脊椎動物の循環系について考える

鹿児島県立加世田高等学校峰元賢一

１．はじめに

高等学校においては新学習指導要領が2022年（令和4年）から実施される。現在はその移行期間にあたる。現行学習指導要領の知識及び技能の習得と，思考力・判断力・表現力等の育成のバランスを重視することに加え，知識の理解の質をさらに高め，確かな学力を育成することを目的としている。さらに高大接続改革も進められ，これまで以上に思考力，判断力，表現力が求められている。そのためには，知識や技能の習得もさることながら，生徒自身が生命現象を実体験として肌で感じることに必要性があると考える。生物に直接触れ，生命現象を目の当たりにすることで，思考力，判断力，表現力を育成するための基礎となるのではないか。
「生物基礎」の「生物の恒常性」の分野では，「体液とその循環」について学習する。体液の循環については，中学２年において学習するため，中学の学習内容の復習となることが多い。しかし，これを単に復習で終わらせるのではなく，「発生の過程」「生物の進化と分類」など専門科目である「生物」の学習に接続し，さらに，「心疾患」などの医療や「ヒトの誕生」など，幅広く学習できる内容にしたい。そこで，スーパーなどで安価に購入できる，ニワトリの心臓（ハツ）を用いた解剖実験を行い，その内容を広げて学習した事例を紹介する。

２．脊椎動物の循環系

(1) 脊椎動物の循環系について，教科書や資料集を用いてまとめる。
(2) パワーポイントを使ってそれぞれの循環系について補足しながら説明する。
- ① 魚類
  - ・１心房１心室。
  - ・心室からえらに行った血液はそのまま体を循環する単純な循環系である。
  - ・一生水中で生活する。
- ② 両生類
  - ・２心房１心室。（体循環と肺循環ができる）
  - ・心室で動脈血と静脈血が混合する。
  - ・幼生は水中でえら呼吸を，成体は肺呼吸をする。
  - ・陸上進出をするため，発達した循環系が必要になった。肺呼吸以外に皮膚呼吸もすることで，酸素を補っている。そのため，成体になっても水辺で生活している。
- ③ ハ虫類
  - ・２心房１心室。
  - ・不完全な隔壁が動脈血と静脈血の混合を多少防ぐ。
  - ・一生を陸上で生活する。しかし，水中で生活するハ虫類もいる。そのため，不完全な隔壁が重要なはたらきをすることもある。
- ④ 鳥類，ほ乳類
  - ・２心房２心室
  - ・左右の心房は隔壁により分離され，動脈血と静脈血は混ざることなく体循環する。
  - ・動脈血を効率よく全身に送るために，より発達した効率的な循環系をもつ。
(3) 胎児の循環系について考える。
- ① 【発問】胎児は「羊水」という水の中で生育（成長）しています。では，どうやって酸素を取り入れているのでしょうか。
  - ・「えら呼吸！」と答えることもあるが，それは直ぐには否定せず，「ヒトによっては耳瘻孔というエラの痕跡が残っていることもあります。妊娠4週目くらいの胎児の頭部には，魚のエラ状になった部分が存在しているのです。」と付け加えれば，より学習は深まる。
  - ・正解は胎盤を通してへその緒から酸素と栄養分を取り入れている。しかし，血管自体が繋がっているわけではない。
- ② 【発問】胎児は肺の発育が不十分なため肺呼吸しない。そのため，肺循環はほとんどみられない。では胎児の心臓はどのようにして，全身から入ってきた血液を，肺循環せずに体循環させているのでしょうか。
  ＜具体的な授業展開＞
  - ア．グループ（３～４人）で考え意見を出す。グループの意見をA4版のホワイトボードに書いて，黒板に貼り付ける。
  - イ．各グループに補足説明をしてもらう。
  - ウ．ヘッケルの発生反復説について紹介し，ヒトの心臓の発生過程についても説明する。
  - エ．「胎児の心臓の心室の隔壁は完全に形成されており，心室は完全に分かれている」ことを説明し，もう一度グループで考え意見を出す。
- ③ 胎児の循環系の説明
  - ・左右の心房どうしを繋げている「卵円孔」，肺動脈と大動脈を繋げている「動脈管」について説明をする。
  - ・心臓の発生メカニズムを研究することは「動脈管開存症」や「心房中隔欠損症」など先天性心疾患の治療研究において非常に重要である。（心疾患をもつ生徒や家族に十分配慮する。）

３．心臓の解剖

(1) 心臓の外観をスケッチする。
(2) 心臓を縦に切って，断面をスケッチする。
(3) 心臓を横に切って，断面をスケッチする。
(4) 横断面した心臓の，左心室と右心室から爪楊枝をさして，先端はどっから出てくるか観察する。
(5) (4)で刺した爪楊枝を引き抜いてみる。（爪楊枝が弁に引っかかって取れないことを確認する。）
(6) ニワトリの心臓とヒトの心臓の共通点と相違点について考える。
- 共通点：２心房２心室
- 相違点：右心室と左心室の大きさの比率が違う。鳥類は飛ぶために，大量の血液を体循環させるために心臓が発達したと考えられる。

(1)心臓の外観	(2)心臓の縦断面	(3)心臓の横断面
(4)爪楊枝を刺した心臓	(5)爪楊枝を引き抜く様子

４．おわりに

「胎児の循環系」についてグループで話し合った結果を，小さなホワイトボードに書かせて黒板に貼ることで発表している。
iPadをはじめとするICT機器を活用することなども考えられるが，本校ではそのようなICT機器が十分に整っている環境ではない。また，ホワイトボートは何度も書き直しができ，さらにグループのメンバーと相談しながら書き込めるため，発表するのに効率的である。ただし，A４版の大きさであるため教室の後ろの生徒には見えにくいという欠点はあるが，一つ一つ読み上げたり，グループに補足説明してもらったりすることでカバーしている。この授業を通して，胎児の心臓の仕組みを理解することが，自分自身の体を振り返り，生命の神秘を感じる生徒もいたようである。
中学校新学習指導要領では「消化や呼吸についての観察，実験などを行い，動物の体が必要な物質を取り入れ運搬している仕組みを観察，実験の結果などと関連付けて理解すること。」となっており，中学校学習指導要領解説においても「循環系については，物質を運搬する仕組みとして，心臓のつくりとその働きを中心に扱う。」とある。新学習指導要領に移行し，中学校でニワトリの心臓の解剖実習が行われることになる。同じ解剖実習であっても，目的や視点を変えることによって，高等学校においても実習可能で，新しい発見もあり有意義である。また，ニワトリの心臓は「ハツ」と呼ばれ，スーパーなどで販売されているものである。日頃から見慣れている食材であるため，他の解剖実習を行うための練習という一面もあり，その後の解剖実習もスムーズに行える（解剖に苦手意識がなくなる）という側面もある。情報化の発展は，今後より一層高度に発展し，経験しなくても，バーチャル世界で疑似経験できるようになる。しかし，そういう時代だからこそ，自分の感覚を伴う体験活動を大事にしたいものである。