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理科

「総合的な探究の時間」における理数探究の展開例

東京都立小松川高等学校 藤田 陽子

1.はじめに

学習指導要領の改訂により,2019年度入学の高校1年生から,これまで「総合的な学習の時間」として実施されてきた科目が「総合的な探究の時間」(以下,探究と省略)に変更された。本校では校務分掌として「探究部」が設置され,探究の授業計画の企画立案を行うこととなった。手探りの状態ながら1年間の授業を終え,成果も上がったので報告する。

2.背景

本校は東京都江戸川区に位置する普通科の都立高校で,100年以上の歴史があり,東京都教育委員会より進路指導特別推進校の指定を受けている。教育目標は“「ハイレベルな文武両道」を通して,バランスの取れた社会のリーダーを育成すること”で,生徒たちは勉強に部活動にと積極的に活動している。
1学年の探究の時間は毎週水曜日の7時間目に設定されており,必要に応じて6,7時間目を2時間続きにして行うこともある。年間計画は大きく4つの内容に分かれていて,①探究入門(4,5月)②職業探究(6~9月)③理数探究(10~12月)④国際探究(1~3月)で構成されている。生徒たちは①で社会学に関する内容(変化する日本の人口・家族について)の資料を読み,講演を聴いた後に班ごとでリサーチクエスチョンを設定し,レポートにまとめて発表した。②では興味のある職業ごとにグループを組み,夏季休業中に職業インタビューを行った内容を手書きで壁新聞にまとめて発表した。

3.理数探究の授業計画

理数探究を行うにあたり,当初は実験観察の実施を考えた。しかし,1学年8クラス320名が実験観察を行うことは,施設や目配りをする教員の負担を考えると不可能であると判断した。そこで身近に感じられる気象や環境について探究することはどうだろうかと考えた。実際に実験観察を行わなくても,探究活動に必要な情報の収集や整理・分析が可能であることと,理数探究ではあるが,リサーチクエスチョンの設定によっては,社会的,国際的な探究にも広げることが可能であることが,学年全体で取り組む内容として適していると考えた。近隣に東京都環境科学研究所があり,本校にデジタル気象観測器を設置している繋がりがあったため,講演を依頼したところ快諾してくださり,実現の運びとなった。また,発表の形式を段階的に向上させていくために,パワーポイントを活用したポスターを作成し,ポスターセッション形式で発表することとした。そこで,授業計画を下表のように立てた。

表 理数探究の授業計画

回(時間) 場所 内容 備考
体育館 講演「ますます暑くなる東京の夏と暑さ対策」
東京都環境科学研究所 常松 展充氏
温暖化,ヒートアイランド現象など気象に関する講演を通して,科学的な探究活動を行うためのポイントやデータの扱い方などにも触れてもらう
→ワークシート①講演会の感想記入
 ワークシート②参考資料・データ一覧
教室 グループごとのリサーチクエスチョンの設定
(4人×10班×8クラス)
講演内容や配布資料を基にして,班ごとに話し合う
→ワークシート③
 リサーチクエスチョンと仮説をまとめよう
教室 発表ポスターの作成準備 ① ポスターの構成を考える
→ワークシート④
 発表ポスターの作成準備をしよう
CALL教室 必要なデータを検索する
パワーポイントで原稿を作成する
授業時間内ではなく,放課後などを活用する
教室 発表ポスターの作成準備 ② A4紙を模造紙に貼り付け,ポスターとする
発表する内容を簡潔にまとめて準備する
→ワークシート⑤
 ポスター発表の準備をしよう
教室 クラス発表
1班当たり,発表と質疑応答で5分×2
自己評価・相互評価を行う
→ポスター発表チェックシート

1・2限 講演会

講演テーマ:ますます暑くなる東京の夏と暑さ対策
講師:東京都環境科学研究所 常松 展充氏

記録的な猛暑であった夏が終わり,すっかり秋が訪れた10月に講演会は行われた。講演の前半はグレタ・トゥーンベリさんの活動やトランプ大統領の「温暖化の原因は二酸化炭素ではない」発言など最新の時事問題を挙げながら温暖化のメカニズムについての内容,後半は東京都心部のヒートアイランド現象の現状についての内容などで,具体例に富んでおり,グラフなどのデータも充実して,約1時間の講演があっという間であった。生徒たちは温暖化や異常気象についての知識はもっていたが,専門家から,温暖化が進むと地球はどうなっていくかという予測まで聴いたのは初めてだったようで衝撃を受けていた。
講演の最後には,科学的な探究活動を行う際のポイントについての説明や,データや文献を取り扱う際の注意についても説明をしていただいた。
講演会を終えた後に行ったワークシート①のアンケート結果(4段階で回答)は以下のとおりであり,ほとんどの生徒が興味関心を持ち,理数探究に繋げていくことへのイメージを持つことができたようであった。
(4:非常に当てはまる 3:当てはまる 2:あまり当てはまらない 1:全く当てはまらない)


