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理科

ICTを活用した化学基礎「酸化と還元」分野の授業実践

福岡県立福岡高等学校 高橋 義人

1.はじめに

私は本年3月で,定年を迎える。大型のコンピュータが学校に1台入ったことを喜んでいた時代に,高校の教員になった。ICT教育などが普及し,よもや高校教育がここまで変革することは予測していなかった。ただ,心のどこかでは,コンピュータが普及すると,個別教育が進み,やがて学校教育の役割が終わるのではないかと心配していた。
私の教員生活は,まさにコンピュータが学校現場に普及していく歩みとともに過ぎた38年間であった。教員生活の前半は,教科指導や成績処理などの校務に,コンピュータが少しずつ活用されるようになって,便利さを実感する毎日であった。当時は,授業にコンピュータを活用している教員は珍しく,化学部会の研修会などで真剣に学んだことを憶えている。教員生活の後半は,コンピュータがものすごい勢いで教育現場に入り,インターネットやスマートフォンの普及は,我々の生活そのものを変えた。
私の化学の授業はどうかというと,向学心の高い生徒に恵まれ,あまりICTに頼らなくても主体的・対話的で深い学びをなんとか維持できているものと自負している。私は,生徒から出る素朴な質問を,人一倍,大切にしている。化学基礎の「原子の構造」の分野で,「なぜ,陽子と電子がくっつかないのか。」,「そもそも正電荷と負電荷は,なぜ,くっつくのか。」というような質問が出ると,大学レベルの内容の説明も含めて,1時間の授業をつぶすこともあった。そのような授業を続けていると,どんどんと生徒から質問が出るようになり,アクティブラーニングの手法やICT教育の導入などをあまり意識せずに,今日まで授業を続けてくることができた。板書と発問を中心とした従来型の授業スタイルの利点について,ご興味のある先生方には,これからもお伝えしていきたいと思っている。
このような私でも,関連した工業の紹介や短時間で演示できないような実験は,映像を見せることによって,教育効果を高めることは理解している。また,今日のコロナ禍の中でのオンライン授業では,ICT教育の普及のありがたさを痛感している。前置きが長くなったが,本論のICTを活用した化学基礎「酸化と還元」分野の授業実践とICTを活用した本校化学部の課題研究の取り組みを紹介したい。

2.化学基礎「酸化と還元」分野の内容

現行の高等学校学習指導要領解説(平成21年 文部科学省告示第34号)では,「化学基礎」の「酸化と還元」分野で学ぶべき内容を,「酸化と還元が電子の授受によることを理解すること。また,酸化還元反応と日常生活や社会とのかかわりについて理解すること。」とあり,酸化還元反応と日常生活や社会とのかかわりについての学習が重視されている。また,現行の高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編1)では,「酸化還元反応が電子の授受によって説明できることや,それが日常生活や社会に深くかかわっていることを理解させることがねらいである。 酸化,還元については,その定義を酸素や水素の授受から電子の授受へと広げ,酸化と還元が常に同時に起こることを扱う。また,酸化還元反応は,反応に関与する原子やイオンの酸化数の増減 により説明できることも扱う。日常生活や社会とのかかわりの例については,例えば,漂白剤,電池,金属の製錬などが考えられる。」としている。
「酸化と還元が電子の授受によることを理解すること」については,酸化数の理解や半反応式から酸化還元反応の反応式をつくり,その量的関係を考えることも大切であるが,どうして電子の授受が起こり,どのような場合に酸化還元反応が起こるかについて考えることが本質的な理解に繋がる。そのように思考していくと,標準電極電位というものが大切であることにいきつくので,ご興味のある先生方は,拙稿2)をご覧いただければ幸いである。また,「酸化還元反応と日常生活や社会とのかかわりについて理解すること」については,本物を見せたり,ICTを活用した授業によって,視覚にうったえることが有効であると考えている。

3.化学基礎「酸化と還元」分野の授業実践

本校では,啓林館の化学基礎 改訂版,化学 改訂版の教科書とデジタル教科書を使用して,授業を行っている。デジタル教科書は,視覚にうったえるべき内容には,たいへん有効なツールである。
ただし,知的好奇心の高い生徒に対して,酸化還元反応の本質的な理解に繋がる部分を,安易にわかりやすく指導をしてしまうと浅い学習に終わり,深い学びには繋がりにくいので,私は取捨選択してデジタル教科書を利用している。とはいっても,授業時間が足りない場合や昨今のコロナ禍の中でのオンライン授業では,たいへんありがたいツールとなっている。酸化還元反応と日常生活や社会とのかかわりについての授業では,視覚にうったえることが大切であるので,デジタル教科書の積極的活用をおすすめしたい。
啓林館の化学基礎のデジタル教科書では,簡単な操作で図1や図2のような場面が出てくるので,後は授業で利用したい操作を行っていけばよい。私は,教科書の内容の画面に,アンダーラインを入れたり,簡単な説明を書き込んだりしながら授業をすすめている。図1の製鉄の説明では,ボタン一つで製鉄所のホームページが出てくるので,実際の溶鉱炉や転炉の工程を映像でみせることができる。図2のダニエル電池の原理を説明するためのプレゼンテーションやアニメーション,実験の映像などが簡単な操作で出てくるのでたいへん便利である。

