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英語

仮定法の運用に焦点を当てた日本史×英語の教科横断型授業

西武学園文理中学・高等学校 土屋 進一

1.はじめに

新学習指導要領では,教科横断的な視点に立った資質・能力の育成の一つについて,言語活動を通じた読解力や語彙力を含む言語能力の育成を掲げている。しかし,「教科横断的な視点」をどのように具体的に日々の授業の中に取り入れたらよいか,頭を悩ませている先生方は多いのではないだろうか。
本稿では,日本史の背景知識を英語の仮定法の運用面,すなわち,話すこと(発表・やり取り)と書くことに関連付けた授業についてレポートし,教科横断型授業の一つのモデルとして示したいと思う。

2.教科横断型授業の難しさとやりがい

教科横断型授業とは,一人の教師あるいは複数の教師が,協働で複数の教科・科目の知識・技能を横断させながら,生徒の学びや気づきを促進する授業方式のことである。言い換えれば,CLIL(Content and Language Integrated Learning:内容言語統合型学習)という,主に英語を通して,何かのテーマや教科・科目(古典,数学,理科,社会,家庭科など)を学ぶ学習形態と言っても良いだろう。これまでの具体的な指導実践例に関しては,土屋(2017, 2018a, 2018b, 2019, 2020a, 2020b, 2021a, 2021b, 2021c)をぜひ参照されたい。
教科横断型授業の実践においては,他教科の教師との協働授業の具現化はなかなか難しいと感じられる先生方もおられよう。しかしながら,筆者が,最初にこの教科横断型授業に着手したきっかけは,非常にシンプルなものであった。それは,高校3年生の入試長文問題演習の授業準備中に,生物に関するパッセージの一部がどうしても理解できず,生物の教師に質問をぶつけた時である。最初は,自分の無知や不勉強を悟られるのが不安であったが,思い切って尋ねてみると,生物の教師にとっても高度な内容であることが判明し,英語で生徒がその内容を理解しなければならない事実にその生物の教師も驚嘆していた。生物の教師とやり取りをする中で,私が持っていた疑問が,まるで目の前に立ち込める霧が晴れていくようにクリアになった。そしてその時,「今の我々が行ったこのやり取りをぜひ教室で生徒の前でやってみませんか」と誘ったのが教科横断型授業の実践の始まりであった。つまり,その時すでに,職員室内で教師同士による「教科横断」が行われていたのである。

3.本授業における3つのポイント

本授業において,次の3つをポイントとして盛り込み,1時間(50分)で授業を行った。
1つめは,4技能のうち,2技能2領域(話すこと(発表・やり取り),書くこと)を統合化した言語活動を設定したことである。
2つめに,授業の前半でクイズ形式で日本史の背景知識を与え,後半で日本史の知識・技能を活用し,英語の仮定法の言語形式を用いて,スピーキング・ライティングの言語活動を設定したことである。
3つめに,CLILを用いたペアでの英語でのスピーキング活動やグループでのディスカッションを行う際,使用言語を日本語と英語で明確に分けたこと,また,その中で,題材を自分事として捉えさせ,思考力・判断力・表現力等を育成する指導を行ったことである。
以上のポイントをもとに授業の詳細について次で詳しく述べたいと思う。

4.授業の題材とねらい

2024年から流通する新紙幣に描かれている3名の歴史的人物,渋沢栄一(一万円札),津田梅子(五千円札),北里柴三郎(千円札)を通して,それぞれの人物がいつの時代にどのような功績を残したのか,また,時代を遡り,これまで紙幣の肖像画として選ばれた人物がどのような選考基準で選ばれ,時代とともにその選考基準がどのように変化してきたのかを知ることをねらいとした。さらに,自分がもし新紙幣の肖像画を選ぶとしたら,どの歴史上の人物を選ぶか,自分事に落とし込んで思考し,英語の仮定法の言語形式を用いて,理由とともに英語で自分の考えを発信させた。

