中学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
理科

主体的な学びを育む理科教育
~観察,実験の記録の充実を軸として~

香川県高松市立高松第一中学校 吉井 雅英

1 はじめに

現在,私たちの生活は,様々な科学技術によって恩恵を受けている。その反面,私たちは,科学技術に関する課題の解決を専門家にゆだね,自分自身のこととして考えたり,自分たちの未来に関わることとして考えたりできない傾向がある。しかし,これからの社会について考えると,世の中にある科学技術に関する課題の多くは,科学技術の発展だけでは解決できないものであり,私たち一人一人が科学的に考え,判断し,行動していくことこそが大切であると考える。
本校の理科教育を振り返ってみると,基礎的な知識・技能の習得を重視することに力点がおかれ,生徒が科学的に考える活動では,一部の生徒のみに限られることも多い。そこで,課題解決学習の充実を図ったり,自分の言葉で観察,実験の結果を元に科学的に説明したりする活動を多く取り入れ,どの生徒も主体的に取り組めるような指導過程を工夫することで,科学的に考え,判断し,行動できる生徒を育成したい。

2 「主体的な学び」を育む学習指導方法の改善について

(1) 見通しをもち,主体的に学習に取り組む授業の工夫

理科の学習では,指導者が自然の事物・現象について,限られた授業数の中で工夫し,順序だてて学習を進めていく。しかし,一般に指導者が考えている以上に,生徒は学習する内容について見通しをもてていない。また,指導者が工夫し,順序だてて配列している観察,実験も,生徒にとっては初めて行う観察,実験であり,多くの生徒はその内容について深く理解するまでには至っていない。そこで,小単元を始める前に授業でこれから学習する基礎的な用語や小単元の流れ,既習事項の確認を行ったり,家庭で教科書を読む課題を出したりすることで,生徒に学習の見通しをもたせる。

(2) 児童生徒の考えや個性を大切にし,学習に生かすための支援や工夫

1時間の授業の中で課題解決のすべての過程を充実させることは難しい。そこで本校では,観察,実験の結果の記録と考察の過程に力点を置いて学習指導を行う。

① 観察,実験の記録の充実
一般的に,観察,実験を行うと,生徒は非常に楽しんで学習に取り組む。しかし,多くの生徒は観察,実験に夢中で,記録することができていない。また,班の中で分担して記録させることがあるが,その生徒の記録が間違っている可能性を考えると科学的な記録とは言い難く,すべての生徒の観察,実験の技能を育成するという視点からも適切とは言えない。そこで,生徒一人一人が自分の力で観察,実験の結果を記録できるように支援を継続的に行う。

② 考察の時間と,一人一人を評価する時間の確保
考察は学習課題に正対していなければならない。また,自分の課題解決の過程を振り返り,手順に間違いがなかったか,根拠となる結果は科学的なものかを問い直すことが重要である。しかし,現状では,最後に指導者がまとめて終わってしまうことが多い。そこで,生徒が考察する時間を十分に確保することで,生徒が自分の言葉で課題について考察するように習慣づける。また,考察がまとめられた生徒から,指導者にワークシートを見せ,指導者は評価を行う。その際,指導者は良いところをほめたり,前回のワークシートの記述よりも伸びているところを指摘したりすることで,生徒の成長を促す。また,科学的な誤りについては継続的に指導を行い,次の課題解決に生かすように支援する。科学的に説明するという視点で優れているものは理科室に掲示し,他の生徒が参考にできるようにする。

3 実践の内容について

(1) 見通しをもち,主体的に学習に取り組む授業の工夫

新しい小単元の学習を始める前に,ワークシート(図1)などを使って,学習する内容の予習を行った。具体的には,生徒は,教科書を読み,ワークシートを使って自分のペースで大切な用語などの確認を行う。利点として,生徒は,これから学習する内容について教科書を使って確認することで,その後の観察,実験について見通しをもって取り組むことができるようになった。また,指導者も,生徒に予想を立てさせたり,観察,実験の方法や注意点を説明する時,あらかじめその内容について生徒が予習をしていることを考慮することで,手際よく指導することができた。また,図1のワークシートは,定期テスト前の朝学習のときに復習プリントとして使うことで,生徒の基礎・基本の徹底をはかった。
その反面,学習する内容について先に教科書を読むことで,生徒が観察,実験の結果などを知ってしまい,学習が課題解決的にならないという不安もあった。しかし,生徒がこれから学習する小単元の流れを知ることによって,その後の観察,実験に対する興味,関心が低下することはなく,どの観察,実験にも主体的に取り組んでいた。また,生徒は,小単元の前に予習を行い,学習する内容の流れをつかむことはできても,その内容について理解するまでは至らなかった。例えば,バネにはたらく力のばねののびの関係について調べる実験では,力とばねののびの関係の予想の場面で,力とばねののびは比例しないと予想した生徒が多くいるなど,観察,実験をともなわない予習では,生徒のもつ素朴概念が容易に改善されないことが分かった。

