」「Pioneer Spirit(先駆者精神)」「Self Command(克己)」の三つの教育方針を柱に掲げ,教育活動に取り組んでいます。これらは,人間性を磨き,創造性を発揮し,自らを律して行動する力を育むという,本校の教育理念の根幹をなしています。
この伝統と未来志向が交差する環境のもと,鳥羽高校では探究的な学び,グローバル教育,部活動・文化活動のいずれにも高い志をもって取り組む生徒たちが,日々,自らの可能性を切り拓いています。
本稿では,1年次の「総合的な探究の時間」における実践から,カリキュラムや教材の活用,生成系AIを利用した取組を紹介します。高校現場で探究を推進する先生方にとって,実践のヒントとなることを願っています。
2.本校の「総合的な探究の時間」の特徴
本校は,平成27年度から31年度までの5年間,文部科学省からスーパーグローバルハイスクール(SGH)の指定を受け,令和2年度から4年度まではWWLコンソーシアム構築支援事業のカリキュラム開発拠点校として研究開発を行ってきました。これらの事業のなかで,探究学習のプログラムを先駆的に実践・研究してきた経験が,現在の「総合的な探究の時間」に活かされています。
本校専門学科グローバル科の「総合的な探究の時間」は「イノベーション探究」という名称のもと,1年次から3年次まで系統的に探究活動を行っています。1年次の「地域再発見プログラム」では,地域社会を題材に課題発見力と協働的探究の基礎を育成し,2年次の「グローバル・ジャスティスプログラム」では,公正・正義の視点から国際的課題を探究します。3年次には「ユニバーサルプログラム」として価値の普遍化と創造的発信をめざします。探究のプロセスを「現状探究」「原因探究」「価値創造」の3段階に整理し,段階的に資質・能力を育成しています。
3.1年次における指導
1年次の「地域再発見プログラム」では,『課題研究メソッド 2nd Edition』(啓林館)を活用して,4人1組のチームで探究を行っています。生徒には要所で『課題研究メソッド 2nd Edition』を参照させて探究を進めています。特に,リサーチクエスチョン(第2章)と研究計画(第3章)を立案する場面で活用しています。また,初期の一斉指導の場面においては指導資料にある授業スライドデータが役立っています。
各時期の活動の流れは次の通りです。4月に探究の概要を理解し,5月にテーマを決定して周辺情報を調べ,6〜7月に研究の問いを立て調査計画を立案します。9〜10月に調査と分析を進め,11月にはまとめと考察を行い,12月以降は発表資料の作成と口頭発表の準備を進めます。2月には成果発表会を行い,探究の成果を共有します。
さらに,探究の核となる場面では,連携大学の先生による講義やワークショップを実施しています。たとえば,京都大学大学院工学研究科・神吉紀世子教授による「まちづくり研究について」,京都橘大学経済学部・乾明紀教授による「リサーチクエスチョン」「チーム探究」,福知山公立大学・杉岡秀紀准教授による「問題・問い・情報収集のポイント」などを実施しています。生徒は探究のプロセスを理解することに加えて,研究のプロとの対話を通して,思考を深める経験を重ねています。
4.今年度の新規の取り組み
本校では,今年度より生成系AIを活用した新たな探究活動の支援に取り組んでいます。OpenAIのChatGPTを探究活動のツールとして導入し,初期段階における情報収集や問いの形成を支援する環境を整えました(図1)。
本校の探究活動は,SSHやWWLでの研究開発を通して蓄積してきた「研究報告書」という独自のワークシートに特徴があります。研究報告書は,生徒が設定された項目に記入していくことで,自然と探究のプロセスが構築されていくように設計されています。「目的」から「課題の設定」「方法」「結果」「考察」「まとめ」までが一連の流れとして整理されており,生徒が段階的に思考を深められる構成です。
この研究報告書の記入を支援するために,AIエージェントを試作しました。人のような姿にすると,外見,口調から好き嫌いが生まれることが心配だったので,キャラクターとしてデザインしています(図2)。それに合わせて「イノベーション探究」という科目名になぞらえて「イノベーション」の“イノ”と「探究」の“たん”を組み合わせ,親しみをもてる名称として「イノたん」と名付けました。
イノたんは研究の目的・方法・スケジュールなどを適切に整理して,生徒の思考を支援するように設計されています。生徒はイノたんとの対話を通じて,テーマ設定やリサーチクエスチョンの作成,調査計画の立案などを自律的に行うことが可能になりました。

図1 ChatGPTの画面

図2 探究支援AI「イノたん」のデザイン
導入にあたっては,年度初めに生成系AIの利用に関する同意書を配布し,保護者の同意を得た生徒が自由に「イノたん」を利用できる体制を整えました。
本校の探究活動はクラスメイト,教師,連携している学術機関の方,京都中小企業家同友会の会員の方等と対話・協働を通じて探究に対する見方・考え方を広げることに特徴があります。今年度はこれらにAIエージェント「イノたん」が加わりました。ちょうど生徒と教師の間くらいの話しやすさの位置にいる存在になることを期待しています。
5.今年度の取り組みの結果
探究の過程においては,研究計画を立案するまでのプロセスが特に重要だと考えています。しかし,限られた指導者の中で全ての探究チームを丁寧に指導・支援するには限界がありました。また,指導者にも得意・不得意な分野があり,生徒への助言に偏りが生じることが課題でした。
そこにイノたんは,チームメイト以上,指導者未満の立ち位置で,生徒たちの探究を支援する存在として機能しました。イノたんは,私たち指導者と目線を合わせて生徒に助言するよう設計されており,その結果,イノたんの利用者数だけ指導者が増えたのと同じ効果が得られました。
実践の結果,探究活動初期の調べ学習的な活動が大きく向上しました。従来は4~5時間かかっていた情報収集が1時間以内で完了するようになりました。また,調べる項目にも偏りが見られなくなりました。さらに,これまで課題であったリサーチクエスチョンの表現や調査方法の妥当性についても改善が見られ,イノたんを活用したチームは,教師による特別な指導を要さずとも,論理的に整合性のとれた計画を立てられるようになりました。
ただし,論理的で整合性のとれた探究になったものの,リサーチクエスチョンが研究として面白いかどうかは別の問題です。探究テーマの中で,生徒自身の興味関心が最大化し,かつ独自性や面白みのある問いを設定するためには,現時点では教師や大学の先生との対話が不可欠です。
イノたんの導入については大きな手ごたえを感じていますが,その振る舞いや応答の精度については,今後さらに改善していく余地があります。
6.最後に
本校の探究活動は,これまで培ってきたSGH・WWLの成果を基盤に,生成系AIを取り入れることで新たな段階へと進化すべく挑戦中です。AIと人との協働によって探究の効率化と質の向上を実現し,生徒一人ひとりが自律的に課題を発見・解決する力を伸ばすことができるように研究開発を続けると共に,今後も,地域・大学・企業との連携を深めながら,次世代の探究モデルを創出していきます。




























