5.授業のハイライト

(1) CLILを用いた話すこと(やり取り)の活動

授業の冒頭で,Word Definition Gameを行った。この活動は,筆者が毎回,授業の冒頭で行っているInformation Gapを用いたペア活動である。生徒はペア(Person A とPerson B)になり,Person Aは黒板が見える状態,Person Bは,黒板が見えない状態になる。そして,教師が示した単語(ここではPrince Shotoku, 聖徳太子)をPerson AがPerson Bに英語で分かるように説明する。これは,英語を英語で理解し,聞く力と話す力のつく活動であるとともに,その後の授業展開において理解の助けとなるような仕掛けにもなっている。ペア活動が終わると,教師は,"How did you explain?"と質問をし,生徒独自の英語での説明を引き出す。その後,教師が模範となる定義 (a person who made great contributions to Japanese politics and religion.) を提示する。この人物(聖徳太子)を提示した意図は,その後の日本史の背景知識クイズで,日本の紙幣の肖像画として最も多く使用されている事実の布石とするためである。同様のやり方で生徒は役割を交代し,今度は別の人物(福沢諭吉)を提示し,活動を行う。この人物を選んだ意図も聖徳太子と同じようにこれまでの紙幣の肖像画の1つとして選ばれた経緯があるからである。その際に,a person who laid the foundation for the modern Japanese education.のように歴史上の人物の功績を表現するための英語表現を模範の定義として示し,発音練習を行った。

(2) 日本史の教師と英語教師の話すこと(やり取り)の例示

日本史の教師をゲストティーチャーとして授業に参加してもらい,日本史の解説の部分のみを行ってもらうだけでは,本当の意味での教科横断型授業の良さは出ないと筆者は考える。つまり,真の教科横断型授業の魅力は,教師と生徒とのインタラクションのみならず,教師同士のインタラクションができる点にあるのだ。英語教師だけでなく,英語教師でない他教科の教師が英語を話す姿を見せることで,生徒は大いに刺激を得ることが過去の授業実践の経験からも既に分かっている。実際に,本授業においても,英語と日本史の教師同士で英語によるRole-playのやり取りを見せた時,教室内は盛況を呈した。

(3) 英語の仮定法の運用 ― 話すこと(やり取り・発表)―

前半で日本史の背景知識と英語の仮定法の言語形式のインプットを終え,その知識・技能の運用を行うため,次のようなQuestionに対するディスカッションをグループで行った。

Q.If you chose a portrait of a new banknote, who would you choose?

このグループディスカッションは,題材を自分事化して意見を述べることで生徒を主体的・対話的な深い学びへと導く活動である。図1のように①Discussion leader ②Speaker ③Listener ④Reaction makerと役割を与え,30秒で役割を交代しながらディスカッションを進める。役割を与えることで,生徒は全員がディスカッションに参加することができる。

その中で,次のような歴史上の人物の功績を紹介するときに役立つ表現(Useful Expressions)を提示することで,学んだ表現を用い,自分の英語をプラスして発話しようとしている生徒の姿が多く見られ,授業の前半でのインプットが後半でアウトプットの形で実際に「使用している」姿が見られたことは,一定の評価を与えることができよう。

図1

図1

《Useful Expressions》

①~で有名である
Higuchi Ichiyo was well known for Takekurabe, which literally means "Comparing heights.”

②~に大きな貢献をした
Price Shotoku made great contributions to Japanese politics and religion.

③~に大きな影響を与えた
Shibusawa Eiichi had a great influence on the modern Japanese capitalism.

④~の基礎を築いた
Fukuzawa Yukichi laid the foundation for the modern Japanese education.

⑤~において重要な役割を果たした
Yamanaka Shinya played an important role in tissue engineering.

