高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
数学

「理数探究」の楽しみ方

茂原北陵高等学校 永野 英和

1.はじめに

これまで「数学」と「情報」しか授業経験のない私が,「理数探究」という得体の知れない教科を任され,非常に困惑する所から始まった教材研究。非常に悩み,苦しみ,見通しの立たないスタートから得たもの。それがこのタイトルに凝縮されている。
正直,「産みの苦しみ」は大変であったが,方向性が定まってからは気持ちが一変,毎時間の授業が非常に楽しみになった。ここではこの「産みの苦しみ」を経験せずに,この「理数探究」という教科の可能性や楽しさを少しでも多くの先生方に共有できたらという思いで掲載させて頂くこととなった。本内容は,偏差値や生徒層に関わらず,どの学校でも通用するものとなっており,少しでも今後の授業の参考となり,取り入れて頂けたら幸いです。

2.産みの苦しみ

「理数探究」の教科書採択で重要視したのは,「実践例」の量であった。得体の知れない教科を指導するにあたり,少しでも「実践例」にすがる思いからであった。ところが,読めば読むほどピンと来ない。教科書のまえがきとなる「編集委員長」や「監修」の方の文面には非常に興味深い内容が書かれており,それを実践できたら非常に良いものが出来そうな事は伝わる。しかしながら,実際の授業内容となるとどうも腑に落ちない。「アクティブラーニング」と「実践例」,その間をどう繋げるか。単に教科書に沿って「実践例」をやらせながらの授業展開で良いのだろうか。もっと理想的な形があるはずだという気持ちで思いを巡らせた。

3.理想的な授業形態

結論を言ってしまえば,答えは非常に簡単な所にあった。授業内容も含め,「全て生徒に考えてもらう。」ことであった。「生徒が興味関心のあること,それを探究する。」非常にシンプルなことであった。教科書の実践例はともかく,50過ぎの教員のアイデアや発想が生徒の興味関心に繋がるはずもなく,またそれ以上に,生徒自身が考えた内容を授業に取り入れ探究する。これに勝る授業形態は他にないという考えに至った。
実際,生徒からのアイデアは多岐に渡り,到底私個人では思いもよらないものが沢山出された。もちろんそこから実際に授業に取り入れられるものを取捨選択し,授業内容として落とし込む必要性はあったが,予想以上に感心させられるものばかりであった。中には「何人の女子に告白すれば付き合えるのか」といった,男子高校生らしい馬鹿げたものもあったが,その発想力は評価でき,授業に取り入れられない内容も全て紹介し,無駄になることはなかった。またこのような興味関心事は,それぞれの学校の生徒層や質によって異なることが予想されるが,全ての学校で対応できると考えられる。

4.本校での実践例 ~生徒のアイデア(4クラス分)より~

生徒から出た数多くの意見の中から,「授業に取り入れられそうなもの」を選択し,必要に応じて「具体的なアイデア」を募り,「探究内容の広がり」をまとめたものを以下に記す。

※最終的な生徒の考察等は,そもそもデータ量の少ない中での探究・考察であり,その信憑性については保証されるものではないことをご承知おき下さい。

①「右利きと左利きでの集中力の差」を探究する。

→集中力を「クレペリン検査」の正解数にて判断。

→左利きの生徒がほとんどおらず,比較するには分母が小さすぎたため,「血液型別集中力の差」に変更した形となる。

→それぞれの結果に対する相関係数を求めて考察。

A 型:全体的に集中力に欠け,ムラもある傾向。

B 型:決して高い集中力ではないが,安定している。

O 型:全体的に高い集中力を持ち,安定している。

AB型:後半につれて集中力が高まる傾向。

②「集中力と成績」を探究する。

→集中力を「シャーペンの先にトランプを何秒乗せていられるか」で計測。

→「集中力と教科別成績との関係」まで発展させた形で探究。

→教科ごとに相関係数rを求め考察に至る。

社会:r=0.42 / 英語:r=0.42 / 国語:r=0.44
数学:r=0.45 / 理科:r=0.52

→余り大きな差として数値に現れることはなかったが,理数系の得意な生徒ほど,高い集中力を持っている傾向があるという結果が得られた。

③「男女によって身長の盛り方に差があるか」を探究する。

→自分の身長を申告してもらい,身体測定の結果との差で探究し考察。

→予想通り,男子は実際の身長より平均1.3cm盛った形で申告しており,女子は逆に0.5cmではあったが低く申告していることが分かった。

④「身長について5つの観点」を探究する。

→「足のサイズ」「手のひらのサイズ」「腕の長さ」「両手を広げた長さ」
「1日の食事の回数」の中で,何が一番「身長」と関係性が強いかを探究。

→それぞれの結果に対する相関係数を求め,探究前の予想と比較させた形で考察。

→この「理数探究」全ての授業の中で,最も相関係数rの値が大きい結果となった。

「足のサイズ」…r=0.86 / 「手のひらのサイズ」…r=0.56
「腕の長さ」…r=0.68  / 「両手を広げた長さ」…r=0.86
「1日の食事の回数」…r=0.08

