一人のベテラン指導者と出会い,本気で算数をめざそうと考えた。数名の熱心な教師による自主研修グループ「算歩会S」と出会い,算数の理論研究と実践・評価を積み重ねる中で,自分自身の課題とめざす方向に気付いた。そして,その課題解決につながる新たな学習方法として「採点学習」をグループでまとめ上げた。―採点学習とは,教師が提示する複数の解答例を児童が採点し,その根拠を基に協議することで教材の本質に迫る学習方法である― さらに,校内の研究主任として,多様な価値観をもつ多くの同僚と出会い,実践研究を広げる中で,この採点学習の価値と学習指導力の高まりを再認識した。
本論文では,数年間にわたる様々な教員との運命的な出会いを通して,私自身,さらには校内の教師集団の指導観までも変えることにつながった「採点学習」の内容・具体的実践・成果等について示す。
2015年4月,大学を卒業した私は,香川県の小学校教諭として採用され,現在,教員11年目を迎えた。その中で講師Y氏と算歩会Sとの出会いを通して,算数という教科についての見識だけでなく,他教科にも通じる授業観も大きく変化した。また,10年目には現職教育主任を担当し,採点学習という新たな学習方法を軸とした校内研修の推進を行った。本論文では,自分を含め採点学習が教員の資質・能力を伸ばす効果について示す。
振り返ると,私の1年目の算数授業は,教科書に書かれている内容を分かりやすく教えようと意識しただけのもので,児童たちから「楽しい」「なるほど」と言われるような授業はできていなかったように思う。しかし,そんな自分の授業に対して違和感を持つことはなかった。このような状態で1学期を終えた夏,勤務校のある香川県三豊市・観音寺市で,経験年数5年以下の教員を対象とした算数教室(研修会)が開催された。私は専門ではないが興味があったため参加を希望した。3日間にわたるこの研修では,私の授業観を大きく揺さぶる出会いがあった。講師Y氏による講話である。講師自作の資料(120ページにわたる算数の本質と実践例がまとめられている)が配布され,その中の1ページ「児童と一緒に算数を創る授業で楽しもう」の項目が特に心に残った。「数理(算数)はできあがったものではなく,創り出していくものととらえ,それを求め続けようとする児童を育成することが重要です。」「表現・処理方法を自分に任せられているという感覚が,数学的思考力,関心・意欲・態度を中心とする学力育成の大前提です。」この言葉を聞いたとき,児童に何を考えさせるべきかを探るには,教材毎の本質を理解し,教科書の"行間"を正しく読み取ることが必要なのだということに気づかされた。
算数教室参加から数年後,算数の授業観をさらに揺さぶる出会いが生まれた。算数教室で講話をされ,その後定年退職して5年目となるY氏から,自主研修会「算歩会S」に参加しないかと声をかけられたのである。「算歩会S」は,月に1度,算数科の授業における本質や教師の考え方,実践後の振り返り,改善方法などについて学び合う場であった。そこには,三豊市で算数研究の中心として活躍されている中堅の先生や若い先生,さらには,東京でソフトウェアエンジニアとして働きながら大学の研究所で学習科学について研究した後,三豊市に移住した異色の経歴を持つメンバーもいた。
毎月の算歩会Sの開催時,私は日頃から感じていた素朴な疑問をその場で提案し続けた。そして,様々な視点からの意見交流をしながら1つずつ答えを獲得していった。ここでは,私が提案した主な疑問とその答え「私にとっての財産」の一部を紹介する。
| ?疑問1: | 「算数教科書の問題が解けるようになるだけではいけないと理解しているが,日々の授業で特に大切にしなければならないものは何か?」 |
| !財産1: | 算数科の本質である「より簡潔・明瞭・的確な表現・処理方法」を獲得していこうとする姿勢やその能力の育成を大切にする。本時の教材を扱うことで,どのような力(数学的な見方や考え方等)を育成しようとしていくのか(教材の価値)を明確にする。
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| ?疑問2: | 「教科書の内容を生かすためには,どのような構成の授業をすれば良いのか?」 |
| !財産2: | 教科書の主たる課題を「展開」と位置付けると,その前には,日常の何気ない事象から児童の疑問や意欲を生み出す「導入」の場が,また,展開の後には,理解を深め,広げる「活用」の場を設定することを大切にする。 |
| ?疑問3: | 「教科書に表記されているような模範的で最高の表現・処理方法を児童に15分程度の短時間で表出させるのは困難でないのか?」 |
