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数学

批判的に考察し,判断する力を育む学習指導
~第3学年「標本調査」の学習を通して~

広川町立広川中学校 甲斐田 沙織

1.はじめに

急速に発展しつつある情報化社会において,社会は膨大な情報で溢れ,人々がさまざまなデータを手にし,そのデータを用いて問題解決する場面が見られるようになった。そのため,さまざまな情報から必要な情報を見極め,収集したデータを分析し,課題解決する能力が求められている。そこで,本研究では,第3学年で学習する「標本調査」において,その必要性と意味を理解させ,実際に標本調査を行ったり,実社会で行われている標本調査について考えたりする活動を行う。調査方法や結果について,どのように標本を抽出したか,標本の大きさはどのくらいか,母集団の傾向をどのように推定するか等考えることとした。

2.研究の内容と実際

(1) 主題について

「批判的に考察する」とは,その情報は本当か,自他の考えは正しいかを,これまで身につけた知識および技能,数学的な見方・考え方を働かせながら多面的に考えることである。「判断する力」とは,考察したことをもとに,最適解を導き出す力のことである。
このような力を育むためには,身の回りにあるデータの結果だけでなく,どのように調査されたデータであるかの視点を持つ必要がある。そして,他者との交流を通して,自分の考えを整理したり,さまざまな考え方に触れたりすることで最適解を導き出すことができると考える。

(2) 研究の内容

①調査方法や結果を話し合う活動

【資料1】話し合い活動のイメージ

自分の考えを他者に説明したり,他者の考えを聞いたりすることで,生徒は根拠をもとに論理的に考えたり,考えを整理したりすることができる。また,疑問に思ったことを質問し合うことで,さらに考えを深めることができると考える。本研究では,複数のデータを提示し,どのように調査されたものか考え,傾向を読み取る学習を行う。その際,標本の取り出し方と大きさに着目させ,標本調査が正しく行われたものかどうかを,着目した数や言葉等の根拠を示しながら説明させる【資料1】。

②振り返り活動

【資料2】振り返りシート

田村(2018)によると,振り返りは,学習内容を確認し,既習内容と関連付けることができ,自己の変容を自覚することができる。つまり適切な振り返りによって,理解が深まるとともに,学習したことを他の学習や生活に生かそうとする態度を養うことができると考える。そこで,授業の終わりに本時の学習について振り返りシートにまとめる活動を設定する。この振り返りシートには「分かったこと」「できたこと」「分からなかったこと」「友達の良かったところ」について記述させる【資料2】。「分かったこと」「できたこと」「分からなかったこと」からは,学習内容の理解度を見とり,次時の指導へいかすことができる。「友達の良かったところ」として他者の考えを振り返る視点を入れることで,生徒は,自分と異なる考えを得たり,自分の考えを深めたりすることができる。

