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数学

「持続的な学習動機づけ」を意識した授業実践の紹介

愛知県立名古屋西高等学校 向井 昌紀

1 はじめに

近年の数学教育に関する授業研究では,数学を学ぶことの価値を重視した実践開発が進んでおり,現実的課題を使ったグループでの数学的問題解決学習は実用的価値を学ぶことができる点において,数学を学ぶ動機づけにつながっている。教科書を使った普段の授業や数学的問題解決学習を通じて「僕は数学が好きだ」とか「数学は学ぶ価値がある」と肯定的に取り組む生徒も多い一方で,数学が好きではない生徒たちは,問題を単体として解くことやそれを使った数学的問題解決学習だけでは,動機づけが一時的で外発的なものに留まってしまい「自分は文系に進むから別に要らない」「私は将来数学を使わないから」と思ったり,「分かってなんになる」「できたからといってそれがどうした」と否定的に取り組んでしまったりする生徒も多い。
好き・嫌いや学ぶ価値を感じる・感じないは生徒それぞれの感性に委ねられるものであるが,人間育成を担う学校において,生徒が「すべての学習は豊かで価値あるものである」と肯定的に捉えてほしいと思っている。数学が受験科目であろうとなかろうと,将来数学を直接使おうと使わなかろうとそれに関係なく,生徒たちが数学の学習に常に肯定的に取り組むことができる「持続的な学習動機づけ」が教師と生徒の間に形成できるような教科指導ができないか。そのために普段の授業アプローチで工夫できることはなにかを模索している。
現在は高等学校で教諭をしながら大学院に在籍し,学習の動機づけや教育方法学の研究をしている。今回の授業実践記録では,現在の学習理論と教育実践の間で試行錯誤しながら行っている授業実践の一例を紹介する。なお,この実践は令和元年度下中科学研究助成金(公益財団法人下中記念財団)に応募し採択され,実施している研究「数学的な見方・考え方を本質的に活かした授業デザインの研究 ―高等学校数学科授業における「持続的な動機づけ」に関する要件の分析を通して―」の一部分であり,この研究は愛知県総合教育センターから指導を頂きながら,名古屋大学等と共同で行っている。

本授業実践の目標

  • ① 数学を体系的に理解し,数学的に表現することができる(従来から重要視されている)
  • ② 数学の見方を通して,実生活での思考や自身の人間形成について認知の幅を広げる
  • ③ 数学に対して様々な価値を感じ,肯定的に学習に励むことができる

2 背景にある学習理論と私の問題意識

(1) 学習指導要領の中で変化する「見方・考え方」の位置づけ

従来「数学的な見方・考え方」は学習を通して身に付ける「教科の目標」として位置付けられてきた。しかし,今回の学習指導要領の改訂では,「数学的な見方・考え方」は資質・能力である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力や人間性等」を身に付けるときに常に働かせるものであるとされた。つまり数学の学習は「数学的な見方・考え方」を通して,数学の知識が現実の問題解決に有用であるという実用的な側面だけでなく,その考え方を通して社会を俯瞰的に捉えようとしたり,自己の内面を観察し自身のアイデンティティの形成に肯定的に寄与させたりといった側面を学ぶことが重視されている。
この変化を教員である私はどのように捉えたらいいか。学習指導要領の改訂やセンター試験から共通テストへの変化に伴って,学校現場は授業そのものの在り方を考え直さなければならないのではないか。自分は何のために数学を教えているのか,生徒にとって数学の学習は何のためにあるのか,それを考えるには数学が学校における教科教育として,また生徒の人間形成にとってどのようなものであるべきかを再度考え直す必要があると感じた。

(2) 学習動機づけに関する学習理論

学習への動機づけは歴史的に教育心理学の分野として研究され,それらの研究から学習活動の基盤として動機づけの重要性は明らかにされている。そして現在,知識,技能の習得を主たる目的とした旧来型の教育感を刷新し,学習動機づけに支えられた思考や表現が活性化するような授業を前提とする発想が求められている(鹿毛2018)。
学習動機づけには主に,課題に関連した外部要因によって起こる「外発的動機づけ」と,課題に取り組むこと自体が喜びや満足となる「内発的動機づけ」がある。「内発的動機づけ」を高める要件として,自由選択や自己主導の機会がある,説明できる理由がある,楽しいと感じる,励ましを受ける,肯定的なフィードバックが得られるといったことが生徒の自律性や有能感を促進させることなどが知られている。また,「外発的動機づけ」はその自己決定性(自律性)の強さから,さらに4つに分類される[図1]。報酬が貰えるからや罰を受けたくないからやろうとする「外的調整」,自尊心を維持しようとしたり傷つくことを恐れたりして外部の期待や要請などを受け入れて自己内で調整する「取り入れ的調整」,外部からの働きかけに対しその価値を認め積極的に自身が関与して取り組む「同一化調整」,外部からの働きかけに対してその価値を認めるだけでなくそれを自分の他の部分と関連させ,その価値を広く感じながら取り組む「統合的調整」の4つである。

