授業実践記録
理数科における課題研究(数学分野)と
数学授業実践例
岡山県立倉敷天城中学校・高等学校
土家槙夫
柴田茂徳
 
1.はじめに

 理数科における「課題研究」と「数学授業実践例」について報告したい。
 まず,「課題研究」についてであるが,「数学で研究を行うことは難しい,テーマが決めにくい」との声をよく耳にする。なぜ,このような意見が出てくるのか,教員,生徒に意識調査を行いその分析を行った。分析結果などから,私たちが考える「課題研究」の方向性と「課題研究」の事例を紹介したい。
 次に,「数学授業実践例」についてであるが,理数科設置当時「理数科における数学とは,またその指導方法とは」私たちが直面した大きな課題であった。すなわち,探求心が旺盛な理数科の生徒に対し,従来のような授業ではこの探求心を生かすことが難しいと考えられた。いかに効率的かつ効果的に授業を行うか,「実験数学」を取り入れた授業実践例を紹介したい。
 さて,本校理数科は,自然科学の学習を深めるとともに,総合的な学力の育成を目指し平成11年に新設(1クラス40人定員)され,平成17年度から「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定された。主体的・体験的学習を通して,問題を発見し処理する能力や豊かな創造力を育て,科学技術の発展や情報社会の担い手となる人材の育成を目標としている。また,数学・理科・英語の授業では1クラス2展開の習熟度別授業を実施している。

 
2.数学の課題研究について

2−1本校の課題研究要領
「課題研究」とは数学・物理・化学・生物・地学の各分野から自分たちでテ−マを選び、教員の指導のもと研究し、その成果を発表する科目である。コンピュータをはじめとする充実した設備・器具を使って、自分の興味のある分野を時間をかけて深く探究することができる最も理数科らしい科目である。

<要  領>
1.目 標
理科および数学に関する事象について課題を設定し,実験・観察などを通して研究を行い,科学的に探求する問題解決の能力を身に付ける。
2.研究の内容
a. 理科および数学分野の特定の事象に関する研究
b. 理科および数学分野を発展させた探究活動
c. 理科および数学分野の科学者の追体験的な観察や実験
d. 自然環境に関する調査・研究
3.指導の方法
a. 設備,機器などに応じて各グループに課題を設定させ,理科および数学の教員が 指導に当たる。
b. 課題研究の授業は2年次の水曜日に2時間実施し,指導教員が指導に当る。
また,時間が不足する場合は放課後や夏季休業中を利用して指導する。
c. 評価については,主担当教員が原案を作成し,指導教員全員で審議して決定する。
4.対象学年  理数科2年生
5.実施の日程
1年  3月
○課題研究の概要について説明  ○研究テーマの調査  ○グループ分け
2年  4月
○課題研究開始 (2単位)  ○課題研究について説明
6月
○中間発表
8月
○夏季休業中は,必要に応じて活動
9月
○中間発表
11月
○論文の様式を説明
12月
○最終論文提出 (12月下旬)
1月
○発表準備  ○校内発表会 (Power Pointを利用)
○岡山県理数科・理数コース課題研究合同発表会
2月
○まとめとHP作製

2−2数学課題研究の分類と本校の研究内容
 今まで,本校で実施した課題研究や他校の研究発表から,数学の課題研究は大きく次の5分野に分けることができると考える。

[1] 調べ学習的な研究
今までに研究された内容をインターネットや書籍を利用し調べていく形式。
[2] 高校までに学習する内容の研究
高校までに学習した定理や公式において,オリジナルな証明,一般化,新しい公式の作成などをする形式。また,教科書の内容をより深めていく形式。
[3] 大学で学習する内容を先取りした研究
教員主導型になりがちであるが,大学で学習する内容を研究する形式。
[4] 体験的(実験・観察等)・発見的な研究
測量や,身近な内容を数学的に考察した形式。また,他教科と融合した形式。
[5] その他の研究
コンピュータ等の数学とは距離をおいた形式など。

 過去の研究テーマと上記に基づく分野は次のとおりである。「[1]調べ学習的な研究」が多いことが特徴である。

テーマ
分野
sin1°への挑戦
[2]
算木について
[1]
魔方陣について
[1]
完全数について
[1]
ダイス大好き!
[4]
フィボナッチ数列
[1]
数列の和
[2]
多角形の重心
[2]
テーマ
分野
太陽を背にして見える虹について
[1]
画像圧縮の原理とその将来性について
[5]
数楽(分割数,回文数,バ−コ−ド)
[1]
計算尺との出会いはカーソルから始まった
[1]
高次方程式における解と係数の関係
[2]
ルービックキューブの謎
[4]
三平方の定理の拡張
[2]
面積・体積を辺から求める
[2]
ピタゴラス三角形について
[1]

2−3 本校における課題研究の実態
 本校で,課題研究がスタートして数学を選択する生徒は理科に比べ非常に少ない状況である。教員・生徒の意識について調査すると次のような結果がでた。

 この調査より,数学の課題研究はテーマ設定に生徒・教員ともに非常に苦労していることがわかる。また,テーマが決まっても研究の仕方,方向性に悩んでいる。この原因を次のように考える。

