小学校算数科において,式は問題場面の数量やその関係を簡潔かつ一般的に表現したり,思考の過程を他者に伝え合ったりする上で重要な役割を果たしている。しかし,実際の指導現場においては,児童が式を「答えを出すための式(求答式)」として捉えがちであるという課題がある。第3学年の未知数を□にした逆思考の問題などにおいても,求答式を書き,すぐに答えを出そうとする児童が多く見られる。このように式を「答えを得ることを目的としたもの」として捉えることで,特定の数値にとらわれない一般的な関係(変数)を見いだすことが難しくなり,高学年における「文字を用いた式」や変数の学習への円滑な接続を妨げる懸念がある。
そこで本単元では,式を「答えを出すための式」から「事柄や関係を表すための式」へと認識を変容し,「式の意味を読み取ること」に焦点を当てた単元を構想した。 具体的には,あえて求答事項のない問題場面を提示して式の意味と問題場面を関連付ける活動に加え,第4時では,同じ場面から出た多様な式同士を比較し,式の構造から問題場面を捉え直す課題を設定した。さらに第5時では,見いだした式にいろいろな数値を当てはめて場面を捉え直す活動を取り入れた。式に当てはめた具体的な数値を単なる計算対象としてではなく,一般性を含意している数(擬変数)として捉え,式を能動的に操作・一般化する経験を積むことで,高学年における文字を用いた式や変数の学習へと確実につなげていくことを目指した。
(1)求答事項のない問題場面の設定
第1時から第3時にかけて事柄を表すものとして式を捉えることができるように,求答事項を入れない場面を意図的に設定した。
| 第1時 | 500円をもって買い物に行きました。230円のパンと150円のジュースを同じお店で買ったらおつりは120円でした。 500円をもって買い物に行きました。230円のパンと150円のジュースを別のお店で買ったらおつりは120円でした。 |
|---|---|
| 第2時 | 1本50円の色えんぴつを買いました。赤を12本,青を8本買ったら代金は1000円になりました。 |
| 第3時 | おり紙が200まいありました。1人に30まいずつ5人に配ったらおり紙は50まいのこりました。 |
(2)式から問題場面を考える活動
第2時及び,第3時では,式を提示し,「どんな問題場面が考えられるか。」という発問を行うことで,式の数量や演算に着目し,式の意味から問題場面を考える活動を行った。
第2時
第3時
(3)「自分が考えなかった式」の意味を読み解く活動
第4時では,「幅11cmの紹介文と幅10cmの写真を交互に9枚横に並べる」という問題場面を提示し,「どのような式で表せるかな?」という学習問題を設定した。そのまま加法の式に表すと非常に長くなることから,児童は「もっと簡単な計算で求める式にできそうだ」と見通しをもち,簡潔な式に表現しようと試みて,11×9+10×9や(11+10)×9といった多様な式が表出した。さらに,すぐにまとめるのではなく,「自分が考えなかった式」に目を向けることで,自分の考えた式と他者の式とを比較し,計算の順序や式の違いを問題場面と関連付けることで,式が何を意味しているのかを具体的に検討できる活動を設定した。
(4)式の数量に様々な数を入れることで,場面を多様に捉える活動
第5時では,「掲示板からはみ出さないようにするには,紹介文や写真をどの用紙にすればよいか」という新たな問題場面を設定した。児童は第4時の式を基に,紹介文や写真の幅,人数などの数値を様々に変更し,当てはめていく活動を行った。この活動を通して,「掲示板の幅÷人数をして,1セットの幅がそれより小さければよい」などと,見いだした式の構造を他の数値の場面にも適用し,一般化して捉え直すことができるようにした。
(1)求答事項のない問題場面の設定(第1時から第3時)
第1時では,同じ値段の二つのもの(230円のパンと150円のジュース)を別のお店で買う場合と,同じお店で買う場合とを比較し,( )を用いて一つの式に表す活動を行った。児童は,問題提示の際に,「問題文に答えが出てる」と戸惑う様子が見られ,式の認識について「計算するもの(答えを出すもの)」という認識を確認することができた。第1時の指導を通して,問題場面から買う順番や話の流れなどを表せることがわかり,式について「問題文の場面通りに表す」「話の流れに沿って,表す」と考えるなど,事柄を表すものとして式を捉えることができるようになった。
(2)式から問題場面を考える活動(第2時及び,第3時)
第3時では,四則混合や乗除先行のある式を提示し,それに対応する問題文や図的表現を児童に考えさせた。例えば,「÷2」という演算を単なる計算の手順として捉えるのではなく,「半額の値段」を表すものであるといったように,四則演算や( )がもつ意味に着目して式の意味を深く読み取る様相が見られた。
このような認識の変容が,第4時以降の「式の構造を理解する活動」への重要な基盤となった。
(3)「自分が考えなかった式」の意味を読み解く活動(第4時)
第4時では,まず,場面の通りに式に表すと「11+10+11+10+11+10+…+10」と長い加法の式になることを全体で確認した。これを見た児童からは,「足し算がめんどくさいし大変だ」「簡単な計算で求める式にしたいな」といった声が上がり,簡潔な式にまとめようとする目的意識が自然と喚起された。