[図1] 自己決定性の高さによる外発的動機づけの各段階(溝上2018)

[図1] 自己決定性の高さによる外発的動機づけの各段階(溝上2018)

「内発的動機づけ」はその生徒にとって,自分はこの教科やスポーツが好き,と趣味嗜好的に特定の領域に特化した動機づけと考えられるのに対し,外発的動機づけの「統合的調整」はその生徒にとってある特定の領域というよりも,この課題は自分自身の成長や将来に繋がるから頑張ろう,などといった自身の他の内面と結合させるものであり,より生徒自身のパーソナリティに基づいた動機づけであると考えることができる。そのため,「統合的調整」と「内発的動機づけ」は[図1]のような一次元的に配置するのではなく,別の次元で考えなければならないという指摘もある(岡田2010)。
学校の数学の授業において,生徒全員が内発的に学習活動に取り組んでくれることが理想的ではあるかもしれないが,それらは当然各生徒の趣味嗜好によって様々であり,多くの生徒は学校という外部からの統制の中で外発的な動機づけによって学習をしている。先の「統合的調整」は外発的な動機づけに端を発するが,生徒自身の他の内面と結合させながら行う内部的な動機づけであり,学校の授業が目指す動機づけの姿として,この動機づけはとても重要であるように思われる。

(3) 数学の動機づけをどう行うか

私は数学を学ぶことは,人生において様々な生き方を見いだしたり,その考え方を通して自身の思考を見つめなおし,自分そのものを再認識したりする助けになると思っている。そういう意味では数学教育は道徳教育にもつながるものではないだろうか。例えば数学の証明問題ではあらゆる状況から必要十分的に物事を思考し,順序立てて説明することが求められる。そして,自分の考えを整理し,常に書き手としての自分と読み手としての自分とが対話しながら誤解なく説明をすることで,自分の言葉に責任を持つということを学ぶことになる。また,必要十分条件的な考え方を身につけることはあらゆる可能性を考えるということであり,日常生活の様々な場面で思い込みをしがちな人間の思考に気づき,思い込みに陥りやすい局面でも「証明できないものは断言できない」と常に別の可能性も模索できるような強い意志を育むことができると考えられる。
数学の学習に対してこのような捉え方をしてみると,今まで数学が苦手だった生徒や,ただ問題が解けるだけだった生徒も「数学的な見方・考え方」は物事に対する考え方を変える可能性を秘めたものになるのではないだろうか。そして,それが永続的な人間形成に寄与する豊かな学びを育むための「持続的な動機づけ」となると思う。そして,これらのことを授業の中で実践するために,数学的概念の導入時も含め,扱っている問題をどのように様々な対象の中に位置づけさせるかを考え授業をデザインした。

3 「問題をどう位置づけるか」を意識した授業デザイン

生徒が数学の学習をより肯定的に受け止め,「持続的な動機づけ」が促されるようにするためには,数学の問題をそれ単体として解くだけでなく,その問題の見方・考え方を実生活や普段の思考に位置づけることで,他との関連を作りながら数学の価値を学ぶ必要がある。もし数学的な領域の中の位置づけだけに留まるだけでは,生徒にとって数学の見方・考え方が自己とは遠い存在になってしまう。そのためには,まず私自身がその問題の位置づけを行わなければならない。具体的な問題からその考えのもとになっているエッセンスを引き出し,より抽象度の高い問題として捉えなおすことで数学という領域だけに留まらない他の領域との関連の中の存在として見えてくるように思う。
そこで[図2]のように,授業を社会の中の一部として位置づけられたものとして考えた。授業と社会を繋ぐものとして,数学,他者,潜在的な自分をそのアクセスポイントとし,それぞれのアクセスポイントに授業で扱う問題を位置づける。外から内に向かう方向に位置づけるとき,それはそれぞれ対象の中でこの問題はどういう役割や発想を持っているのかを見る。また逆に内から外に向かう方向に位置づけるときは,その問題の見方や考え方をもって対象を見てみるとどのように見えるかを考える。体系的な数学,実生活での思考,人間形成的な部分に対して数学的な見方・考え方の位置づけを行っていくことで,様々な価値に気づかせ,学習をより豊かなものとして捉えさせる。
またこのような授業デザインは「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力や人間性等」を育成し,現在の自分から新しい自分へと自分自身で再構成するとともに,その変化や成長をメタ的に認知する力も育成するものだと考えている。

