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英語

物理×英語のCLIL・教科横断型授業

埼玉県西武学園文理中学・高等学校 土屋 進一

1.はじめに

新学習指導要領では,その理念を実現するために必要な方策として,「教育課程全体を通した取組を通じて,教科横断的な視点から教育活動の改善を行っていくこと」としている。これからの時代に求められる生徒の資質・能力を育むためには,これまで行われてきた各教科等の学習とともに,教科横断的な視点で相互の比較や分析,関連付けなどによって物事を多面的・多角的に捉える力を育成する必要があろう。
しかし,教科横断的な視点を具体的にどのように授業に落とし込んでいくかについて,頭を悩ませている先生方も多いのではないだろうか。
本稿では,speedとvelocityの違いとacceleration(加速)の関係性について,物理と英語のCLIL・教科横断型授業の実践例を提示したい。尚,CLILの理論体系とその実践例に関しては,土屋(2019, 2020a, 2020b)を参照されたい。

2.単元の目標

speedとvelocityの意味の違いとaccelerationのニュアンスを物理から学ぼう

3.指導生徒

高校1年生普通科 T1組 21名(男子 10名 女子 11名)

4.指導手順

導入は,英語,物理の各担当教師の英語によるSmall talkから始まった。日常生活において,「速さ」や「速度」といった表現はよく用いられるが,その明確な区別はなされていない。しかし,物理学の世界では,speedとvelocityには明確な違いがあり,その違いを教科横断的視点で考え,CLILの手法を用いてそれぞれの英単語の使用域を考えるきっかけとした。
次に,ペアワーク活動として,Word Definition Gameを行った。Word Definition Gameとは,筆者が毎回,授業の冒頭で行っているペア活動である。生徒はペア(Person A とPerson B)になり,Person Aは黒板が見える状態,Person Bは,黒板が見えない状態になる。そして,教師が示した単語(ここではcar, 自動車)をPerson AがPerson Bに英語で相手に伝わるように説明する。これは,英語を英語で理解し,聞く力と話す力のつく活動であるとともに,その後の授業展開において理解の助けとなるような仕掛けにもなっている。ペア活動が終わると,教師は,"How did you explain?"と質問をし,生徒独自の英語での説明を引き出す。その後,教師が模範となる定義 (a road vehicle with an engine and four wheels that can move at a high speed) を提示する。この単語を提示した意図は,car (自動車)が,speed(速さ)を連想させる最も一般的な単語であると考えたからだ。実際に,自動車は,平均の速さとして50km/hのように日常的に用いられる。同様のやり方で生徒は役割を交代し,今度は別の単語(typhoon, 台風)を提示し,活動を行った。この単語を選んだ意図は,台風は「方向」を明確にして表現されるので,ベクトル(vector)を含む速さ,つまり,velocity(速度)と区別するのにイメージしやすい単語であったからだ。模範として用意した定義は,a violent tropical storm which has a high wind velocityである。
次の展開では,物理の教師が,speedとvelocityの考え方を図1・図2のように示しながら「英語で」解説をした。

(図1)

(図2)

このとき,物理の教師が,英語で専門分野のことを話す姿に,生徒も真剣な眼差しで説明を聞いていた。
その後は,speed, velocity, accelerationに関する約2分間の動画視聴と内容理解のためのQ&Aを英語で行った。動画はすべてネイティブスピーカーによる英語での授業であったが,生徒もよく内容を理解し,手応えを感じているようだった。
授業の後半では,図3~図5に示すように,speed, velocity, accelerationをそれぞれ英語で説明できるよう英語教師が発音練習をしながらInputし,それをペアでOutputすることで定着を図った。特に分数を表す表現としてoverという単語を使うことをあまり知らない生徒が多く,このような表現を知ることで,世界の共通言語である英語と数式を学ぶ意義も理解したようだ。その上で,speed, velocity, accelerationのそれぞれの定義を全体で発音練習し,その後ペアで確認した。さらに,物理の教師から“What is speed?” “What is velocity?” “What is acceleration?”のように生徒へ質問してもらい,物理の教師と生徒が英語で役割練習を行うという場面も設けた。
このことによって,生徒は,英語教師以外の教師との英語でのやり取りを経験することで,英語を使用する大人の姿を一つのロールモデルとして捉えたようだ。

(図3)

(図4)

(図5)

最後に,日常生活に根ざした表現として,①加速するインフレ(accelerating inflation) ②加速する技術革新(accelerating technological innovation) ③地球温暖化を加速させる(accelerate global warming)を取り上げ,これらの表現が,例えば①increase in inflationのような一般的な表現とどのような違いがあるのか,あるいは,accelerateという単語を使う時に物理学的な背景を意識しているかという問いを事前に本校のALT(オーストラリア人,40代男性)にインタビューし,録画した動画を見せた。その中で得られたことは,accelerateは,秒や分単位で刻々と変化が見られる株式市場のような場面などで相性がよく,increaseは,グラフでの変化を連想し,人口増加のような年単位での変化の時に用いられるのではないかという回答を得た。このように,物理の専門知識に加え,母語として英語を使用するALTのコメントも参考にすることで,生徒はより深い単語理解が得られたようだ。このことは,今井(2020)で認知科学と言語習得の観点から指摘されていることにも一致している。つまり,ことばを使うためには,多くのスキーマをもち,単語を点ではなく,面で捉え,それらを統合的に学習していく必要があるのだ。

5.生徒の振り返り・感想

授業の残り5分程度で,振り返りも行った。生徒の感想から,教科横断的な視点が英語学習に対する動機づけとなったと思われる主なコメントを以下に挙げておく。

「振り返りシート」より
今日の授業の中で「学んだこと」・「気づいたこと」・「深まったこと」を書いてみましょう。

  • 物理で普段使っている公式を英語で表すことができて英語も物理の学習も深まった。
  • 物理で使っている記号も英語から来ていることが気づけて理解が深まり,よかったです。
  • 英語で物理の用語を定義したことでさらに理解が深まった。これからは教科同士の横のつながりを意識した学習をしていきたい。

6.おわりに

本稿では,CLILの手法を用いて物理と英語の教員が協働し,教科横断的な視点に立って行う授業の一例を紹介した。今後,このような授業を1つのきっかけとし,生徒がさまざまな教科・科目を学ぶ上で,生徒自らが,学びに向かう主体性を育むことができるような授業を今後も模索していきたい。

謝 辞

本授業を行うにあたり,本校理科(物理)の片山 哲先生には,授業当日の指導のみならず,指導案作成から授業実施に至るまでの打合せにおいても多大なるご協力をいただきました。ここに心より感謝申し上げます。

◆参考文献

◆参考映像