図1 デジタル教科書の画面1

図2 デジタル教科書の画面2

4.亜鉛めっきについての本校化学部の課題研究と授業での利用

啓林館の化学基礎 改訂版の教科書では,「酸化還元反応と日常生活や社会とのかかわりについて」の内容の一つとして,めっきを取り上げている。本校化学部では随分前から,文化祭での演示実験として,銅板に亜鉛めっきをしたものを加熱することによって合金(真鍮)をつくることを行っていた。この過程で,銅板は銅色から銀色に,さらに金色へと変化していく(図3)ので,錬金術のように見え,生徒は興味を示す。銅板に亜鉛めっきをする過程では,通常,亜鉛の粉末を用いることが多いが,亜鉛板を用いることを本校の化学部の生徒が考案した。このアイデアが,後の本校化学部の化学電池についての課題研究へと繋がっていくこととなる。

図3 銅板への亜鉛めっきと真鍮の生成

図3 銅板への亜鉛めっきと真鍮の生成

4年ほど前に,一人の化学部の生徒が,「より低濃度の水酸化ナトリウム水溶液を用いて,安全な実験を行うための研究を行いたい。」と提案したことが,現在まで続いている本校化学部の化学電池についての課題研究の始まりである。

銅板への亜鉛めっきの原理は,高温の水酸化ナトリウム水溶液に亜鉛を溶解し,その水溶液を冷却すると,亜鉛が溶解する過程の逆反応が起こることによるものである。この逆反応は,亜鉛と銅の間に局部電流が流れることによって,主に銅板上で起こることをうまく利用している(図4)。このことを生徒に説明することは実に難しい。この原理を説明するために,化学部の生徒とともにアニメーション(資料1)を作成し,授業でも活用している。亜鉛の粉末ではなく,亜鉛板を用いることによって,ボルタ電池やダニエル電池などの化学電池のしくみを理解する絶好の教材となっている。このようなアニメーションなどのデジタルコンテンツを授業で活用することは,生徒の理解にとってたいへん有効であるが,このようなものを生徒とともに作成することは,それ以上に教育効果が大きいことを学んだ。

図4 銅板への亜鉛めっきの原理

【資料1 メッキのアニメーション】

※アニメーションは,キャプションをクリックしてPowerPointをダウンロードし閲覧ください。

5.ICT機器を活用した本校化学部の課題研究の取り組み

本校化学部では,4年ほど前からダニエル電池などの化学電池についての課題研究に取り組んでいる。毎年,高文連の福岡県大会などで研究発表を行い,全国大会や九州大会にも出場している。本年度は,「電池の内部抵抗及び起電力の探究」というテーマで,高文連の福岡県大会で発表した3)。少し前までは,アナログ式の電圧計や電流計を用いて測定を行っていたが,最近は電流・電圧センサー(INA226 I2Cデジタル電流・電圧・電力計モジュール)を超小型コンピュータ(RaspberryPi3 Model B)に繋いで,リアルタイムで電流・電圧を測定している(図5)。このICT機器を活用した実験装置を用いると大幅に実験時間が短縮でき,短時間で電池の起電力や内部抵抗を求める(図6)ことができるようになった。しかし,ここでもアナログ式の電圧計や電流計を用いて測定することの苦労を体験することの教育効果や,このような苦労を経験した者にしかわからないICT機器のありがたさの理解を体験させることの必要性を強く感じている。ともあれ,電池の起電力や内部抵抗を測定する実験では,このようなICT機器を活用した実験装置は,たいへん便利である。

図5 ICT機器を活用した実験装置

図6 電池の起電力と内部抵抗

6.ICTを活用した授業や課題研究の実践において気をつけていること

今日,急速に普及しているICTを活用した教育は便利であるし,計り知れない教育効果も期待できる。しかし,なんでもICTを活用すればよいというものではないと思う。とりわけ,向学心や能力の高い生徒には,理解することの難しさを伝えることも重要なことである。また,課題研究においても,初等中等教育では,アナログ式の計測機器を用いて,何をどのように測定するべきかを考えさせることや,測定の原理を考えさせることも大切なことである。ICT機器を利用するタイミングが大切であることを実感している。このことは,電卓を安易に小学生に与えてしまうと計算力が育たないことや,高校生が高いレベルの思考をしている際に,安易に解答を与えてしまうと思考力が育たないことと似ていると思う。とはいっても,今しばらくはICTを活用した教育を,もっと普及させる必要があることは間違いない。その効果を最大限に発揮できるように注意しながら,ICT機器を利用していくことが大切であると思う。

<参考・引用文献>

  • 1)文部科学省(2009).『高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編』.実教出版.
  • 2)高橋義人(2020).「理論化学分野における思考力とは」.化学と教育.68(8).320-323.
  • 3)福岡県立福岡高等学校化学部内部抵抗探究班(2021).「電池の内部抵抗及び起電力の探究」.令和3年度 第36回福岡県高等学校総合文化祭自然科学部門福岡県大会発表要旨集.14-15.