ワークシート①のアンケート結果


講演会の様子

3限 リサーチクエスチョンの設定

講演会の翌週,クラス内で座席の近いものが4人ずつ班を組み,ワークシート③に基づいてリサーチクエスチョンの設定を行った。担任は机間巡視を行い,進行具合を見守るのみで,積極的な助言指導は行わず生徒の自主性に任せるようにした。
また,テーマ決めは探究活動において非常に大切な部分なので,時間内に決定を急がせるようなことはせずに十分話し合って決定させるようにした。以下は実際に記入したワークシート③と,あるクラスのリサーチクエスチョン一覧である。


ワークシート③


リサーチクエスチョン一覧

4・5限 発表ポスターの作成準備 ①②

仕上がったワークシート③を基にしてワークシート④を用い,ポスターの構成を考えさせた。本校には大型プリンターがないので,ポスターはA4で作成したパワーポイントのシート8枚を模造紙に貼る形式を取った。8枚のシートそれぞれに,ワークシート③でまとめたものを当てはめていく形式になっている。完成したワークシート④を基にしてパワーポイントにまとめるように指示をした。その際に,文章は簡潔にまとめ,グラフや絵図を多用するように強調して指導した。パワーポイントの作成は,放課後クラスごとに週1回ずつCALL教室(パソコン室)の使用可能日を設定し,約3週間の期間で仕上げることとした。
3週間の作成期間の後,模造紙に8枚のシートを貼り付けてポスターとし,ポスター発表の準備としてワークシート⑤に説明する事項を書き出すようにした。また,ポスターセッションの形式を説明し,班員4人全員がポスター発表できるように練習して本番に備えるように指導した。以下は生徒が作成したポスターとワークシート④⑤である。


ポスター①


ポスター②


ワークシート④


ワークシート⑤

6・7限 クラス発表

2時間連続の授業としてクラスごとにポスター発表会を行った。教室の前後に5枚ずつポスターを貼り,15分間で前後の2班が同時に発表した。15分間で発表を2回行い,発表間の5分でギャラリーの入れ替えを行った。発表を見ながらチェックシートで評価をして取りまとめ,クラスのベストポスターを選出した。生徒は予想していた以上に発表に夢中になり,質疑応答も活発に行われていた。移動が煩雑だったこと,タイムキープの方法がクラスによってまちまちだったことが今後に向けての検討課題となった。



ポスター発表会の様子

4.まとめ

発表会の際,チェックシートに他班の評価をすると同時に,理数探究に関する自身の振り返りを4段階で記入したものを集計した。班で協力しながらパワーポイントを作成するのは大変だったが,達成感・充実感を大いに得られた様子が伺えた。また,発表練習は十分でなかったが,発表自体は楽しめたようであった。(4:非常に当てはまる 3:当てはまる 2:あまり当てはまらない 1:全く当てはまらない)

生徒の感想には,次回も同様なポスターセッション形式の探究があったらポスターの構成や発表の仕方をさらに工夫してみたい旨の記述が多くみられた。そして,一つのテーマでも見方によって色々な方向のリサーチクエスチョンが生まれ,広がりが出てくることのおもしろさや,調べてくうちにさらに興味関心がわいてくることの楽しさを感じた生徒が多かった。探究によって,教科の学習とは異なる側面からアプローチができた。
また,この理数探究をここまで形あるものにすることができたのは,東京都環境科学研究所の常松 展充氏の講演テーマが,今日の我々が興味関心を抱いているタイムリーな内容で,講演自体も非常に引きつけられるものだったからだと感じている。
常松氏の協力なしにはこの探究学習は成り立たなかった。


チェックシートの集計表

最後に,生徒が“自分が感じたことや得たもの”を記入したものを掲載する。