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理科

自己決定型学習と実験計画の親和性を通じた主体的な学び
~中学校理科物理分野における学習環境デザインと系統的理解を目的とした縦割り学習~

神戸市立長田中学校 大澤 大輔,持田 樹

1.はじめに:輻輳的なカリキュラムの必要性

学習指導要領では平成元年以来,「個に応じた指導」は総則に掲げられてきたものの,中等教育における取り組みは局所的なものに留まっていた。現行の学習指導要領を踏まえた中央教育審議会の2021年1月の答申では,「令和の日本型学校教育」として,新型コロナウイルスによる臨時休校や,学校現場へのICTや生成AIの導入など時代の変化に伴い,「個別最適な学び」が掲げられた。単元内自由進度学習はこの方向性に合致した教育のあり方と考えられる。また,中央教育審議会特別教育課程部会が2025年9月に取りまとめた「次期学習指導要領の改訂に向けた論点整理」では,3つの重点施策の1つに,「多様性の包摂」を挙げている。文部科学省による義務教育に関する2023年の調査では,現在の授業を「難しすぎると思うか」との問いに「あてはまる」と答えた中学2年生の生徒は36.2%。逆に「簡単すぎる」との回答は10.4%で,双方を合わせると半数近くに達する。一斉授業形式だけでは,いわゆる「浮きこぼれ」と呼ばれる理解の早い生徒が退屈を感じ学習意欲を減退させる一方,つまずいた生徒は十分な思考時間を確保できず,消化不良のまま次の単元へと進んでしまうという構造的な課題が存在していることから,輻輳的なカリキュラムを通じた多様性の包摂が必要と考えた。

中学校理科「電流とその利用」「身近な物理現象」は,目に見えないものの挙動をイメージするなど抽象的な理解をする必要がある一方で,回路を組む,計器を読むといった具体的な操作活動も多く,生徒の主体性を引き出しやすい可能性も秘めている。そこで,本実践では中学2年生「電流とその利用」,中学1年生「身近な物理現象」を対象に,生徒に学びを委ねる「自己決定型学習(単元内自由進度学習)」を導入し,学習環境のデザイン,異学年との縦割り学習,ゲーム的・作業的・クラフト的な活動を取り入れた学習材設計,学習特性に応じたコース設計を通じて,見方・考え方を働かせながら生徒が自立的に探究する姿を目指した。

なお,「単元内自由進度学習」と呼ばれる手法を,本校では「場所・方法・相手・内容・進度を生徒自ら決定する学習」と再定義し,「自己決定型学習」と呼称している。

2.実践のねらい:物理分野における主体的な学びの可能性と単元採用の観点

自己決定型学習の実践において,物理分野を採用した最大の理由は「実験の安全性」と「試行錯誤の容易さ」にある。化学分野では,薬品の誤用や混合が重大な事故につながるリスクがあり,教師による厳密な管理下での一斉実験が不可欠となる場合が多い。しかし,乾電池や豆電球,光学台や音叉等を用いた物理実験であれば,実験器具を適切に扱えば,生徒が自らの仮説に基づいて安全に試行錯誤が可能である。この「失敗しても安全な環境」こそが,生徒が自ら実験計画を立てることと「自己決定型学習」に親和性があると判断した。また,本単元は電気・光・音といった目に見えない抽象的な概念と,回路を組む・測定という具体的な操作が結びついている。自己決定型学習を導入することで,ある生徒は実験から規則性を発見し(帰納的アプローチ),ある生徒は教科書の理論を実験で確かめる(演繹的アプローチ)。物理分野の安全な実験環境を通じた多様なアプローチの実現こそが,本実践の核となる狙いである。

学習効果を上げるために以下の4つの単元採用の観点を設定し,本単元がこれに合致すると判断した 。

3.実践の流れ:①ガイダンス→②計画→③学習→④発表会→⑤単元テスト

(1)1時間目:ガイダンスと学習計画の立案

本実践の単元計画は1・2年生ともに全12時間で作成した。1時間目は自己決定型学習に関するガイダンスと学習計画の立案を行った。ガイダンスでは,自己決定型学習の説明書である「学習の手引き」と「学習計画表(電子媒体)」の2つの学習材を配布し,学習目的・環境の使い方・評価規準・単元を貫く問いを説明した。ガイダンス後に,ガイダンスの内容や手引き,電子配布された学習プリント等を参考に学習計画を立案する。

また,単元を貫く問いを提示する際に,学習への没入感を生み出すためにロールプレイングの要素を取り入れた以下のようなストーリーを設定した。

〈 単元を貫く問い 〉回路によって,電流や電圧の大きさはどのように変化するのか?