⑤「同じ血液型の人の共通点を」を探究する。

→「同じ血液型の人の共通点を40項目(80種類)に分類」した形で探究。

→「明るい⇔暗い」「文系⇔理系」「暑がり⇔寒がり」「(笑)⇔w」など,項目も生徒の意見を取り入れて探究。

→結果をまとめ,血液型による傾向がどのように現れているかを考察。

A 型:理数系が多い。暑がり。せっかち。寝相が悪い。行動が遅い。

B 型:明るい性格。真面目。暑がり。不器用。話し上手。アウトドア派。
友人が多い。団体行動が好き。

O 型:のん気。浮気傾向。動物園好き。狭い場所が好き。寝つきが悪い。
マイペース。黒系の色が好き。日頃から荷物が少ない。
計画性に欠ける(行き当たりばったり)。

AB型:丁寧に行動する傾向。ご飯よりパン派。時間にルーズな傾向。素直。
マイペース。団体行動が好き。計画性に欠ける(行き当たりばったり)。
好き嫌いが激しい。蚊に刺されにくい傾向。

⑥「血液型とお金の使い方」を探究する。

→「血液型と月々使う金額」だけでは傾向がつかめず,「血液型とお金の使い道」という内容に発展させ,探究する。

→「使い道」も生徒の意見からまとめ,「食事」「飲み物」「お菓子」「課金」「遊び」「服」「本」「趣味」「その他」の項目に分けて金額からグラフで比較,考察する形に至る。

A 型:飲食にお金を使う傾向。

B 型:特に偏った使い方ではなく,まんべんなくお金を使う傾向。

O 型:趣味にお金を使う傾向が強い。

AB型:遊びや洋服,お菓子にお金を使う傾向。趣味にはほとんどお金を使わない。

※A型とAB型は,ゲーム等に課金する傾向がある。

⑦「スマホの機種と利用時間」を探究する。

→「スマホの機種と利用時間」だけでは傾向がつかめず,「スマホの機種と内容別利用時間」という内容に発展させ,探究する。

→「内容」も生徒の意見からまとめ,「TikTok」「インスタ」「LINE」「YouTube」
「映像」「ゼンリー」「ゲーム」「検索」「音楽」「電話」「ツイッター(X)」「買い物」
「マンガ・小説」に対する利用時間に分類して探究し,グラフにまとめ考察する形に至る。

iPhone:「TikTok」「インスタ」「LINE」を利用する時間が長い傾向。

Android:「YouTube」「ツイッター(X)」「検索」を利用する時間が長い傾向。

⑧「マスクの色と相手の印象の違い」を探究する。

→「小学生」「高校生」「青年」「年配」の年齢層に対し,マスクの色を5色合成した写真で印象を比較。

→「印象」を具体的に50項目ほど作り,選択する形で探究を進めたが,情報が多すぎてしまい,データをまとめきれず失敗に終わる。

⑨「朝食を食べる人と食べない人との頭の回転数の違い」を探究する。

→「クレペリン検査」を8回行い,それぞれの平均点で比較。更にその結果を折れ線グラフに落とし込んで比較し,考察に至る。

→「朝食を食べる人」の平均点が73.0点,「朝食を食べない人」の平均点が66.0点となり,少なからず一般的に言われている通りの結果となった。

⑩「寝る子は育つ」を探究する。

→「睡眠時間と身長の関係」という形で探究する。

→男女別にした形でまとめ,相関係数rにて判断し,考察。

男子:r=0.01 / 女子:r=0.19

→このような結果になった原因や理由を考え,まとめることとなった。

→更に「飛び跳ねる部活動経験者と身長の関係」「血液型と身長の関係」を探究したい
との意見から,形を変えて探究し,考察する。

→探究を広げ考察を行ったが,部活動や血液型と身長にはほとんど相関がないことが
分かった。予想通りではあるが,実際に探究することで理解が深まったように思う。

⑪「体の硬い人は本当に怪我が多いのか」を探究する。

→「体の硬い人」の基準を「立った状態で前屈をして,指が床に着くかどうか。」
「立った状態で前屈をして,手のひらが床に着くかどうか。」「立った状態で前屈をして,顔が膝に着くかどうか。」
「背中に両手を上下から回し,両手の指が着くかどうか。」「ブリッジが出来るかどうか」等の項目を作り,当てはまる数で判断。
「怪我が多い」かどうかの基準は,記憶に残る「大きな怪我」の回数で判断。