図1 小単元の前に大切な用語や手順の確認のために使ったワークシート

図1 小単元の前に大切な用語や手順の確認のために使ったワークシート

(2) 児童生徒の考えや個性を大切にし,学習に生かすための支援や工夫

① 観察,実験の記録の充実
科学で大切なことの1つとして,『「聴き手」に対して「証拠」を示す』ということがあげられる。ここでいう証拠とは,理科では,観察,実験の結果の記録である。しかし,一般的に,生徒は,観察,実験で科学的な記録を取ることができない。その原因として,生徒が観察,実験の記録を取る意味や,科学的な観察,実験の記録の条件について,指導を受けていないことがあげられる。例えば,科学的な観察,実験の記録(証拠)がなければ,探究活動は成立しない。また,生徒が観察,実験中に考えた事や気づいたことがどれだけすばらしくても,記録として残しておかなければ,人はその多くを忘れてしまう。
本実践では,すべての観察,実験で同じ形式のワークシートを使うことで,生徒の観察,実験の記録の充実を目指した。ワークシートは,左上段に,観察,実験の方法をあらかじめ印刷しておき,他の結果や考察の欄は,自由に記述できるように余白を多くとった。また,方眼を後ろに印刷することで,生徒がグラフや表を書きやすくなるように工夫した。生徒は,最初は,どのように記録すればいいか分からないようで困っていたが,科学的な記録の条件(対象の名前,気温,湿度,天気,時刻,記録時間,大きさ,気づき,倍率,考えたこと)などを示し,毎時間,繰り返し記録させた。その結果,生徒は観察,実験のときは,記録することが必ず必要であるということが習慣化し,また記録の仕方にも自分の型のようなものができた。
また,その際,ワークシートへの記述は,すべてボールペンで行った。ボールペンで記入することで,自分の記録した内容を消しゴムで消して変えたりすることができないので,データの改ざんを防ぎ,その記録に対して責任をもたせることができた。また,スケッチなどは,ボールペンで記入することで,輪郭がはっきりかくことができるので,生徒のスケッチの技能も向上した。図2~4は,本校の生徒の観察,実験の記録である。

図2 生徒の観察,実験の記録の例(銅と結びつく酸素の質量)

図2 生徒の観察,実験の記録の例(銅と結びつく酸素の質量)

図3 生徒の観察,実験の記録の例(発熱反応)

図3 生徒の観察,実験の記録の例(発熱反応)

図4 生徒の観察,実験の記録の例(ヒトのほおの細胞の観察)

図4 生徒の観察,実験の記録の例(ヒトのほおの細胞の観察)

② 考察の時間と,一人一人を評価する時間の確保
生徒は,中学校の理科の授業で,自分一人の力で「考察する」という経験が圧倒的に少ない。その原因として一番に上げられるのは,50分の授業時間の中で,観察,実験と考察を行おうとすると,考察する時間が非常に短く,考えることがゆっくりな生徒は,対応できていないことがあげられる。また,それを克服するために,班で話し合って考察することがあるが,この場合は一部の生徒の意見に引っ張られ,他の生徒が考えられていない場合もある。また,観察,実験の記録が十分にできていない場合は,何を考えればいいか分からず悩んでいる場合もある。つまり,一人一人が自分で記録した観察,実験の結果をもとに,じっくりと時間をかけて考察しないと,考察する力は伸びないのではないかと考えた。
そこで,考察の場面を観察,実験の次時に行うなどして,生徒一人一人の考える時間の長短に合わせ,じっくりと考察する時間を確保した。考えることが早い生徒は,観察,実験の記録を取りながら考察を行う。また,じっくり考える生徒は,何十分も考えて1,2行ということもある。考察の場面では,考察できた生徒から教師に報告を行わせた。教師は,その考察を読み,科学的に良い点,悪い点を個別に指導したり,全体で共有したりした。早く報告が終わった生徒は,自習をしたり,他の生徒の支援をしたり,のんびり過ごしたりと,思い思いに時間を使っていた。この生徒の進度差に対応する点に対して不安をもつ教員も多いとは思うが,生徒一人一人が自分の言葉で考察し,その内容について,指導者が個別に評価する時間を確保することで,得られる成果の方が多いと考える。
生徒のワークシートで,科学的に説明するという視点で優れているものは理科室内のホワイトボードに抜粋して張り出した(図5)。生徒は,休み時間や観察,実験中にそのワークシートを見て,科学的な視点に気づいたり,学習の流れを理解したりしながら観察,実験に取り組んだ。本校は1学年が3学級であるが,最初に観察,実験を行った学級の生徒のワークシートの好例を見ることで,2クラス目,3クラス目とさらに科学的な視点を生徒が獲得していった。

図5 にぼしの解剖実験について,好例を掲示したホワイトボード

図5 にぼしの解剖実験について,好例を掲示したホワイトボード

4 本実践のまとめ

生徒の主体的な学びを育むために,探究的な学習を行いたいと多くの指導者は考えていると思う。しかし,皆が感じていることは,学習内容の量が多く,その時間を十分に確保できないということだと考えられる。本実践では,普段行っている教科書の観察,実験を,できるだけ生徒の手にゆだねて,科学的に行おうとした実践である。生徒は,私の考えている以上に成長し,観察,実験の記録という点では,非常に高い成果が出たという手ごたえがある。その一方で,その内容について,学級全体で話し合ったり,発表し合ったりすることには,まだまだ課題が見られる。今後は,生徒が自分で発見した素晴らしい気づき,考えである観察,実験の記録を,自分の言葉で他者に発表するような実践を積み重ねたいと考えている。