(4) 『Revised ELEMENT English CommunicationⅡ』での学びの横断

先述したIf you chose a portrait of a new banknote, who would you choose? に対する自分なりの答えをグループ内で発表した後,クラス全体で共有するために何人かの生徒を指名し,発表させた。その中で最も印象的であったのが,学びの横断とも言える,知識の階層的ネットワークを垣間見た瞬間である。ある生徒は,杉原千畝を選び発表をした。この背景にあるのが,1学期で学習したLesson 4 Life in a Jarにあると筆者は考えている。内容としては,ナチス・ドイツがポーランドを占領していた第二次世界大戦中,イレーナ・センドラーという人物が一人でナチスから2000人以上の子供たちを救ったことに焦点を当てたものであった。このレッスンを終えた後,関連として日本の杉原千畝も同じような活動を行ったことを紹介した。この生徒の発表が終わった後,筆者も英語でイレーナ・センドラーのことに触れ,全体へフィードバックを与えた。
生徒の発表原稿の原文は次の通りである。
If I chose a portrait of a new banknote, I would choose Sugihara Chiune. He was a counselor agent in Lithuania. He issued visas so that a number of Jews could travel to Japan and then on to freedom in other countries.(原文ママ)

このように,1つの学びが,知識の階層的ネットワークとしてつながり,英語での発信に応用することは,言語と内容が一体化した理想的な形ではないだろうか。

6. おわりに

本稿では,日本史と英語の教科横断型授業の指導の一端をダイジェストでリポートした。授業中の生徒の豊かな表情と目の輝きは,授業準備に費やした時間をすべて昇華させてくれた。
ある生徒は,授業後の振り返りシートに次のようなコメントを記してくれた。
「英語と日本史が融合したことで,両科目の理解が同時に深まった貴重な授業でした。日本の紙幣に描かれる人物についてあまり気にしたことがなかったのでとても面白く学ぶことができました。」
このような教科横断型授業の実践が,生徒の「主体的・対話的で深い学び」につながることを確信している。

謝 辞
本授業を行うにあたり,本校社会科の高橋 宏和先生には,授業当日の指導のみならず,指導案作成から授業実施に至るまでの打合せにおいても多大なるご協力をいただきました。ここに心より感謝申し上げます。

◆参考文献
土屋進一(2017).「入試問題を用いた教科横断授業(生物×英語)」CHART NETWORK 83号 2018 年9月,pp. 14-16.数研出版.
土屋進一(2018a).「『ELEMENTⅠ』を用いた生物✕英語の教科横断型授業」啓林館ホームページ授業実践記録
土屋進一(2018b).「英語の仮定法と古文の反実仮想による教科横断授業」CHART NETWORK 86号 2018 年9月,pp. 11-13.数研出版.
土屋進一(2019).「『ELEMENTⅠ』を用いたCLIL型授業(世界史✕英語)」啓林館ホームページ授業実践記録
土屋進一(2020a).「家庭科×生物×英語の教科横断型授業」啓林館ホームページ授業実践記録
土屋進一(2020b).「『MY WAY English Communication Ⅱ New Edition』-「思考力・判断力・表現力」を促す具体的指導例」三省堂ホームページ 授業レポートプラス
土屋進一(2021a).「物理×英語の CLIL・教科横断型授業」啓林館ホームページ授業実践記録
土屋進一(2021b).「集合(set)の考え方を用いた数学×英語の教科横断授業」啓林館ホームページ授業実践記録
土屋進一(2021c).「教科横断的な視点に立った物理・数学と英語の連携授業」『英語教育10月号』pp. 70-71.大修館書店

◆参考映像
土屋 進一・加藤 礼(2018).「教科横断型授業:英語×生物~つながることのUMAMI~」Find!アクティブラーナー
土屋進一・片山 哲(2021a).「教科横断型授業:英語×物理~"speed"と"velocity"の理解への「加速」~」Find!アクティブラーナー
土屋進一・ 杼原大貴 (2021b).「教科横断型授業:英語×数学~ “set” で深める集合・部分集合~」 Find! アクティブラーナー
土屋 進一・高橋 宏和(2023).「教科横断型授業:英語×日本史~紙幣で学ぶ日本の歴史と英語の仮定法」 Find! アクティブラーナー.https://find-activelearning.com/set/4754/con/4773
※「Find!アクティブラーナー」は株式会社FCEエデュケーションが運営するオンライン教員研修サービスです。
※2023年4月に◆参考映像を修正しております。