「動物の体のつくりとはたらき」
唾液のはたらきに関する探究的な学習
札幌市立向陵中学校 越智 月美
1.はじめに
本実践は,2学年生命単元「動物の体のつくりとはたらき」の中の唾液のはたらきについて調べる実験において,生徒自らが提案する課題について探究する授業実践である。啓林館「未来へひろがるサイエンス2」では,唾液のはらたきを調べる実験の例として「唾液によって,デンプンはどのような物質に分解されるだろうか」というものが提示されているが,この課題に対しての実験やその結果を教師の演示によって理解したうえで,生徒自身が考えた条件下で唾液が同じように作用するかを探究する学習活動を行った。教科書に書かれた実験手順や条件制御にどのような意図があるのかを深く考えることや,実験結果をどのように解釈し,考察するかに重点を置いた。
2.授業実践記録
(1)教科書の実験例を読み解く。
唾液によってデンプンが糖に変化することを確かめる実験について,その手順や結果,結果から導かれる結論を確認していった。実験手順の中に様々な条件制御があることに気付き,どのように変えることができるか考えた。
〈生徒から出た意見の例〉
- ①教科書では「デンプンのり10㎤に対して唾液2㎤」で実験しているけれど,デンプンのりを増やしたり,唾液を減らしたりしても同じ結果になるだろうか。
- ②教科書では「40℃の湯」の中に入れているが冷水や熱湯に入れても同じ結果になるだろうか。
(なぜ40℃なのだろう。)
- ③教科書では「5~10分間」時間を置いているが,時間を置かなかったり,短い時間にしたりしても同じ結果になるだろうか。
- ④教科書では「採取した直後の唾液」を用いているが,採取してから時間が経っている唾液
(一晩や数日)を用いても同じ結果になるだろうか。
- ⑤教科書では「中学生の唾液」を用いているが,赤ちゃんの唾液を用いても同じ結果になるだろうか。
- ⑥教科書では「ヒトの唾液」を使っているがイヌやネコの唾液を用いても同じ結果になるだろうか。
- ⑦教科書では「デンプンのり」を使っているけれど,「お米をすりつぶして採った液体」でも同じ結果になるだろうか。
- ⑧試験管の中に「塩酸」や「水酸化ナトリウム水溶液」を入れても同じ結果になるだろうか。
(胃の中は酸性だと学習したが,環境によってはたらきは変化するのだろうか。)
学級全体で意見交流を行った。その中で,「教科書で40℃にしているのはヒトの体温に近づけるため?」や「反応に5~10分もかかってしまったら,実際に食事をするときにはそんなに口の中に入れておかなければいけないの?」「胃の中(酸性)でも唾液ははたらき続けるのかな?等のつぶやきも挙がった。
(2)課題を設定する。
条件を変えることでどのようなことを確かめることができるかを考え,班ごとに調べてみたいことを課題として設定した。
〈生徒が立てた課題の例〉 (番号は条件制御について上がった意見と対応)
- ①唾液が分解できるデンプンの量に,限界はあるのだろうか。
- ②ヒトの体温と違う温度の下でも,唾液はデンプンを分解できるだろうか。
- ③唾液はどのくらいの時間でデンプンを糖に変えられるのだろうか。
- ④採取して日が経った唾液も,新鮮な唾液と同じはたらきをするだろうか。
- ⑤年齢によって,唾液のはたらきに違いはあるだろうか。
- ⑥イヌやネコの唾液も,デンプンを糖に変えることができるだろうか。
- ⑦お米に含まれるデンプンも,唾液によって糖に変えられるだろうか。
- ⑧酸性やアルカリ性の下でも,唾液はデンプンを糖に変えられるだろうか。
はじめは「デンプンの量を変えて実験するとどうなるだろうか」のように,条件設定をそのまま課題とする生徒も多く見られた。立てた課題を発表し合う際に「何を確かめたいのか」の意図を他の班に説明することを通じて,課題が明確なものに修正されていった。
(3)実験を行う。
班ごとに詳細な実験計画をたて,実験を行った。
(4)結果をもとに考察する。
班ごとに考察を行った後,学級内で交流した。同じような条件で実験を行った複数の班の結果が異っていたり,教科書と同じ条件で行った実験が教科書に記載されている結果と大きく異なっていたりした班が,結果をどのように解釈して結論としてまとめるかがポイントとなった。また,振返りをした際に条件制御が適切でないことに気付いたり,新たな疑問が生まれたりした班もあった。
〈生徒の振返りの例〉 (番号は課題と対応)
- ○教科書と同じ条件で実験したが,デンプンがなくなるはずの試験管でヨウ素溶液が反応した。自分たちの班だけ他の班と結果が違ったので,唾液を綿棒に含ませる量が少なかったのかもしれない。ベネジクト溶液も黄色になって反応していたので,デンプンは一部糖に変わったが,分解しきれずに残ったデンプンがあったのかもしれない。
- ④採取して時間がたった唾液ははたらきが弱まることがわかった。しかし,これは保存する状態によって結果が変わるかもしれない。体温と同じ温度で保存すれば,はたらきが失われないかもしれない。
- ⑤赤ちゃんの唾液は,中学生の唾液よりもはたらきが弱いことがわかった。しかし,これは唾液の量による違いだったかもしれない。唾液の採取の仕方をそろえる以外に,どうしたら唾液の量をそろえることができるだろうか。
3.成果と課題
この実践における成果と課題にはそれぞれ次の点が挙げられる。
〈成果〉
- ○生徒自らが課題をたて,条件制御を考える活動を行うことで,他の場面でも条件制御の意味を考えることができるようになった。
- ○他の班が行った実験の結果と併せて自分なりの結論を出す活動を通して,他者と協同して課題を解決するよさを感じることができた。
- ○実験の結果を鵜呑みにして結論を導くのではなく,様々な角度から考えて結果を解釈し,考察できるようになった。
〈課題〉
- ●実験技能の未熟さから,結果が曖昧になってしまった班があった。
- ●条件制御を理解して自ら実験計画を立てたつもりでも,具体的にイメージできておらず,自分で立てた手順を間違えて本来の検証したかったことが確かめられない班があった。
それぞれの班が異なる方法で実験を行う場合,教師の技能的な指導や手順の確認が手薄になってしまう。それによって本来の検証したいことが確かめられないことが起こり,生徒のモチベーションが下がってしまうことが課題である。この時間の前に実験技能を高める授業を行ったり,この時間の後に追実験を行うことができるように単元計画を立てたりすることで改善することができると考えられる。