| !財産3: | 児童に任せただけでは表出が困難な課題に対しては,例えば,教師側から複数の解答例を提示し,それらを児童に吟味させれば良い。 |
| ?疑問4: | 「疑問3の,教師側から複数の解答例を提示するというが,どのような解答例を準備すれば良いのか?」 |
| !財産4: | 基本3つの解答例を準備する。例えば,A…教科書にある解答,B…考慮不足の側面がある解答,C…よくある誤答。 |
| ?疑問5: | 「これまでも複数の考えや誤答を黒板に提示して話し合いをしているが,協議の意識が高まらず,優秀児童の発表会のようになってしまうことが多いが,どのようにすれば全員参加で本質に迫れるようになるのか?」 |
| !財産5: | 複数の考えを記号化(数値化)し,比較しやすいようにする。例えば,教師側から提示した3つの解答例を児童に採点させるのはどうだろう。 |
上述のような協議を重ねながら,本算歩会Sで「採点学習」という新しい学習方法としてまとめあげた。
採点学習とは,下図のように「採点学習の問い」に対し,教師が提示した原則3つの「採点解答(価値ある誤答も含ませる)」を児童が教師のように採点し,その採点結果と根拠をグループで持ち寄って議論しながら,児童自身の力で学びの目標に迫る学習方法である。
【採点学習の流れ(算数の時間が10倍深まる「採点学習」より)】
(1)採点学習の基本的な展開
授業の「導入」の場面では,まず,日常生活や既習の学習経験を振り返る場面を設定し,児童が本時の価値を理解したり,採点学習の問いにつながる疑問や課題意識を高めたりする。そして,「採点学習の問い」を設定する。
採点学習において標準的な授業と大きく異なるのが次の「展開」の場面であるため,その流れを以下5つの段階で示す。
| ① | 採点学習の問いと,3つの採点解答を提示し,根拠とともに採点させる。それぞれの採点解答に対して3点を満点として点数を付ける。原則としてすべての採点解答に点数を付けるように求める。(必ずしも,1・2・3点とならず,1・3・3点のようになる場合も認める。また,教師が最高点と想定して提示した解答例より優れた解答を見出した場合は4点として提案することも認める。)採点解答を提示する前に自由につぶやかせる等して見通しを持たせることも大切にする。 |
| ② | グループで採点結果と根拠を共有させる。話し合いに入る前に,必ず全員が採点結果と根拠を発表するようにする。これは,全員が発表する前に話し合い始めると,積極的に発言する児童だけに場が支配されてしまうことがあり,配慮するためである。また,個人の採点表とは別にグループの採点表を作成させることで,グループでまとめて発表しやすくする。 |
| ③ | 話し合いながらグループの採点結果と根拠をまとめさせる。採点学習の問いは,あくまで問題場面の一例でしかないため,「もし~だったら(~で,なかったら)」等と条件を変化させながら採点解答を評価することを習慣化させる。 |
| ④ | 学級全体で各グループの考えを共有させ,採点を決定させる。児童の意見を教師がつなぎ,採点の根拠の納得化を図る。適宜,学級全体で共有するべき個人の考え方も取り上げる。 |
| ⑤ | 学習をまとめ,振り返らせる。 授業終末の「活用」の場面では,発展的な問題や,本時に学んだ内容が活用できる生活場面の問題を考えさせる。 |
(2)採点学習の効果
2年間で授業実践を行う中で見られた採点学習で効果は次のようである。
採点学習を受けていた児童56名にアンケートを行った。その結果は以下の通りである。
また,算数は嫌いと言っていた数名の児童が授業の振り返りに「楽しかった。」や「グループで話し合いをすることで発見できた。」等と書いており,採点学習を取り入れた授業をすることで学ぶ喜びを感じている様子が多々見られた。
(3)採点学習の授業づくりのポイント
上述のような効果を十分に発揮させるためには,次の点を意識することが重要であることが分かってきた。
採点学習を何度も実践していくことを通して,採点学習を行わない授業についても教材の見方や児童の反応を予想する精度が高まってきたと感じている。また,採点学習を行うことで児童をファシリテートしていく力を伸ばすことに繋がっていると感じた。このことから,採点学習を自校内でも広めることで,教員の資質・能力が向上し,児童の学力向上に繋がると考えた。採用されて10年目である2024年4月から他校に異動するまでの1年間,校内の現職教育主任を任されたことを契機に,採点学習を軸とした校内研究を行った。その1年間の取り組みについて紹介する。
(1)校内研修の具体
【グループ研修の様子】