[図2] 位置づけを意識した授業デザインの考え方

[図2] 位置づけを意識した授業デザインの考え方

4 授業実践例【高校2年生 数Ⅱ 図形と方程式】

先の授業デザインを念頭に授業中の発問や解説でいろんな視点を意識している。授業の形態については記述しないが,生徒が個人で考える時間と生徒同士が話し合う時間などを十分に取りながらそれに合わせて発問と解説をし,授業を進めている。次に授業実践の一例を挙げて,どのようにその問題を位置づけたのかを記述する。

(1) 授業対象と単元

対象生徒:高校2年生 38名
単元:数学Ⅱ「図形と方程式」 線形計画法・直線が通過する領域
扱った問題①:アドバンス改訂版 数学Ⅱ+B(*) P.45 201(1) 線形計画法

x,yが4つの条件x≥0,y≥0,3x+y≤5,x+2y≤6 を満たすとき,
2x+y のとる値の最大値,最小値と,そのときのx,yの値を求めよ。

扱った問題②:アドバンス改訂版 数学Ⅱ+B(*) P.45205(2) 直線が通過する領域

tを実数の変数とするとき,直線y=2tx-t^2について,この直線が通る領域を図示せよ。

これらの問題は【図形と方程式】の中でも生徒にとって思考が難しい問題である。一般的にはこの問題の考え方は正像法から逆像法への発想の転換であり,従来の考え方と新しい着想を対比させながら説明することで既存知識と関連付けながら体系的に位置づけさせることができる。また,創薬などの現実的問題としてその実用的な価値にも位置づけることができる。
さらに,持続的な動機づけを意識し,問題を生徒が持つ思考と関連構造を作りながらアクセスポイントに位置づけることでその問題の価値を多角的に捉えていく。

(2) 問題の位置づけ

(i) 既習内容に体系的に位置づける(関数と方程式の考え方の違い)

ここまでの学習で最大最小問題は関数のグラフを描いて考えるという意識を生徒は持っている。それは「関数」という概念と「最大最小問題」の意味から視覚的に捉える重要性に基づいている。関数の概念は入力に対して出力がただ1つに定まるものであり,関数の最大最小問題は入力に幅に対する全出力の幅を考えることである。そして,それを連続的に調べるためにグラフを使い視覚的に捉えるというのが,ここまでの生徒の学習に基づいた考えである。
この従来の見方に立つならば,この201の正像法は領域内の全入力 (x,y) に対して出力f(x,y)=2x+yのグラフを描くことである。しかしこれは二変数関数でありグラフは3次元空間上に曲面として描かれるため,従来の知識では不可能であることが分かる。ここが発想の転換が必要になる場所である。このように従来の思考のどの部分に位置づけられるか明確にすることを重要視している。参考書(**)などには「領域内の全ての点 (x,y) に対して2x+yの値を調べるのは不可能であるから」や,「まず直線2x+y=kを考えてみる」とある。このように参考書では新しい着想に向かって直線的に考え方が説明されているため,従来の思考との関連性という点には重点が置かれていない。先のように生徒の既有知識では最大最小問題は関数のグラフを描いて考えることが定着している。そのため,その考え方に問題を位置づける際,グラフが描けない点がその接続点となり,新しい着想への始まりとなる。
この図形と方程式の単元では直線を一次関数ではなく方程式として捉えるなど,同じものを違った見方で捉える学習をしている。そこで2x+y=kを方程式とし(x,y)を条件を満たす点の集合と捉え,その解が領域内に存在するかどうかを考える。つまり方程式の考え方をしてみると従来の発想の逆の見方をすることが可能になる。出力に対してその入力が存在するかどうかで,その出力をとり得るかどうかを判断する見方である。
このように既存の関数的な発想を振り返ることで壁にぶつかり,この単元の方程式的な立場から出力から入力を見る逆像法を考えることの妥当性を与えてくれる。
この位置づけに従うと205について関数的な考え方では入力tを決めたら出力として直線が描かれるという見方から,その都度tを決めて直線を描き,それを繰り返すことで領域を決定するが,その不可能性から逆の方程式的な見方をし,ある点(x,y)を通過する直線があるか(解tが存在するか)という考え方になる。
またこの考え方を使って,あえて従来の問題を解きなおすことを行った。「y=x^2+2x+3の最小値を求めよ」は従来の関数の考え方では平方完成後にグラフを描いて答えてきた。これをあえて方程式的に考え,yを定数とし,その値をとるxが存在するか判別式D/4=1-(3-y)>=0を調べる。こうすると,今までとの着想の違いが明確になってくる。このように,位置づけを意識した授業では問題を解く為のヒントや考え方を流れで教えるのではなく,既習知識を重点的に説明することで数学の体系の中に問題の考え方を明確に位置づけることができる。そしてここでは,関数的な思考と方程式的な思考の対比が明確になることが生徒にとって分かりやすさとなると考えた。