(3) 研究の実際

①単元計画

学習内容・活動

身近にある調査について,どのように調査されたものか考える。
・全数調査   ・標本調査

(1) 「全国の中学生対象,好きなスポーツ」の調査において,標本の取り出し方が適切か考える。

・A町の中学生
・B県の中学生
・サッカーのクラブチームに所属する中学生

(2) 標本調査を行い,箱ひげ図やヒストグラムに表し,標本の大きさを変えると結果がどうなるか調べる

・全数調査の結果と比較
・データの分布を比較

(3) 標本調査を活用して,母集団の傾向を推定する


身近にある標本調査について,適切に調査されたものか考え,母集団の傾向を読み取る。

②授業の実際

ア 第一次

【資料3】提示した調査

学校の身体測定
テレビの視聴率
商品の品質検査
飛行機に乗る前の手荷物検査
全国の中学生の1か月の読書量
エレベーターの定期点検
蛍光灯の耐久時間

【資料4】話し合う生徒の様子

標本調査の意味を理解し,課題意識を持つことができるように,身のまわりにあるいろいろなデータを提示し,それぞれの調査について考える活動を行った。まず,全数調査である国勢調査と標本調査である速報値を比較し標本調査でも調査結果としては採用できるものがあることに気づかせた。そして,全数調査と標本調査のちがいを考えさせることで,標本調査の有用性を理解することができた。さらに,標本調査について理解を深めるために,【資料3】のような調査がそれぞれ,全数調査か標本調査かを考え,そう判断した理由を話し合う活動を行った。
自分の考えをつくる場面では,「商品の品質検査は全数調査」と考えている生徒が多くいた。この生徒たちは話し合い活動の中で,「安全面を考えると全部を調べる必要がある」と説明していた。しかし,他の生徒から「全部を調べたら商品がなくなるから,一部でいいのではないか」という考えを聞き,自分の考えを修正している生徒もみられた。他の調査についても,最初の自分の考えが正しかったのか別の面からも考え直している様子もみられた【資料4】。
振り返り活動では,一部を調査する方法や一部とはどのくらいなのか問うことで,標本調査の調査方法に課題意識を持つことができるようにした。

イ 第二次

【資料5】学習プリントの生徒の記述

【資料6】箱ひげ図やヒストグラムの比較

【資料7】資料を見て話し合う生徒の様子

標本調査の調査方法を理解させる手立てとして,まず全国の中学生対象の「好きなスポーツ」の標本調査について,様々な標本の取り出し方を提示した【資料5】。そして,取り出し方の違いで結果がどうなるか,調査として適切か考える活動を行った。話し合い活動では,適切でないと考えた生徒から「A中学校だけでは,結果に偏りができそう」や「全国の調査に対してA中学校の生徒だけでは,少なすぎる」という意見が出ていた。その意見を聞いて,2つ目の「B県の中学生」が標本の場合も,「地域が限定されるため,結果に偏りができそう」と,一度考えたものを再度これでよかったのか考え直す姿がみられた。授業の最後には,標本の大きさによって結果がどのように変わるのか問い,次時への課題を設定した。
次に,標本の大きさの重要性を理解できるように,実際に標本調査を行い,箱ひげ図やヒストグラムを比較して標本の大きさを変えると結果がどうなるか調べる活動を行った【資料6】。話し合い活動の中では,標本の大きさは大きい方が良いという考えをもった生徒が多かった。しかし,大きすぎたら調べるのに時間がかかり,意味がないという標本調査の特徴を考えて発言している生徒もみられた【資料7】。
最後の振り返りでは,学習内容を確認するためにわかったことを記述させたところ,【資料8】のように標本の取り出し方に関する記述が多くみられた。

【資料8】生徒の振り返りの記述

ウ 第三次

【資料9】

提示した調査の例

話し合う生徒の様子

標本調査が適切かどうか判断し,傾向を読み取ることができるように,標本調査をいくつか提示し,それぞれどのように調査されたものか考える活動を行った。話し合いの中で,「67%も点数が上がっている」と提示されたデータをそのまま読み取る生徒がいた。そこで,これまでの学習を振り返り,標本の取り出し方や大きさに着目させ,再度話し合う時間を設定した。すると,「3人中2人が上がると67%になる。標本の大きさが記載されていないので,標本の大きさが小さい可能性があり,適切ではない」と考えることができていた。他に提示したデータに対しても,同じ視点で考えさせたことで,適切かどうか判断し,傾向を読み取ることができた【資料9】。
 授業の最後の振り返りでは,本時の学習に対して,結果を見るのではなく,その調査の標本の取り出し方や大きさが正しいか判断する必要があることを実感した記述がみられた【資料10】。そして,これまでの学習を通して,日常生活で同じようにデータを読み取る場面があったら,調査方法が正しいか考えた上で,判断していきたいというように,学びを生活に生かそうとする記述がみられた。

【資料10】本時の学習の振り返り

3.成果と課題

(1) 成果

着目する内容を明確に提示したことで,考えを整理することができるようになり,批判的に考察することができるようになった。

(2) 課題

話し合い活動を通して,批判的に考察することはできていたが,判断できていたかどうかを見とることができなかった。そのため,類題を提示し,確認する場を設定するなどして,個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実をはかる必要があると考える。また,振り返りシートへの記述が,黒板に書いたまとめをそのまま利用していたため,学習内容を理解できたか判断ができなかった。このことから,振り返りシートの書き方や例を提示するなどの手立てが必要であると考える。

4.参考文献