教員の指導力向上のために,校内研修のテーマを「ともに磨く―本質を見抜き,指導できる教員になろう―」と設定し,月に1回ある現職教育の時にグループ研修の時間を設けた。1つのグループには1年団から6年団までの教員が必ず1人は所属できるような縦割りのグループをつくった。グループ毎に次の3つの内容の中から1つを選択し,教材研究を行うことを提案した。①採点学習を取り入れた授業づくり,②どのように指導したらよいか不安な単元の授業改善,③校内研究授業で行う授業。どの内容について研究してもらってもいいようにしていたが,全てのグループが,①の「採点学習を取り入れた授業づくり」について研究を進めることになった。グループ研修後には,学年団で研修内容について情報共有を行い,今後の指導に生かすことができるようにした。
(2)採点学習の実践
グループ研修では,さまざまな教科で採点学習を取り入れた授業が練られた。その中で,私が最初にモデルとして提案した第5学年面積の単元で「平行四辺形の面積を求める」授業を示す。
一般的な授業では,「平行四辺形をさまざまな方法で変形し面積を求める。」「どの求め方も同じ長さが使われていることに気付き,公式化を進める。」というように展開していくだろう。本実践では,前時(三角形の求積公式をつくる)までに,元の三角形を自由に変形し,長方形に帰着させる経験を十分にさせた上で,「どのように図形を変形させることが合理的なのか」を重視する授業として構成した。そのため,本時の本質を「平行四辺形を既習の図形に変形する合理的な方法を吟味する活動を通して,元となる図形を変化させながらの量の保存性・加法性の理解につながるとともに,処理方法の一般化を図ろうとする態度を養うことができる。」と捉えた。授業を導入,展開,活用の3つの場面に分けて紹介する。
<導入>
【長方形をさまざまな図形に変形させているイメージ図】
採点学習の問いに出合わせる前の活動として,長方形を同じ面積の図形(三角形,平行四辺形,台形,ひし形)に変形させる活動を行った。これにより,児童は,どんな図形も長方形から作ることができることに気付き,面積の公式が分からない三角形以外の図形(平行四辺形,台形,ひし形)も長方形に変形したら面積が求められそうだと解決の見通しをもつことができた。
<展開>
本時で扱う元になる平行四辺形を児童に示した後に,採点学習の問いを「平行四辺形をどう変形するといつでも面積が求められて便利だろう。」と設定し,次のような「採点解答」を児童に提示した。
【児童に示す採点解答(算数の時間が10倍深まる「採点学習」より)】
個人で採点している時には,「この形でなかったら?」と,与えられた1事例だけで点数を付けないよう意識付け(習慣化)している。本時では,自分で他の平行四辺形を描いて確かめたい児童には方眼用紙を,他の図形がなかなか考えにくい児童には教師がいくつか使えそうな図形が描かれたプリントを用意しておき,必要に応じて活用できるようにした。
【あるグループの採点表】
あるグループの採点表は,右表のようになり,このグループの話し合いは次のようだった。
C1:Bは1点だよね。
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C2:三角形に分けているのはいいけど,底辺を測らないといけないのが面倒だね。 C3:方眼があるに使わないのはもったいない。 C2:AとCはどんな点数にした? C3:僕は3点にした。理由は両方とも長方形に変形しているから。 C2:そうだよね。でも,これって何が違うの? C1:他の平行四辺形でも使えるか考えてみたのだけど,見てくれる?(ワークシートに描いた図を見せながら)この長細い平行四辺形だったら,Aの方法は切れないけれど。Cの方法はうめた後で切るからできるよ。 C2:あぁ。そういうこと。 C3:えっ?Aの方法で切れないってどういうこと? C2:だから,Aの方法だったらどう切ったら長方形になる? |
【話し合い中の児童の様子】 |
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C3:あ,方眼に合わせて1回切っても,きれいに合体できないのか。 C1,C2:そういうことかあ。 T:いい考え方だね。この考え方ってこれまでになかったかなあ…。 C3:え~?。全然つながらない。 C1:まずつけ足して,その後で同じ面積を引くってこと? C4:L字型の面積を求める時だ。まずつけ足して大きな長方形にした後,つけ足した分を除いたよ。 T:そうそう。班の人にも説明してみて。(他のグループの活動の助言をするために移動する。) その後,C1は図を描きながらグループの児童に説明していた。 |