(ii) 問題の解法を実用的な場面に位置づける

創薬の問題など線形計画法を用いた現実的な問題解決は従来の実践研究でも多く取り上げられているためここでは割愛するが,これも重要な位置づけである。実用的な価値を取り上げることで,問題の見方・考え方で社会を再認識することができる。今回の授業では創薬の問題を取り上げ,商品の価格決定などにも用いられている手法であることの話をした。

(iii) 実生活の思考と問題を相互に位置づける

この逆像法の見方は日常生活では当たり前のように行っている。例えば205は「掃除ロボットの生産者と消費者」の関係のように思える。掃除ロボットを作る側は例えばy=2tx-t^2のようにプログラムを組み,tを変えて直線的に掃除するように設定する(実際にはもっと複雑であるはずであるが…)。このときの思考は関数的であり,tを決めると軌道として直線が決定し掃除するという考え方である。逆に消費者側の視点はどうか?例えばこの掃除ロボットはちゃんとソファーの角も掃除してくれるのかといった点が気になるはずである。この発想は掃除ロボットのプログラムの中にそこを掃除してくれるときが1回でもあるか?という問いである。このときの思考は方程式的であり,床のある場所(座標)を定数とみたときに解tが存在するかという考え方になる。
(i)(ii)のように数学の体系や実用性だけでこの問題を捉えようとすると解法の着想そのものが難しく感じてしまったり,自分事として捉えられなかったりする可能性が高い。しかし,実生活の思考と比較することでその見方自体が生徒にとって自然なものとなる。また逆にこの問題を通して日常に数学的な見方・考え方が根付いていることを知ることで,数学的な見方・考え方が様々な場面で転移される可能性を広げてくれるものとなる。

(iv) 自身の人間形成に位置づける

数学の論理的な側面は,生徒自身の人間成長にも大きなヒントを与えてくれる。この問題の重要な側面として「思考の順序」や「思考の向き」がある。先の問題のような複雑な状況でも思考の順序や向きを明確に理解することができれば,それを別の視点から捉えなおすことで突破口が見つかることもある。私たちは普段様々な情報のなかで何気なく漠然と物事を考えたりしながら生活しているが,自分の思考の順序を明確に理解できていることはそれほど多くないように感じる。このような問題の見方・考え方はそういった物事を考えている普段の自分に対して,自身の思考の形や順序を明確にできるきっかけとなり,それを通して自分の思考を省察し,他者からの視点で自分の考えを見直すことが可能となるのではないか。後に書いた生徒の感想に「すぐに親とケンカしてしまうし,カッとなっているとき相手が理解できなくなってしまうから数学を通じて,考える練習をもっとしたい。」とあるように,数学の見方・考え方を通すと,自分自身との対話を促すことが可能になる。つまり,この見方・考え方は数理的な問題解決の糸口を与えるだけでなく,自分自身の思考の構造や自分という像を再認識させる可能性ももっている。そして数学が自分とは関係ないと感じることなく,やはり自己の人間形成において重要であると思うことができれば,他の教科やすべての学びが有意義なものとして位置づけられるのではないか。

