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授業実践記録(数学)

授業に数学史を関連させ,生徒の数学への関心を高める工夫

神奈川県立七里ガ浜高等学校 伊藤 慶太

1.はじめに

数学は先輩から学び,それをより発展させて次代に伝えることによって発展してきた。数学がどんな行程を経てきたのか。これは教科書には詳しく書かれていないが,生徒にとって数学への関心をもつことに繋がると考えられる。

私は数学の授業では適宜そのような数学史の話を挿入し,生徒の数学への関心を高めた上で指導していかないといけないと考え,授業の中で数学史と関連させ授業をしている。 ここでは以下の3つの実践を紹介したい。

2.「アキレスと亀」と「無限等比級数」

「アキレスと亀」は「アキレスがどれだけ速く走っても,前を行くノロマな亀に追いつくことはできない」という古代ギリシャのゼノンのパラドックスという話の1つである。間違っていることは明らかに分かるのに,どこの論理が間違っているのかを説明することが難しい話であるが,これは高校数学の「無限等比級数の和」の話と関連付けることができる。

数学Ⅲを学習している生徒にとってもできる授業ではあるが,出張授業で公立中学校において中学3年生に対して行った授業を紹介する。

無限級数を「無限の足し算」として紹介し,中学生にも馴染みやすい内容にした。無限級数の和の公式 は中学校で学習する連立方程式で簡単に求めることができる。プリントには穴埋めや誘導を入れて,グループワークで考える時間をとった。

授業プリント表 授業プリント裏

授業の終わりに中学生から授業アンケートを取った。授業中手が止まっていた生徒からは「高校の内容は難しかった。」,「計算が複雑で難しかった。」などのコメントが見られ,学力差の大きい公立中学での授業の難易度の設定が難しいと感じた。その一方で,「アキレスは亀に追いつけるはずなのに話だけみると,追いつけないから不思議だった。」,「高校の数学は無限の足し算を習うなんて,今から楽しみです。」,「アキレスと亀の話をもっと調べてみようと思った。」などのように数学史「アキレスと亀」や学習していない高校数学の内容に興味をもった生徒も多くいた。45分間かかった授業なので,授業進度を考えながらだとなかなか取り入れにくいかもしれないが,数学への興味・関心を高める上では有効な授業であった。

資料「授業プリント(「アキレスと亀」と無限等比級数)」

3.「三角形の面積」と「ブラーマグプタの公式」

高校で授業を行う際には授業進度も考えながら授業を組み立てているので先ほどの実践のように数学史を詳しく1時間扱うことはほとんどない。そのため,授業内容に関連した数学史の内容を「コラム」として授業プリントに載せ,授業の中で簡単に「コラム」の話をしている。生徒は授業中や授業後に「コラム」を読んでいることが多い。


授業プリント

数学Ⅰ「三角形の面積」の授業で3辺の長さから三角形の面積を求める公式であるヘロンの公式を扱った時には「ブラーマグプタの公式」の話をした。

「ブラーマグプタの公式」は簡単に言えばヘロンの公式の四角形バージョンである。円に内接している四角形の4辺の長さから四角形の面積を求めることができる公式であり,このような問題は教科書の章末問題にも載っていることが多い。

教科書や参考書の解法は

であり,これはブラーマグプタの公式の証明と同じ手順である。実際にブラーマグプタの公式の証明は名古屋大や立命館大などの入試問題にも使われている。コラムではこうした入試の話を交えながら証明を書いている。

また,コラムにはブラーマグプタの公式を導出したと言われる7世紀のインドの数学者ブラーマグプタについての話も入れている。数学史を通して先人がどのように数学を進歩させてきたのかを紹介しながら,数学に対する興味・関心を高めさせたいと考えている。

資料「授業プリント(多角形の面積)」

4.「虚数」と「カルダノの公式」

数学Ⅱで虚数単位iを初めて学習する際,2乗すると-1になる新しい数に対して,「なぜこんな数を考えるのか」,「なぜiが必要なのか」という疑問は多い。大学数学以降では虚数単位iが必要な理由は多くあり,高校3年生で学習する「複素数平面」でも虚数単位iの有用性が分かるかもしれない。

しかし,虚数単位iと初めて出会った高校2年生が納得いくような説明をするのはなかなか難しい。

そこで,虚数単位iを導入するプリントでは「カルダノの公式」についてのコラムをプリントに載せ,虚数単位iの有用性について紹介することにした。

「カルダノの公式」を理解することは高校2年生にとってはなかなか難しく,「虚数単位iの有用性を紹介する」という目標から離れてしまうため,証明は載せなかった。

3次方程式の解を求める「カルダノの公式」は立法完成を行い,X=u+vと表し,u, vを求めるという流れで解く方法であり,その結果から3次方程式の解は以下のように表せる。

複雑な形をしているので,普通は係数を復元しないが,係数a, b, c, dで表すようにした。コラムのなかではこの式の中に登場してくるiについての話をしている。

上の解の公式はiがあることで成り立っている。例えば3次方程式 χ3-4χ2+χ+6=0 の解は χ=-1,2,3 であるが,iの存在を認めなければ,解の公式のうち2つは成り立たなくなってしまい,χ=-1,2,3 という解は出なくなってしまう。虚数の導入では,虚数単位iが必要な理由をこのように説明した。

また,カルダノの公式は16世紀タルタニアによって示されたが,公表しないという約束でカルダノに懇願され教えたところカルダノが自身の書物であたかも自らの手柄のように発表してしまったという有名は話や,カルダノ自身も負の数の平方根を計算では用いていたが,無意味なものだと考えていた話,さらにはガロアとアーベルが示した代数学の基本定理「5次以上の方程式には解の公式が存在しない」の話などの数学史の話をコラムや授業中に取り入れている。

生徒が新しい数である虚数,複素数に初めて触れる感覚のように,数学の歴史の中でも様々な過程があることを生徒に知ってもらい,数学に関する興味・関心を高めていきたいと考えている。

資料「授業プリント(複素数)」

5.今後の課題

数学の授業では適宜数学がどのような行程で進化を遂げているのかなどの数学史の話を挿入し,生徒の数学への関心を高めた上で指導していきたい。

しかし,普段の授業では3, 4のようにコラムとしてプリントに載せたり,授業の中で簡単な話をすることにとどまっている。

生徒の数学への興味・関心をさらに高めるため,2の実践のように授業の中に話題を中心として持ってきたり,長期休みに数学に関する調べものをレポートで提出させるなどの工夫を考えていきたい。