あなたは新米の電気工事士。そんなあなたに町の住人からこんな相談が来ました。「夏に流行りのハンディファンが欲しいと思って買おうとしたんだけど,風力を調整するスイッチが"強"と"弱"の2種類しかなくて,風が強かったり弱かったりで,ちょうどいい風が吹かないの。"強中弱"みたいな 3 段階くらいに風力を調整できるハンディファンを作って!」けれども,新米のあなたは電気に関する知識がまだまだ少なく困り果てました。そこで,偉大なる電気学者"ボルタ""エジソン""マクスウェル"の 3 名が電気を学んだ歴史をたどり,電気について学ぶことにしました。風力を調整できるようなハンディファンの回路をつくってみましょう。

学習の手引き

学習計画表

課題進捗状況表

(2)2時間目~10時間目:自己決定型学習

自己決定型学習1単位時間の流れ

本校で取り組む「PBS(ポジティブ行動支援)」との連動を図った授業展開を行った。肯定的なアプローチによって望ましい行動を増やすことを目的とし,導入と終末では,必ず写真や動画を用いながら,生徒の「望ましい学習の姿」を視覚的に共有している。

  • 導入( 5分): 前時の振り返り共有,
    「望ましい学習の姿」の写真共有。本時の計画確認。
  • 展開(40分): 場所・方法・相手・内容・進度を自ら決定して学習する。
    指導者は机間巡視と個別支援に徹する。
  • 終末( 5分): 振り返りの入力。学びの変容を言語化する。「望ましい学習の姿」の写真共有。

(3)11~12時間目:学習発表会・探究発表会・単元テスト

見通し振り返りシート

生徒による授業実践と探究発表会を行った。前項(1),(2)で示した学習は,インプット中心でボトムアップのイメージとしたら,発表会はトップアップのイメージでアウトプット中心の学習を進めることを目的とした。生徒が自己決定学習で学んだことを,自分なりにICT等を駆使してスライドや授業プリントの作成,板書計画を行い,クラスや周りの友人に授業を行う。事前に生徒に授業形態の希望アンケートを取り,一斉授業やブース型の授業など生徒によって形態を変えて行った。
単元テストでは,右図のような「見通し振り返りシート」等を用いて,単元を貫く問いへの解答や現象に関する説明を行う。
「先生の授業を聞きたい」という生徒の声もあった。そのような生徒にとっては「指導者の授業を聞く」ということが個別最適であり,学習方法を自己決定した結果と解釈し,指導者によるミニ講座も開設した。

探究発表会

ミニ講座

4.実践の工夫:異学年との縦割り学習・学習特性に応じたコース設計・学習環境デザイン

(1)異学年との縦割り学習

本実践では,「エネルギー分野の系統的理解」を目的とし,1年生と2年生が同じフロアで学ぶ「縦割り合同学習」を週に1度導入した。2年生にとって,1年生の「光・音」は既習事項であるが,忘れていることも多い。

1年生が学ぶ姿を見たり,質問されたりすることで,2年生は自然と過去の単元を「学び直す」ことになる。また,1年生にとっては2年生の「電気」の学習内容に触れることで,学びの見通しを持つことができる。これにより,中学校理科におけるエネルギー領域を整理統合する機会となる。

エネルギー領域を整理統合させる工夫として,イルミネーションを題材に「1・2年生共通課題」を作成した。

1・2年生共通課題「美しいイルミネーションの秘密」

1・2年生共通課題に関する展示ブース

(2)学習特性に応じたコース設計

3つの学習コースのフローチャート

生徒の学習特性に合わせて自己決定できるよう,以下の3つの学習コースを設計した。それぞれ歴史的な科学者の名を冠している。
1.ボルタコース(演繹的アプローチ)
はじめに,規則性を学び,実験で規則性を確かめる。
2.エジソンコース(帰納的アプローチ)
はじめに,実験や体験から入り,実験結果から規則性を見出す。
3.マクスウェルコース(構造化アプローチ)
自ら白紙のプリントに学習内容をまとめていく。

ボルタコース(演繹的アプローチ)

エジソンコース(帰納的アプローチ) 

マクスウェルコース(構造化アプローチ)

(3)学習環境デザイン

本実践では「環境による指導」を徹底し,指導者が口頭で指示するのではなく,掲示物や空間そのものが生徒の学習活動を誘発(アフォーダンス)するように設計した。学習プリントの取り組みと並行して,体験的な理解を深めるために,計48個(2学年分各24個)の「体験課題」を配備した。これらは右図のようなビンゴ形式のシートで管理し,生徒は自由に選択して取り組むことができる。学習空間は4つの部屋を開放し,第1理科室:光による現象,第2理科室:電流とその利用,廊下ホール:音による現象,PCルーム:個人学習とテーマを分けてゾーニングした。この環境設計により,学びたい内容に応じてメタ認知的な行動選択を促す。