児童は,用紙の幅(11cm,10cm)や枚数(9枚)といった数量に着目し,長い加法の式をより簡単な式で表そうと自力解決に取り組んだ。 机間指導で見取ると,児童からは主に次のような3つの式が出された。
「11×9+10×9」 (11cmと10cmを分けて計算している)
「(11+10)×9」 (11cmと10cmをひとまとまりにして考えている)
「21×9」 (11+10=21で,そのまとまりが9個あると考えている)
多様な式が出そろったところで,学習支援アプリを用いて「自分が考えなかった式」がどのような考え方を表しているのかを読み解く活動を行った。アプリ上には,紹介文と写真のカード(図的表現)を自由に動かせるシートを用意し,式とカードの並べ方を関連付けて説明できるように工夫した。
このように,式と図的表現を関連付けて比較することで,計算の順序や式の違いを問題場面と関連付けて考え,式が何を意味しているのかを具体的に検討することができ,式を「事柄や関係を表現するもの」として深く読み解く姿が見られた。
(4)式の数量に様々な数を入れることで,場面を多様に捉える活動(第5時)
第5時では,児童からはすぐに「前の時間の式がそのまま使えそうだ」という声が上がり,紹介文の幅,写真の幅,人数の数値を様々に変更し,式に当てはめてはみ出さないかを調べる活動に取り組んだ。
数値を様々に変更して試す活動を通して,児童からは次のような気付きが生まれた。
「(紹介文の幅+写真の幅)が21cmより小さければ,9人分が掲示板にはれる!」
「掲示板の幅÷人数をして,1セットの幅がそれより小さくなればよいと分かった。」
さらに学習のふり返りには,「数字を入れているけど,『紹介文の幅,写真の幅』という言葉として考えていた」という記述が見られた。これは,特定の数値を離れ,式を「(紹介文の幅+写真の幅)×人数≦191cmより小さくなるように考える」といった一般的な構造(変数の見方)として捉え直している姿であり,高学年の文字を用いた式へとつながる数学的な見方・考え方となる。
(1)実践の成果
本実践では,求答事項のない問題場面の提示や式から場面を考える活動を通して,児童の式に対する認識を「答えを求めるもの」から「事柄や関係を表現するもの」へと変容させることができた。 特に第4時において,「自分が考えなかった式」の意味を図的表現と関連付けて読み解く活動を取り入れたことで,児童から「答えは同じになるけれど,式が違うと表す紹介文や写真の並べ方も違う」という気付きが生まれた。計算の順序や式の形の違いが,実際の場面の構造を的確に表していることを見いだし,式の意味を深く読み取る姿が見られた。 また,第5時において,式の数量に様々な数を入れて場面を多様に捉える活動を行った結果,「数字を入れているけど,『紹介文の幅,写真の幅』という言葉として考えていた」という振り返りに見られるように,具体的な数値を一般性を含意している数として捉え,式を能動的に操作・一般化する姿が見られた。これにより,高学年における「文字を用いた式」や変数の学習へと円滑に接続するための数学的な見方・考え方の重要な基盤を培うことができたと考えられる。
(2)今後の課題
本実践を通して有効な手立てが確認できた一方で,式の構造を一般化して捉え直す段階に至るには課題が見られる児童もいた。数値を変更する場面において,具体的な数値の計算処理に終始してしまう児童に対しては,「なぜその式で場面が表せるのか」「式が変わると何が変わるのか」といった解決の糸口を,図的表現などの多様な数学的表現を用いて自らの言葉で言語化・再構築させるような,より丁寧な振り返りの時間を確保していく必要がある。 また,授業内で表出される児童の多様な式や図的表現を,意図的な板書や発問,的確な問い返しによってどのようにつなぎ,学びの本質へと焦点化していくかは,教師の重要な役割である。今後も,児童の多様な「考え」を共有・整理し,個々の数学的な見方・考え方の成長に結び付けるための働きかけの精度をさらに高めていきたい。本単元で培った「事柄を表す式」の認識や変数の視点は,高学年の文字を用いた式,さらには中学校数学科の代数領域へと直結する。単元を通した指導にとどまらず,算数・数学科全体を見通した長期的な視野をもち,育成すべき見方・考え方を繰り返し意識させる指導の工夫を重ねていくことが今後の課題である。
本実践を通して,子どもたちが「式」に対する見方を大きく広げ,式の意味や構造を深く読み解いていく姿に出会うことができた。「答えは同じだけど,式が違うと表す紹介文や写真の並べ方も違うことが分かった。」という児童の言葉は,式が単なる答えを出す計算の道具ではなく,自らの考えを的確に表現し,他者と共有するための「算数の言葉」であることを実感できた証であると捉えている。式の意味を深く読み解き,さらにいろいろな数値を当てはめて一般的な構造として捉え直していく本単元での学びは,これからの変数の学習において力強い武器となるはずである。今後も,子どもたちが算数を学ぶ意味やよさを実感しながら,多様な考えを互いに表現し磨き合うような,主体的・対話的で深い学びの実現を目指し,さらなる指導の工夫と実践を重ねていきたい。