高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
数学

教科横断型授業のススメ
~Liberal ArtsとMathematicsで「学び」を共有~

愛媛県立松山南高等学校 福澤 純治

1.はじめに

本校は,SSH事業の第1期から現在第5期3年目(2023.2月現在)の指定を受ける全国で2校のうちの1つです。第5期の目標として「Society5.0の実現に向けたSTEAM教育」を掲げ,教科横断型授業の実践を推進しています。1,2年生担当教員は年間1回の実践を目標とし,指導案等の実践事例を学校HPにて公開しています。私がこれまで実践してきた教科横断型授業は,

の5本です。以下,概要を述べ,生徒の苦手意識の強い「対数」を扱った「世界史×数学」について詳しく事例を紹介いたします。

2.きっかけと動機

「倫理×数学」のデカルト,「音楽×数学」のフーリエ,「世界史×数学」のネイピアはいずれも本校が採用している教科書の第3章,第4章,第5章の中扉コラムで紹介されている人物です。題材として取り上げたきっかけは2つあります。1つは,10年ほど前,ひょんなことから「対数」は掛け算を足し算に直して計算するためのものだと再認識し少し調べてみたことです。当時は,その背景まで詳しくは調べませんでしたが,実際に3桁10個の掛け算をやり比べてみて「何て便利なんだ」と,それまで「問題を解く」以外に感じたことはなかったような感動を得ました。2つ目は,数年前,これもひょんなことから「理科,社会その他のすべての教科の先生は文化や身の回りの事象について何か質問してもきちんと『語ってくれる』。それに引き換え,自分(数学の教員)は文化について,身の回りの事象との結びつきについて『語れない』。入試問題を解けるだけではないか」と感じたことです。もちろん,論理的思考力を鍛えるために数学は大きな役割を果たしていると認識していますし,問題が解ければよいという訳ではないというスタンスで指導していますが,一方,他教科に比べ自分は余りに無力だと感じました。そこで,SSHでの実践が始まることをきっかけに,教科書中扉の人物について調べ,数学が社会の発展にいかに役立ってきたか,なぜ私たちは数学を勉強するのかを『語ろう』と,教材化することにしました。R3年度に入り本格的に取り組む中,それぞれの数学的発見がどのような時代背景の中で,社会要請の中で,数学者たちがどんな発想をもとに偉業を成し遂げたのか,さらにどのような経緯で現代社会に蘇ったのかに非常に強い興味を持ち始めました。そのため,「数学史」という視点で教科横断的に学びを深め,様々な気づきを生徒と共有しようと実践を続けています。

図1 3Dマジックスコープ

「美術×数学」では,図書室にあった3Dマジックスコープ(ボルマトリクス)(図1)に感動し,パラボラを題材に2次関数の単元で取り上げました。放物面鏡に囲まれた中のものが空中に像として浮かび上がる現象を放物線の性質から説明し,「見える」という事象を,数学(=科学)は数式に落とし込み考察の対象とし,美術は作者の感動を交え様々な技法をもって絵画として再現するという相異なる面を語った後,しかし,数学における発見を社会に還元する橋渡しは「デザイン」である,として数学と美術の関わりを美術教員に語ってもらいました。

「国語×数学」は,新井紀子著『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社,2018年)を読み着想を得ました。近年,「勉強=覚える」と勘違いしているのであろう生徒が目立つようになり危機感を持っていたところ,同書を読み強く共感し,「数A 平面図形」の単元において,かねてより関心のあった「ユークリッド原論」をテーマに「論理的思考」「言葉の意味」「意味づけ」などについて,数学,国語の双方から語りました。数学の後半は,非ユークリッド幾何がアインシュタインの一般相対性理論に用いられ,発見から数十年後に宇宙を記述する言葉として蘇ったというロマン溢れる話題にも触れました。

3.「『A』:歴史・社会・文化」と「『M』:数学」

図2 授業スライドの一部

文部科学省は,「STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進について」において,「各教科等での学習を実社会での問題発見・解決に生かしていくための教科等横断的な学習」の推進を謳っています。実社会,身の回りの事象について,数学が活用されている場面やその中に潜む数学に光を当て横断的に学びを深める,というように解釈されますが,上に挙げた実践は,教科書がスタートなので対象としての数学が先にあります。それを歴史的に振り返りながら先人の偉大さや創意工夫の大切さ,そして数学特有の長い時間を経て(時には数百年の時を経て)社会に還元される不変性,その他いろいろな気づきについて生徒と共有し,その後,どのように実社会に貢献しているかを見ていくという展開になっています。私としては,実社会の問題解決に数学が「道具」としてどのように生かされているかだけでなく,人物を取り上げ,歴史的な価値を併せて考えることで,「頭のいい人が考えた生活には無関係なもの」ではなく,多くの人が受け継ぎ発展させてきた文化であり,現代の生活を根底から支えているものであることを共有でき,数学に関心が薄い生徒や苦手な生徒でも興味を持って参加できると考えています。テーマは教科書にあるので探す必要がなく,あれこれ調べながら「ほぉこれはすごい!」と思えるものを教材化していきます。目標は高校数学教科書5冊の各章コラム全てについて同様の授業を実践することです。

4.実践例「世界史×数学 対数の発見 ~ が31桁だからって何?」

【実践内容】

2年生の6月に数学Ⅱ「指数関数と対数関数」の中扉にあるネイピアを題材に計画しました。そのコラムには,

ということが記されています。(数研出版 数学Ⅱ p.162)
これを膨らませるために,関連書籍やインターネットの数学サイト,YouTube動画で情報を収集しました。その中で,ネイピアが,