「電流とその利用」の学習環境

「音による現象」の学習環境

「光による現象」の実験ブース

「量的な見方考え方」を育む水流モデル

「電気力」を体験させるブース

「音による現象」の体験課題

「乱反射」に関する展示品

見方考え方を意識させる掲示

量的な見方考え方を働かせる掲示

「電流とその利用」の実験ブース

「屈折」を実感させるブース

ゲーム的に用語確認ができるブース

電気回路を推定する体験課題

電気学の歴史をたどるゲーム的課題

理科通信の掲示

実験器具置き場

音が空気の振動であることを確認

3年生の学習内容との連携

光の反射の体験ブース

図書教材の提示

シミュレーションサイトの提示

「単元を貫く問い」を明示的に提示

電気回路をパズルで学ぶ学習材

5.実践の成果と今後の展望

(1)実践の成果:自己調整力と心理的安全性の向上

本校では,昨年度から自己決定型学習を導入した。2年間の実践における学力調査からみられる成果を示す。

上記データから,「生徒が自己決定し,行動に移した」という自己調整を生徒が経験したことを意味すると考えられ,自己調整力が育成されたと考える。

また,今年度の神戸市学力定着度調査において,「先生はあなたの良いところを認めてくれている」において,前年度比1.5倍増の成果が見られた。この伸長と自己決定型学習との相関関係について,本校2年生を対象にクロス集計による分析を行った。「学習方法を自分で選択できている(n=68)」と感じている生徒群においては,約5割(54.4%)が「先生は自分の良いところを認めてくれている」と強く肯定している。対して,「選択できていない(n=24)」と感じている生徒群では,その割合は16.7%となった。また,「学習場所・学習形態を自分で選択できている(n=83)」と回答する生徒群においても同様に,約半数(47%)が強い承認感を抱いているのに対し,持っていない生徒群(n=11)ではその割合は半減していた。 上記データより,生徒は単に「自由にさせてくれるから先生が好き」という感情を示しているのではなく,「先生は私を信じて任せてくれている」ということを示している。生徒が「自己決定の機会」を通じて,心理的安全性(自己肯定感)を抱くことが考えられる。

学習方法の選択と承認感(相関係数=0.28)

学習場所・学習形態の選択と承認感

また,相関係数=0.28を得た「学習方法の選択」において,学習方法の自己決定が,生徒の心理的安全性(先生はあなたの良いところを認めてくれている)に与える影響を検証するため,単回帰分析を行った。

単回帰分析にあたっては,学習方法と心理的安全性(先生はあなたの良いところを認めてくれている)の以下の回答項目のうち,

1:当てはまる 2:どちらかといえば,当てはまる
3.どちらかといえば,当てはまらない 4.当てはまらない

1と2に回答した生徒を「学習方法選択肯定群(自己決定有)」,3と4に回答した生徒を「学習方法選択否定群(自己決定無)」とした。また,心理的安全性については,上記の回答項目のうち,1を心理的安全性スコア3,2を心理的安全性スコア2,3と4を心理的安全性スコア1として,単回帰分析を行った。

「学習方法の選択(授業の中で何を使って学ぶかを選択する場面がある)」を説明変数,「心理的安全性(先生はあなたの良いところを認めてくれている)」を目的変数として単回帰分析を行った結果,学習方法の選択は心理的安全性に対して,有意な正の影響を与えていることが確認された。( =0.016, <0.05)。

回帰係数は 0.38 ,回帰線y=0.38x+2.04となり,学習方法を自ら選択できる環境にある生徒はそうでない生徒と比較して,心理的安全性のスコアが有意に高いことが示された。

学習方法選択肯定群と否定群の単回帰線

(2)今後の展望:安全管理と環境設計にかかる時間

物理分野は比較的安全とはいえ,加熱やショートのリスクはゼロではない。試行錯誤できる実験環境を担保しつつ,指導者の目が届きにくい場所での事故をどう防ぐか,安全指導と環境設計のさらなる工夫が必要である。

また,本実践では「環境による指導」を徹底し,指導者が口頭で指示するのではなく,掲示物や空間そのものが生徒の学習活動を誘発するように設計したが,環境設計には多くの時間を要する。作成した学習環境はパッケージ化して校内で保管する持続可能なシステム構築も求められる。

【参考文献】