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授業実践記録(理科)

科学的な思考力・表現力を育むための言語活動と地域の題材(鳴門ワカメ)を活用した授業実践

徳島県立城ノ内中学校 紅露 瑞代

1.はじめに

平成20年1月の中央教育審議会(中教審)答申において,中学校理科における改善の具体的事項として,「生徒自ら問題を見いだし解決する観察・実験などを一層重視し,自然を探究する能力や,導き出した自らの考えを表現する能力を育成する」ことが求められている。この「結果を分析して解釈する能力や,導き出した自らの考えを表現する能力を育成する」ことは,言いかえれば「言語力の育成」と解釈することができる。

このような中教審の答申を踏まえて,中学校の理科では「自然の事物・現象に進んでかかわり,目的意識をもって観察,実験などを行い,科学的に探究する能力の基礎と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な見方や考え方を養う」ことが求められている。この目標には,①自然の事物・現象に進んでかかわること,②目的意識をもって観察,実験などを行うこと,③科学的に探究する能力の基礎と態度を育てること,④自然の事物・現象についての理解を深めること,⑤科学的な見方や考えを養うこと,の5つの内容が含まれているとされているが,このうち②では,あらかじめ観察や実験の結果を予想することによって,生徒自身が観察や実験を主体的に進められることが大切であると指摘されている。

生徒自身が観察や実験の結果の予想をより明確なものにするためには「言語活動」としての「他者とのコミュニケーション」が重要であると考え,第1学年の生徒を対象として,既習内容(植物の生活と種類)を活用して,生徒の知的好奇心・探究心を高めるために地域の特産品(鳴門ワカメ)を題材に,「他者とのコミュニケーション」によって既習内容の定着を図るための授業を実践した。

2.授業実践

(1) 単元名

「藻類のワカメは既習のどの植物と一番似ているだろうか」

(2) 単元設定の理由

本校で使用している教科書(啓林館)には,「植物のくらしとなかま」に,「発展」として「藻類」が取り上げられており,その中でワカメが紹介されている。また,ワカメは徳島県の特産品であり,事前のアンケート調査では,生徒はその名前や実物をよく知っていたが,生活史については知らないことが分かった。

そこで,教科書の記述(胞子でふえること,根・茎・葉の区別がないこと,など)を参考にして,ワカメの生活史,特にワカメの胞子が発芽したあとどのように変化するかを予想させた。このような学習を通して思考力・表現力を育み,さらに他者との話し合いによって生徒の予想がどのように変容するかを探らせることによって,「目的意識をもって観察,実験などを行うこと」が生徒の理解を深める効果をねらい,この単元を考察した。

(3) 鳴門ワカメを題材にした学習計画と評価計画(全4時間)

ね ら い



評 価 規 準
(評 価 方 法)
既習内容を基に,ワカメの胞子の変容を予想できる。 「植物のくらしとなかま」の既習内容を思い出し,ワカメの胞子の変容を予想している。 (ワークシート)
予想を共有化し,根拠を示してワカメの胞子の変容を再考できる。 予想を共有化し,根拠を示してワカメの胞子の変容を再考している。  (ワークシート)
観察を適切に行い,予想を検証することができる。 観察を適切に行い,予想を検証している。   (観察,ワークシート)
観察結果と既習内容を基に,ワカメと最も多くの共通点をもつ植物を説明できる。 観察結果と既習内容を基に,ワカメと最も多くの共通点をもつ植物を説明している。 (ワークシート)

※◎:指導に生かすとともに記録して総括に用いる評価 ○:主に指導に生かす評価

(4) 授業の様子


図1 言語活動の充実を図るための過程


図2 啓林館デジタルデーター集をもとに作成した支援カード

①1・2時間目 予想

予想前に,教科書を用いて,ワカメが胞子でなかまをふやす生物であること,根・茎・葉の区別がないことなどの体の特徴について学習させた。その後,「ワカメの胞子はどのように変化して幼体のワカメになるのか。」について予想させた。この予想をより深化させるために,他者とのコミュニケーションにより言語活動を充実させることを試みた(図1)。
A 予想を考える。〔予想〕
B 考えをワークシートに書く。〔記録〕
C 自分の考えを班員に伝え合う。〔説明〕
D 再考する。〔予想〕
E 考えをワークシートに書く。〔記録〕
根拠を持って予想させるために,教科書と支援カードを必要に応じて使用させた。支援カードには,既習の植物のなかまわけと,種子植物・シダ植物・コケ植物の生活史などがまとめてある(図2)。

②3時間目 配偶体の観察

徳島県立農林水産総合技術センター水産試験課鳴門庁舎(以下水産試験場と表記)から提供してもらったワカメの配偶体をペアで観察させた。すなわち,雌雄の配偶体を1組として配布し,それぞれの観察が終了した後,座席を交代して別の配偶体を観察させた(図3)。このとき,生徒には配偶体に雌雄があることは伝えていない。図3のAさんには配偶体の雌株,Bさんには雄株を渡し,それぞれの顕微鏡で観察させた。生徒は相手も自分と同じものを検鏡していると思っていたが,検鏡すると互いに見ていたものが違うことに気づいた。「何が違うのか。」と質問すると,生徒は「形が違う。」と答えるだけで,配偶体に雌雄の区別があることまでは気づかなかった。

図3 観察の様子 図4 生徒の配偶体のスケッチ(左:雌株 右:雄株)

③4時間目 ビデオの視聴とまとめ

3時間目の観察で,配偶体に形の異なる2種類があることには気づいたが,それが何であるかについては気づかなかったので,ワカメの生活史についてのビデオを視聴させた。生徒はビデオを通して,配偶体に雌株と雄株があることを理解したので,スケッチを振り返えらせ,観察した配偶体が雄株と雌株のどちらなのかを判断させた(図4)。

次に,予想と観察結果を比較させたところ,大半の生徒が胞子から発芽したと回答し,形が異なっていたことや雄株・雌株があったことは予想外であると回答した。

最後に,「学習した内容と観察結果から,ワカメは学習した植物の何と一番似ているのか。」を考えさせた。予想を再考した時点では,66%の生徒が「コケ植物」と回答したが,観察後には全員が「コケ植物」と回答した。また,ワカメとコケ植物の共通点を,何項目を根拠として挙げたかを数え,その平均をとったところ,観察前は1.6項目であったが,観察後は6.6項目に増加した。

3.成果と課題

「ワカメは学習した植物の何と一番似ているのか。」の問いに,観察後には全員が「コケ植物」と回答したのは,ワカメにも,肉眼では観察できない配偶体の時期ではあるが,コケ植物と同様に雄株,雌株があることを,観察によってはっきりと知ることができたためと考えられる。また,ワカメとコケ植物の共通点を示す項目が,観察前から5項目増加したのは,予想を確かめる学習を通して既習の植物との共通点が徐々に整理されたためと考えられる。なお,1ヶ月後に同様の質問をしたところ,94%の生徒がコケ植物との共通点を正しく例示して回答したことから,ワカメを題材にした学習を通して,コケ植物についての特徴の理解の定着を図ることができた。

また,水産試験場から配偶体を提供してもらったので,予想を確かめる確実な観察ができた。授業後の生徒の感想に「ワカメの幼体が見たい。」とあり,知的好奇心・探究心を刺激する効果もあった。

予想を確かめるためには,観察・実験を確実に行うことが大切である。そのためには,学習のあらゆる機会を通して,生徒に観察・実験の技能を習得させる必要がある。また,他分野でも地域教材を適切に取り入れ,今後も言語活動の充実を図り,科学的な思考力・表現力を育んでいきたい。