5 授業実践に対する生徒の声

このような「持続的な学習動機づけ」を意識した授業実践は特別な研究授業ではなく,普段の授業で意識して行っているものである。そのため,次に挙げる生徒の声は先の授業実践に対する言葉ではなく,彼らが昨年1年間を通して数学の授業を受けたうえで,一年次12月に自分の中での数学の捉え方などについて自由記述で回答したものである。特に文章にして書くという指示をしたものではないため,単文のものもある。(一年生40名回答のうち9名抜粋)

<生徒A>

中学校からいきなり視点の変化,とまどい,そんな深く考えなくても…何を話しているの?高校って難しい。先生の授業・話(どうしてそんな話をするのか,ここまで考えるのかなど)を理解しようとしていると因数分解でいままで何を言っているの?だったのが,言葉で話せないけどなんか分かるようになり始めました。これをきっかけにだんだんわかるようになった。そして,数学の根幹の部分に触れる機会が増えたと思った。また,論理的な考え方(自分で出来るというよりは,先生の授業がきっかけとなって出来る。)を少しずつできるようになってきたと思う。中学校よりは断然。もっと早くこういう考え方手に入れたかった。
分らんけど,出来ないけど,なんか楽しいかもしれない。新しい概念とか考え方とかを自分のものにするのって数学以外でも好きかもしれない。楽しいかもしれない。自分だけかもしれないけど…

<生徒B>

「何のために勉強するの」「足す,引く,掛ける,割るができればいいじゃん」これまで僕が出会ってきた数学嫌いの決まり文句です。そして僕もこの思想派でした。高校入るまで僕は数学が嫌いでした。難しいし,文字式とか答えが出ても「あっそ」としか思えない。数学を勉強する意味もそこに時間をさく意味も分かりませんでした。でも,小学,中学の頃とは少し違う高校の数学の授業を受けて,今でも数学は嫌いですが,意味はあると思えるようになりました。その理由はおおまかですが3つほど。まず「数学は日本語の勉強になる」ということです。命題あたりとかは特に数学やってるはずなのに日本語の意味をよく考えさせられました。次に「あらゆる可能性を考える」これも本当に必要な考え方だと思いました。あらゆる可能性を先に先に考えて手を打つ。こういうことができる人が強くなれると思います。最後に「論理」物事を筋をとらえて理解する。この能力があれば,どんな問題にでも落ち着いて考えられるようになると思います。と,ちょっと抽象的な気もしますが,数学でいろいろなこと,特に「考え方」を学べるということが分かりました。この3つとも社会にはとっても必要なことに見えます。日本語が喋れれば人にわかりやすく伝えられる。あらゆる可能性を考えれれば,想定外のトラブルも減らせる。論理があれば人から信頼を得られます。なんと数学は社会にめちゃ繋がっているではないですか。この考えに行き着いたとき,先生が「答えを出そうと思うな」と言っていた意味が分かった気がしました。答えよりもそこに行き着く過程の方が大事。よく考えたら数学なんて,考え方の塊でした。まだうまく日本語を話せていないので,理解したことを100%言葉にできませんが,数学が意味あると思えるようになっただけでも十分だと思います。これからも,嫌いな数学でいろいろな力を磨ければと思います。

<生徒C>

気持ちというものはすさまじく,数学に対しての嫌悪感がどこかへ消え去ってしまった。ちょっとは論理的にもなった。難しい問題を見ると燃えるようにもなった。入学した時の数学の出来具合は普通ちょっと上くらいだから,昔ほど伸びしろはない。数学は将来いらない可能性もある。でも好きになってしまえば,要る,要らないは関係ない。というか,そうなったら要らない時のことなどほとんど考えていない。自分は数学が好きだから「将来数学必要なんじゃね?」と思いながら勉強している。つまり「好きこそものの上手なれ」は最強ということだ。

<生徒D>

中学2年生くらいまでは公式を覚えるとか計算が苦手だった。でもそれは見た目的な判断で,やる前から嫌ってた。中3になってから公式を覚えるようになり計算が楽しくなった。高校に入ってから公式だけじゃなくて本質的な意味を考えるようになり嫌いになりかけた(考えるの大変で)。でも物事の根っこをつかむようになって,自分が話すときも,他の人が話すときも,何が一番伝えたい内容なのかを考えたりするようになった。最近は計算だけじゃなくて色々な視点からみて考えたり,自分でいろいろ試行錯誤しながらやっていくのが楽しい。数学をやるにつれてやっぱり考える力がいっぱいついたと思う。ネットニュースである政党の党首がインタビューを受けているのを見て,言いたいことはなんとなくわかるけど,自分のメリットになるようなことしか話してなかったり,結局どうしたいのかよくわからなかった。今までだったら適当に見過ごしたり信じてたりしていたかもしれないけどそうは思わなかった。もしかしたら数学によって考える力がついたのかも。