→それぞれの結果に対し関係性を探究,考察する。

→予想以上にまとめ方に苦労する結果となった。

1.単純に「体の硬さ」と「怪我の回数」では関係性が分からずに終わる。

2.「運動部を経験してきた生徒ほど怪我をしやすい」との発想から,「全く運動部の経験がない人」「小中高の内のどこかで運動部に所属していた人」「小中高の内2つの時期に運動部に所属していた人」「小学校の頃からずっと運動部に所属してきた人」に分けて探究し直したが,ほとんど結果は変わらなかった。

→原因がどこにあるかを考察し,まとめる。

→「酢の物を良く食べる人は体が柔らかい」という話を振ったが,興味を引かず断念。

⑫「成績について」を探究する。

→内容が漠然としていたため,「成績の何について探求したいのか」を再度アンケート。
その中から20項目を選び絞り込む。

→結果的に「勉強時間と成績」についての探求となる。

→2つの項目に相関関係があるかどうかを計算し,考察に至る。

→「予想通り,勉強時間の長い人の方が,成績が良い!」と伝えたい所であったが,結果はr=0.07。なかなか思うような結果とはならなかった。
だが,考えてみたら当たり前のことで,「勉強時間と成績」ではなく「勉強時間と成績の伸び方」にすべきであった。時間の関係もあり,そこまで至らずに終わる。

※文章にまとめただけでは伝わりづらいが,一つ一つの探究内容が決まる所から結果に至るまで,それぞれにドラマがあった。時には壁にぶつかり,時には思いもよらない広がりを見せ,時には結果まで出せずに失敗した探究もあった。しかしその過程には常に生徒との関わりがあり,生徒同士の関わりがあり,活き活きとした生徒の姿があった。そんな充実した時間を過ごせたことに非常に幸せを感じ,この授業の魅力を改めて感じる次第であった。
唯一の反省点としては,生徒からのアンケート集計をするにあたり,データ量が膨大なものに対し非常に苦労してしまったことだ。アンケート用アプリ等を活用して集計することをお勧めしたい。
また全ての探求について,良い結果(傾向がはっきり分かったもの)が出たものは,かなり少ない形になってしまった。しかしそれはそれとして,「何が原因でその様な結果になったのか。」「より良い結果を出すための改善点はないのか。」等,結果に対する考察をしっかり考えさせるだけでも良い学びとなった。また何より,結果が出るまでのワクワク感は,この教科ならではの醍醐味であった。

5.1年間の流れ

上記の探究だけでも,3学期制で言う所の2学期までは十分取り組める内容となった。
3学期についてはグループワークという形に変更し,2学期までの内容をもとに,自分達で探究してみたいものを考えさせた。もちろん探究内容を確認し,こちらが許可を出してから進めてもらう形をとった。初めにその探究内容の結果を予想してもらい,実際その探究に必要なデータ集めから分析,考察,まとめ等を行い,初めの予想に対してどうだったのか,またその理由までを,プレゼンという形で発表してもらい,聞く側にもそれぞれ評価してもらった。

6.まとめとして

1年間を振り返って,改めてこの「理数探究」という教科の魅力や可能性を感じている。
巷で騒がれている「アクティブラーニング」や「ICTの活用」なども,この教科に関しては,非常にハードルが低くなることも魅力のひとつである。また無意識の内に,これまで携わってきた「情報」や「数学」の授業にも取り入れられる要素も学ぶことができた。
もし日頃の授業に行き詰っている方や,新たな授業への取り組み方で悩んでいる方がいたら,そのための1単位としてこの「理数探究」という教科を導入してみることもご検討頂きたい。
またこの「理数探究」を扱う上で,その目的や意義をしっかり理解させた上で生徒達に取り組ませることもお勧めしたい。私としては,年度当初の導入にもこだわりを持ち,特に教科書の「序章」や「探究によって育成される力」への理解には工夫を凝らした。
単に教科書を読ませたり,書き写すだけでは頭に残りづらいと考え,大切な部分だけを穴埋め形式にしたプリント学習とした。必然的に生徒たちは穴埋めする部分を探し,書かれている内容を読み,理解し,穴埋めを進めていく。この辺りも参考にして頂ければ幸いである。尚,本校では,1年目に数学的内容を私が担当し,2年目に理科的な内容を予定していることも補足しておきたい。

最後までお読み頂きありがとうございました。生徒が少しでも目を輝かせる時間の増えることを切に願います。