【児童(C1)のワークシートの一部】 |
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C:Aが分かりやすくはあったけど,どんな平行四辺形にでも使える方法はCだった。そのCが3点満点で納得するよ。Aは2点だ。 基本,グループの協議で完結することをめざす。全体交流の場面では,全てのグループの点数を確認し,押さえなければいけないポイントについてのみ確認した。グループ交流の状況が教師の想定よりも進んでいない場合には,全体交流の時に考えを擦り合わせていく必要もあるだろう。 |
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<活用>
採点学習の問いを解決した後の活動として,「Aの方法では長細い平行四辺形を長方形に変形することはできないのか」について操作する活動を設定した。展開で児童は採点解答Aを2点に収束させていったが,操作を繰り返すことで長方形に変形させることができることを体験させた。これにより,どんな図形も長方形に帰着していくことを強調することができた。
(3)校内研修後の教員の反応
1年間校内研修を行い,同年度の3月に教員(13人)を対象にアンケートを行った。
【採点学習を実践したとき授業について】
【採点学習実践後の通常の授業について】
全ての質問に対して肯定的に回答している割合は多い。特に,質問(3)「児童の話し合いは活性化しましたか。」に対して,84.6%の教員が肯定的に回答している。このことからも採点学習を行うことで児童が協働的に学ぶことにつながることが分かる。採点学習以外の通常の授業においても,多くの教員が明確に授業の本質を意識できるようになったり,児童の反応を予測して助言や支援を考えることができるようになったりと教員の指導力向上につながったと考えられる。
以下,校内研修で採点学習を学んだ教員の振り返りとしての言葉を紹介する。
教員の感想からも分かるように,採点学習は,学習に意欲的でなかった児童も自分の考えをもつことができるので学習に主体的に取り組む姿が見られる学習法であることや,点数化することで友達との差異が明確になり,話し合いが活発になるだけでなく,自分の考えを調整しやすくなる効果があることが分かった。
筆者の教師としての歩みを振り返ると,その根底を揺り動かしたのは,「採点学習」という新しい学習方法との出会い,そして「算歩会S」で共に学ぶ人たちとのつながりであった。2つの出会いは互いに響き合い,筆者だけでなく,まわりの教員たちの授業観までも変えていった。
採点学習への挑戦は,授業の在り方を根本から見つめ直すきっかけとなった。これまでの「児童を正しい答えに導く授業」から,「児童の考えを生かし合い,共に学びを創っていく授業」へ。児童の解答をもとに意見を交わすこの方法は,教室に活気をもたらし,児童たちの目を輝かせた。同時に,教師自身も教材を深く研究し,授業を通して成長していく喜びを取り戻した。採点学習は,教師一人ひとりに「学び続ける専門職」としての原点を思い出させてくれたのである。
そして,その実践を支えてくれたのが,人との出会いだった。算数教室で出会った講師Y氏の「数理はできあがったものではなく,創り出していくもの」という言葉は,筆者の心に強く残っている。その言葉を胸に,算歩会Sの仲間たちと語り合う時間の中で,学びを共に創り出すことの楽しさと奥深さを感じた。ともに学ぶ仲間の存在が,筆者を支え,励まし続けてくれた。
やがて現職教育主任として校内研修を進める中で,採点学習は学校全体へと広がっていった。算数だけでなく,国語や理科など他の教科でも実践が始まり,教師たちは互いの授業を語り合うようになった。目標を明確にし,児童の考えを大切にする授業観が,少しずつ学校の文化として根づいていった。
採点学習という一つの手法は,算歩会Sや校内の仲間とのつながりによって支えられ,教師としての成長を重ねる場となった。そこから学んだのは,授業を変えることは,児童の学びを変えることにつながるという確かな実感である。
授業は,生きている。昨日までの方法にとどまることは,今日を生きる児童たちにとって力にならない。新しい時代を歩む児童たちに必要なのは,変化を恐れず,共に考え続ける教師の姿だと思う。だからこそ,学び続けることをやめてはいけない。
これからも,時代とともに変わり続ける教育の中で,仲間と語り合いながら,児童たちの可能性を広げる授業を創っていきたい。児童たちが「考えることは楽しい」「友だちと学ぶことがうれしい」と感じられる教室をめざして,歩みを続けていく。