[1] 「結果」「結論」を求めすぎている。
[2] 「高度なことをしなければ」と考えすぎている。
[3] 最初からテーマ設定は難しいと決めつけている。

 私たち自身も,初めて課題研究を担当したとき、テーマ設定や研究方法に苦しんだ。「2年生の初旬の知識では無理なのでは」とも思った。しかし,よくよく課題研究の本質を考えると,何も立派なことをする必要はない。日頃不思議に思っていることや,感じていることをテーマにすればよい,その内容が小学校レベルのことでも構わない。そこから,発展させることは可能なのだから。教員も「何か教える,解らなかったら困る」という変なプライドを捨て,生徒と共に考え悩めばよいし,結果も出せなくてもよいと思う。「何で」「どうして」という素朴な気持ちがあれば,テーマは身近なところに多数あると思う。
 数学の課題研究とは,前書したように「何で」「どうして」という身近なことをテーマに,研究を発展的に進めていけば,と考える。例えば,三平方の定理や三角関数の加法定理等の証明,定理・公式の一般化・抽象化,対数や三角比等の起源,物理との融合など様々な内容がある。また,生徒に数学の課題研究の魅力やおもしろさを伝える必要性を強く感じる。そして,教員自身が「課題研究は楽しい,やってみたい」と思えるようになることが大切である。
 次に示す研究例は,本校の課題研究で魅力的なものの1つである。参考にしていただければ幸いである。

 
3.数学授業実践例

 理数科の生徒は特に探求心が旺盛な面があり,理科では実験等でいろいろな体験をし探求心を満たしていると思われる。数学において,従来のような授業ではこの探求心を生かすことが難しいと思われるし,現実に先の課題研究に関しての生徒アンケートでも,数学に対して「イメージがわかない」,「生物や化学と違い実験や観察がない」,「紙の上だけでやるもの」といった否定的な意見も見られる。毎回コンピュータを使って数学の授業を展開するのも時間的に余裕がないし,プログラムの開発なども大変である。
 そこで,理数科の生徒を対象に次の資料にあるような「実験プリント」と「授業プリント」を一対とした指導を試みている。さらに,「Texas Instruments」社から,生徒用にグラフ電卓「TI−92」を6か月間貸与されたので,利用希望のある生徒には貸し出しをして,実験プリントをするときに利用させている。

 ○ 実験プリント は生徒の予習プリントであり,その章の導入教材である。自宅でやることを前提にしており,グラフ電卓TI−92を使えなくてもできるようにしてある。生徒自身に,具体的な計算をさせたり,グラフを書かせることによって具体的なイメージを持たせたり,それらの作業により疑問を持たせたり,自分なりの小さな発見をさせる効果をねらっている。プリントの下にその作業で,疑問に思ったことや不思議に感じたことを,メモさせるようにしてある。生徒のなかには,TI−92を使って自分なりに発展的な問題を作って,試行錯誤で実験しているようである。

 ○ 授業プリント は授業ノートであり,書き込み式となっている。教科書の内容を中心に作成してあるが,実験プリントとの関連も考えており,参考書から例を引いて発展的な問題も掲載している。理数科の生徒は理解することを中心に考えて授業を受け,ノートを取ることをしない生徒もいるので,解答作成のポイントや,補助的なグラフを記録に残す習慣づけのためにも利用している。生徒とつくる授業の方向性を決めてしまう危険性もあるので,利用する教材には注意すべきである。

 ○ TI−92 はグラフ電卓で汎用性が高く,かなりのことができる。操作に慣れた生徒は,予習プリントのみならず,自分でさまざまな実験に使っている。将来的には課題研究にもこの機種が役立つのではないかと考えている。

 ○ Mathematica はコンピュータ教室の端末すべてにインストールしてあり,放課後利用できるようにしてある。大きな画面でグラフをかかせたり,手作業では困難な方程式を解いたりすることができる。先の課題研究の具体例「sin1゜への挑戦」でも利用した。

 近年,高等学校においても絶対評価について見直しがなされており,指導要領における4つの観点で評価することが必要となっている。「表現・処理」や「知識・理解」の観点についてはテスト問題で達成度を見ることが容易であるが,比較的はかりにくい「関心・意欲・態度」や「数学的な見方や考え方」が上で紹介した予習プリントで見ることができるのではないかと考えている。

 
4.おわりに

 今回,理数科における課題研究と数学授業実践例について報告させていただいた。課題研究の他に,先端研究施設訪問や講演会などの行事が定期的に行われるのが理数科の特徴の1つである。生徒の多くは,そこに関心を抱き期待して本校を選んできているわけだが,日々忙しく,本来の学ぶ喜び,楽しみ,面白さなどを見失っていくこともある。それ故に,理数科を担当していくことは大変であり,いかに生徒自身が楽しく充実している,と感じられる授業実践が行えるか,教師の力量が問われるともいえる。今後も「理数科にきて良かった」と生徒が実感できるよう,さらなる工夫を加えて,行事や課題研究,授業を行っていきたいと考えている。