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授業実践記録(理科)

中等教育段階におけるリベラルアーツ教育(理科)
21世紀の諸問題について考える能力の育成を目的として

奈良女子大学附属中等教育学校 越野 省三

■ テーマ 「気体の量と拡散」

1.はじめに

リベラルアーツという言葉は,18世紀には,大学における教養という意味で使われ,当時は,大学で教育を受け,研究を志す者は,社会でのリーダーとしても役割を果たす使命があった。その考えは,カリキュラムとして古代ギリシア・ローマの学術機関で教えられていた「自由七科」(文法・修辞学・弁証法・算術・幾何・天文・音楽)の発想をもとにしたもので,その目標は,あらゆる問題を総合的に判断し,幅広い視野で議論し,決断できる人物の育成であった。

中等教育の段階においては,個々の知識や技能,解決方法や科学的思考力(合理的判断力),全てを自分のものとし,それらを状況や目的に応じて,1つに組み上げていく能力や意欲の育成と考え,さらに科学的領域の教育においては,科学的な知識,技能,課題を明確にし,証拠に基づく結論を導き出す能力を得て,それらを元に,社会でのその他の状況を見渡し,自分はどのように関わっていけばよいかを考えていく姿勢を育む(地球的視野をもつ市民を育む)ということになろうかと思う。

ここでは,「分子レベルで見た日々の呼吸」というテーマで空気について考えていく。空気中の酸素,微粒子と大気汚染,オゾンなどを扱い,これまでの人類の活動とこれからの社会での行動について,科学的な問題解決の方法を持って対処していくことが大切であるということを理解させられるのではないかと考える。

2.授業展開 分子レベルで見た日々の呼吸

自分の一回の呼吸量を,これまでの学習で身につけた方法で測定し,その空気を分子のレベルで考えることにより,気体分子の動きには国境など関係なく,大気の汚染の問題などは世界中で共有して対処していかなければならないということに気づかせ,我々が日常生活,またこれからの社会全体のなかで,どのように行動をすればよいかを,科学的に考えていく姿勢を育む。

3.指導過程

学習活動 指導内容

・ モニタに映し出した地球の衛星写真を眺め,呼吸について考える。 ・ 地球に存在する大気のおかげで生きていられることを意識しながら,私たちが,通常一日の間に吸い込む空気の体積はどれぐらいか考える。


・ 班ごとに1日の呼吸量を測定する方法を考え,実際に行う。(実験) ・ 生徒どうしで,お互いに説明や意見を出し合い,考察する。 ・ 空気の性質を思い出させ,気体の体積のはかり方を気づかせる。 ・ 一般的なデータは最後に示す。


・ 乾燥空気の組成から,1日の呼吸量は分子の数で表すといくらになるか考える。 ・ 地球上の人口と比較し,とてつもなく大きな数であることを理解する。 ・ 気体の体積と物質量,アボガドロ数との関係を確認させる。


・ 気体は絶えず飛び回っていることと,地球上の空気の動きについて考える。 ・ 我々が呼吸の時に吸い込む酸素は,地球上全ての生命で共有しているもので,人類の活動と大気の変化(環境汚染)は大きく関係しているということを理解する。 ・ まとめと次回に向けての次のような問いを出す。
「坂本龍馬が息を引き取った時の肺の中にあった空気の分子1個が,今,自分の肺の中に入っているという意見は正しいかどうか,考察せよ。」
・ これから私たちが考えていかなければならないことは,感情や感覚に頼ることなく,科学的な視点でより正しい技術開発,グリーンケミストリーなどを実践し世界全体での人間の活動を支えていく必要があるということ(次回)へと繋ぐ。

4.評価について

レポートや説明や質疑応答に重点をおいて,科学的な思考力や態度について評価する。

また,授業の約3ヶ月後に,以下のような項目のアンケートを実施し,授業の意図するところがどの程度伝わり,定着しているかを調査した。

資料1

(1) 人一人が一日に呼吸している気体の量を分子の数にするとどれぐらいになるでしょう。
① 約3.8×108個  ② 約3.8×1014
③ 約3.8×1020個  ④ 約3.8×1026

(2) 坂本龍馬が息を引き取った時の肺の中にあった空気の分子1個が,今,自分の肺の中に入っているという意見は正しいかどうか,考察せよ。
① 正しい   ② 正しくない

理由

(3) 呼吸の際に吸い込む空気に含まれる二酸化炭素の比率は,吐き出す空気に含まれるものより低い。しかし,吸い込む空気に含まれる酸素の比率は,吐き出す空気より高い。なぜこのようになるのでしょうか。

(4) 中国の北京では,若者が新鮮な空気を吸うためにバーに出かけていく。この「酸素バー」では30分間の呼吸がおよそ500円相当で売られている。このことについてどう思いますか。

5.おわりに

資料2

今回の大きなテーマは「物質量」で,本来は高校で学習する範囲のものであるが,本校では,独自の中等教育学校カリキュラムに沿って授業が行われており,4年生(高校1年)では化学を学習しないので,3年生時に4年生で学習する範囲も含んだ授業を行っている。「物質量」は,一般的な学校の学習時期より,数ヶ月早く学習することになっているかと思う。この授業の目標の一つとしては,世界全体の中の一人として,またリーダーとして地球のことを科学的に考えていこうということである。自分の周りの手の届く体験から,離れた事象について,より客観的に考えなければならず,その意味するところが地球規模での環境の変化と関わっていることにあると理解するには,15才という発達段階では,難しいかもしれない。しかし,この時期は自分がすぐ目の前に直面している問題に対して考えながら,どう生きていくかとしている時であり,自分以外の他者の関わる世界について思考を巡らそうという試みは,よいことではないかと考える。もちろん,本校のようにカリキュラム上の制約が無ければ,普通に高校段階で学習すると,より深い展開が期待できるであろう。