10000000,9999999,9999998,9999997,・・・

のような連続する数が作られるから,累乗と指数の対応表をつくればよい
というアイディアにより対数表を作ったことを知りました。

※小数はまだ普及していなかったので,正確には10000000に1-1/10000000を次々にかけたようです。

(例)0.9999999×0.9999998=0.9999997 という計算を指数法則を用いて
1+2=3 から, つまり,対応表から,0.9999997

既知のものを組み合わせて新たなものを創り出すという問題解決の手法が,現在生徒にも求められている力であることから,ここをメインに据えました。そして,コラムには明記されていませんが,当時は大航海時代の終盤。そもそも大航海時代がもたらした世界の変化とは何なのか,安全な航海という社会の要請による対数表の発明がその後の世界にどのような影響を与えたのかを世界史の先生に語ってもらおうと考えました。

図3  のグラフに乗って

2年生では世界史を履修していますが,6月の段階では大航海時代の学習はまだということでした。当時の世界情勢を踏まえながら,大航海時代が残したものとして,商業革命,価格革命,食生活の変化(肉と香辛料,ジャガイモ,etc.),鉄砲伝来や南蛮貿易などの日本への影響,そして世界の一体化と同時に植民地支配という世界の分断を招いたというミニ講義でした。生徒にとって大航海時代は耳にしたこともあり,世界史の先生が要点を抑えお話ししてくれたことで雰囲気は一気に歴史モードになりました。そんな時代背景において,様々なアイディアを用いて20年かけて対数表を作ったネイピアのその後の世界に与えた業績が,単に数学の授業の中のトピックスとして紹介されるよりも何倍もの威力をもって感じ取れたと思われます。数学の後半は,指数と対数の関わりの話として,「Powers of Ten」(監督・製作:チャールズ&レイ・イームズ事務所(1977))というYouTube動画を視聴しました。公園に横たわる男性を見下ろす視点から10秒間で10倍ずつ離れて上空へ,宇宙空間へと視点が上昇していきます。倍のところまで行くと光の届かない暗黒の世界となります。そこから視点は元の公園の男性へと戻っていき,さらに男性の手,皮膚,細胞の中へと倍の世界に進んでいきます。となったところで中性子の振る舞いが観測され,動画製作当時の最小の世界を見せてくれます。-16から24というわずか40の目盛りの中で,中性子の振る舞いから宇宙の光の届かない世界までを扱う指数関数の凄まじさと,それを処理する対数の有用性を感じてもらいました。指数関数のグラフを板書し,このグラフに乗って進むことができたら,横軸の目盛りわずか24のところで宇宙の果てまで行けるという話には多くの生徒が目を丸くしていました(図3)。その後,電卓が発明されるまでは掛け算の処理に「計算尺」として日常的に用いられていたこと,現代社会においてdB,マグニチュード,pHなど規模が非常に小さいまたは大きいものを表す単位として用いられていることなどを紹介しました。

図4 授業スライド最終ページ

最後に,サブタイトル「が31桁だからって何?」について。

それが計算できるようになったという結果だけでは何の価値もない。その計算でなぜ課題が解決するのか,なぜそうやるとうまくいくのか,そこにある対数の性質にはどんな背景(証明)があるのかということに考えを巡らせることが「勉強する」ということである。知識を身に付けるだけでなく,それらをどうやって結び付けたら課題の解決に使えるのかを考えるトレーニングを数学の学習を通して行っているのだ,と数学を学ぶ心構えをまとめ「なぜ私たちは数学を勉強するのか」について考えるヒントを示しました(図4)。

【生徒の感想】

5.まとめ

通常の授業に比べると内容・構成を一から立ち上げ,ペアとなる教科担当との打ち合わせなど準備に時間がかかるものの,生徒の「へえ~」「ほお~」という表情が何度も見られ,十分過ぎるほどの手ごたえが感じられました。「特に対数の範囲は,解き方が作業的になる感じがあって,なかなか意味を見出せずにいた」(生徒感想)生徒が多く,世界史との教科横断型授業は大いに意義のあるものとなりました。また,理系3クラス,文系1クラスで実施しましたが,文理で食いつくところが異なることが興味深かったです。理系では圧倒的に後半の「Powers of Ten」以降が印象に残り,文系では世界史に位置付けた対数発見の功績でした。そういう意味では,2,3の「へえ~」を用意しておくとより多くの生徒に意義ある授業となると感じました。時間配分は数学5~6割で計画しているので,その25~30分の中に2,3「へえ~」を用意するには精選と構成が重要であると感じます。単調にならないよう動画視聴や短時間のペアワークなどを取り入れ,スピーディに進めることも大切だと思います。そして何よりも重要なのは,情報収集の段階で自分自身が「ほお~これはすごい!」と感じられるものを見つけ,それを生徒と共有することだと思います。

【生徒の感想】

以前の一斉指導に比べ,現在の授業では演習(アウトプット),意見交換(共有)の時間を増やしていますが,教師の新鮮な「へえ~」を生徒と「これすごいよね」と共有することの重要性を上述の生徒の感想は教えてくれます。「へえ~」共有の空気感はとても知的で,「学びの空気感」とでも言うべき貴重なものであると感じています。このような授業が他教科も含め月に2,3回あれば,生徒の学びへの意欲は確実に向上し,真に主体的な学びへと背中を押すことになるのではないかと期待しています。これからもLiberal ArtsとMathematicsの横断型授業により,教員相互が学び,見識を深め,生徒と共有できる授業を作っていきたいと考えています。

【引用文献・参考文献】