<生徒E>

社会でも仕事をマニュアル通り(公式)にこなすのはだれでもできるが,その殻を破って自分なりの仕事スタイル(考えてみること)をしたほうが楽しくできるのではないかと思った。それが人の個性だと思うと,数学は人を作っている根底とも思えた。

<生徒F>

中学のときは数学は公式暗記教科だと思っていて,応用問題も解答の仕方を覚えてやっていた。けど,高校に入って,公式は覚えるもんではないというか,原理や見方が大事だということを知った。中学の時にこれを知っていたら,もう少し数学楽しかったろーなって思った。でも,やるにつれて頭がかたいのに,見方が少ないことに気づいていく,もう少し前から考えることをしてればなと思った。やっているうちに数学の見方ができるようになったのかなぁって思った。昔は悩むこと,考えることがめんどいしいやだった。でも少しは楽しく思えるようになったのかな。あたりまえな物(身近なもの)に目がいくようになった。数学は問題を解いたりする学問じゃなく,考える学問。

<生徒G>

高校に入って,数学は計算ではなく論理的に考える学問だと知って,その時から普段の生活でもあらゆる可能性を考えて,正しい行動ができるようになった。数学を学ぶことは計算の能力や知識を育てるだけでなく,あらゆる可能性で視点を考えることで,人間の考え方まで変えることを実感した。

<生徒H>

最近習った正弦定理と余弦定理では,どっちを使えばいいかわからないときにいろんな視点から見てみたり,問題に書かれている情報を頭の中で整理したりすることが,将来仕事をするときに,先入観にとらわれず,いろんな方法で考えられるようになる練習になっていると思う。自分にはまだ考える力が足りないから,すぐ親とケンカしてしまうし,自分がカッとなっているときに相手を理解できなくなってしまうから数学を通じて,考える練習をもっとしたい。

<生徒I>

いままでは算数や数学をただ計算するだけの教科だと思っていた。でも高校の数学の授業を受けて,数学はとてもすごい物だと分かった。高校数学を学ぶ前は,数字は数字としてとらえていたけれど,今は少しだけ別の見方をすることができるようになった。sin,cos,tanの意味をはっきり理解することがまだできていない。中学校までは数学は絶対にいらないと思っていたけれど,今は数学がいろいろなものに関係していることが分かるようになってきた。でも数学は全く理解できません。なので,もっと数学を理解するとともに,頭を柔らかくして,違う視点で数学を見る必要がある。

他の生徒も数学という領域の中での価値にとらわれず,より数学の価値を身近に感じ,数学を通して自分や社会など様々なものを再認識しているようだった。好き嫌いも含め,生徒にはそれぞれの動機づけがあっていい。学習に対して肯定的な動機づけができている生徒が多かったことが印象的であった。

6 最後に

生徒が数学の学習をより肯定的に受け止め,学習意欲が増すようにするために,その問題の見方・考え方を実生活や普段の自分の思考に位置づけることを意識して授業実践をしている。また,「位置づける」ことは日常や自分の思考の中からその問題を見つけるだけでなく,問題を通して日常や自分を見つめなおし,より自分自身の思考を明確に理解し成長させるものとして捉えるということだと考えている。
今回の授業実践報告では1回の授業例を取り上げたが,1年以上をかけてこのような取り組みを行っている。実践を通して,数学が苦手な生徒たちの中でも,以前より数学に対して「数学って自分にとって必要かも」とか「数学を学びたい」と言ってくれる生徒がかなり増えた様で,数学の授業も一所懸命生き生きと取り組むようになった。今後も試行錯誤しながら,生徒にとって数学の学習がより豊かなものになるような工夫を行っていきたい。

【引用・参考文献】

鹿毛雅治(2018) 学習動機づけ研究の動向と展望 教育心理学年報,第57集,155-170
溝上慎一(2018) http://smizok.net/education/
岡田涼(2010) 自己決定理論における動機づけ概念間の関連性 パーソナリティ研究,第18巻,第2号,152-160

(*)傍用問題集 アドバンス改訂版数学Ⅱ+B 啓林館
(**)フォーカスゴールド 4th Edition 数学Ⅱ+B 啓林館