高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
理科

「”少し背伸び”をした天文の授業実践」

長野県長野高等学校 地学科教諭

1.はじめに


高校地学における天文の分野は,星々の見た目の綺麗さとは裏腹に物理・数学の要素が強い。
地球の公転の証拠としてはじめに登場する年周視差の単元では,小さな角度の三角比とそれにまつわる近似を扱う。
会合周期,ケプラーの法則,星の核融合反応,HR図,赤方偏移における光のドップラー効果・・・。
地学基礎の科目ではこれらをすべて律儀に教える必要はないが,最後の最後で登場する「膨張する宇宙」について,ロマンを感じる感性は生徒に持たせたいと思うのが教員の性ではないだろうか。

本校は県下有数の進学校とあって生徒の理解力も高く,地学基礎を受講する文系の生徒集団であっても相応の数学の理解力はある。
本校では多少の無茶は承知で,これらの物理的・数学的意味を詳しく説明してひと通り天文の授業を行っている。
もちろんそれだけで生徒が十分理解できるとは期待できない。
そこで本教員は太陽を題材にして,太陽だけではない今まで学習した天文の内容を幅広く復習するやり方をとっている。
その際,啓林館「地学基礎」の朱註版が役に立っている。

2.減少する太陽の質量

太陽の質量は(2の30乗)kgで,これは天文における質量の基本単位。
日々核融合反応で莫大なエネルギーを放出しているので,当然太陽の質量は減少し続ける。
いったいいつまで太陽は輝き続けるのか?朱註版のp.171が役立つ。

太陽が単位時間あたりにどれだけのエネルギーを放出しているかは,太陽定数の復習にもなっている。
核融合反応に寄与するのが太陽質量の10%であるという仮定は必要だが,理論的に太陽が放出できる全エネルギーと単位時間あたりに放出するエネルギーとの関係から地学選択者必須の「100億年」という値を計算で導き出すことができる。

3.地球が太陽から1秒間に受け取るエネルギー

2.での議論から,太陽自体が1秒間に放出するエネルギー(Lとする)が分かる。
地球と太陽の間の距離(1天文単位)をD,地球の半径をR(6400km)とすると地球が太陽から1秒間に受け取るエネルギー(Eとする)は そして熱平衡の考え方から,地球は受け取ったエネルギーと同じエネルギーを放出している。
地表の平均温度をTとすると,地球が単位時間・単位面積から放出するエネルギーは(朱註版p.175)。地球の全表面積を考えると 。 エネルギーの出入りは等しいので となり,TがRによらないことが分かる。つまり地球の大きさが今より大きかろうか小さかろうか 地表の温度は太陽からの距離で決まる(p.163ハビタブルゾーン)ことの説明もできる。 入射光のエネルギーと出射光のエネルギーがともに星の半径の2乗に依存することが, 星の表面温度が星の大きさによらない理由だ。

4.太陽の自転周期を光のドップラー効果から探る

天体の運動を調べる際,授業ではケプラーの法則に基づいた力学計算を主に考えるが,実際は分光観測をする場合がほとんどだ。
ドップラー効果の物理について解説はするが,物理の授業とちがって観測者が移動する場合は考えないし波の速さは光速という特殊な場合を考えればいいだけなので,意外に楽かもしれない。
結論としては,本来の波長をλ,それからずれた波長をΔλ,光速をc,物体の移動速度をvとすると というシンプルな式を導出すればよい。

太陽は自転しているので,太陽中心からの光と東端・西端からの光の波長には微妙なずれがある。
その波長のずれから,太陽の自転速度が分かり,太陽の自転周期も分かる。 答が25日ぐらいと出れば,次は教科書p.167を参照する。
会合周期の考え方を太陽の黒点に応用したやり方で, 太陽の自転周期を見かけの自転周期から補正して25日と以前求めたことを思い出させる。

5.おわりに

教科書というものは本当によく書かれている。しかし基礎科目の悲しいところで理屈の部分は生徒用の教科書にはあまり触れられず,暗記を強要している感は否めない。
これは教科書の執筆者が望まぬ結果であろう。
県下有数の進学校であるという特性を活かして,ていねいな解説をすることで授業自体は成立するかもしれないが知識の定着については難しいものがある。
そこで本教員は天文分野のひと通りの学習が終わったところで,太陽を題材にして核融合反応,放射平衡温度,ドップラー効果,会合周期の復習を横断的に行った。
生徒にとってやさしくはなかったと思うが,今まで学んだものの考え方が別の分野でも応用できることを知ったのは彼らにとって有意義であると信じる。朱註版の内容を興味深い切り口で生徒に提示できたなら,教員としてこれに勝る喜びはない。