教育改革のとりくみ 目次

「いじめ」の抑制につながることばの指導
〜相手の存在を否定する「死ね」などのことばのない学校宣言の取組〜

広島県呉市立昭和南小学校
曽川 昇造

1.はじめに

 昨年10月頃から急激にいじめ自殺ニュースの報道が相次ぎ,いじめやいじめによる自殺,自殺予告などが社会問題化した。

 いじめ問題の指導上の最大の困難さは,「子どもには見えているいじめの姿や実態が大人(教職員・保護者など)に見えない」ことである。

 見えない・見えていないことに対する指導は,内容がどうしても一般的にならざるをえないため,子どもたちがつくりだしている姿のなかに踏み込むことができないばかりか,子どもたちの心を揺り動かすことも困難で,子どもたちのいじめの状況をなかなか変えることができないもどかしさがある。

 そこで,本校では,「見えている現象を消滅させること」を通して,いじめを抑制することを考えた。

 本校の生徒指導の課題の1つに,子どもたちの「死ね」の落書きや「死ね」「うざい」「きもい」「消えろ」の発語があった。

 これらの落書きや発語は,子どもを取り巻く大人(教職員・保護者など)にも,学校の子どもたちにもだれにでも見える・聞こえるものである。

 この「死ね」などの相手の存在を否定する言葉は,「言葉の暴力によるいじめ」という認識のもと,「死ね」などの言葉の発語や落書きを無くすことが,いじめの抑制につながるであろうと考え,取組を行った。


2.実態

 昨年4月末,「死ね」落書きが見つかったことを契機に,校舎内外のあらゆる場所の落書きを見つけ出し,消す作業を行った。その2週間後,女子便所の扉の内側に「死ね」の落書きが新たに見つかり,さらに数日後には「○○ 死ね」と書かれた紙片が教室に落ちていた。又,保護者から子どもたちのトラブルのなかで「この世で一番消えて欲しい人は?」と会話していることにショックを受けたことを聞いた。

 学校は,その都度指導を行い,学校通信を通して保護者に事実や指導内容・経過を継続的に知らせながら,家庭での指導をお願いしたことにより,それ以後の落書きは見られなくなった。

 しかし,学校生活の中の子ども同士の「死ね」「消えろ」「うざい」「きもい」などの発語は日常的にあった。

 10月,破ったノートに「死ね」と書かれたものが見つかり,数日後には子どもの消しゴムに「死ね」と書かれていたことが判明した。

 一方,全国各地で「いじめ」・「いじめによる自殺」が社会問題化しだした。

 そこで,学校は,落書きが周期的に発生している現実と社会問題化したいじめ,いじめによる自殺を受け,気になっていた「死ね」「うざい」「きもい」などの発語と落書きの実態を明らかにする調査を行った(11/7)ところ,次のようなことが明らかになった。

〔発語についての調査結果等〕

発語している割合が,1学年が2割,3・4学年が3割,4学年で5割を超え,5・6学年で8割強と,学年が上がるにつれて発語の割合がうなぎ登りに高くなり,高学年では常態化していることがうかがえる。
他から傷つく言葉を言われる子どもも全体で5割強であるが,学年差があまりない。
発語している子どもと言われている子どもの割合が全体で共に5割強で,同じ割合であることは,推測であるが,言っている子どもと言われている子どもがかなり高い割合で固定しているのではないだろうか。
発語している子どもと言われている子どもの割合を比較してみると,1学年で9%:31%,2学年で29%:54%,3学年で30%:53%で,推測であるが,低学年では発語している子どもが固定化し,だれにでも発語しているのではないだろうか。

〔落書きについての調査結果等〕

落書きをしている子どもは,全体で5%弱であり,全学年に存在している。
落書きをされている子どもは,全体で5%強であり,全学年に存在している。
人数は,極小であるが,確実に落書きをしている子ども,落書きをされている子どもが実態としてあることが,アンケート調査からも裏付けられた。

〔子どもたちの発語・落書きの気持ち〕

子どもたちの気持ちを自由記述で回答を求め,分析してみると,
「死ね」などの言葉は,ふざけ・冗談・遊び感覚の軽い気持ちで,バカ・アホの同義語として,相手を侮蔑するために使っている。
一部に,相手の行為が悔しかったために返し言葉として使っている場合もある。
「死ね」などの言葉を使っている子どもたちが,自分が言われることについて「平気」か「いや」について調べてみると,
1 全体として,1/3の「平気」な子どもがいる。
2 学年が上がるにつれて,「平気」と思う子どもが増えている。
ことがわかった。


3.仮説の設定

 指導を繰り返しても周期的に発見される「死ね」落書きと,「落書き・発語の実態調査」の結果から,子どもたちの生活の中にある日常的な『死ね』の発語について,次のような考えをもった。

「死ね」「消えろ」「殺してやる」という言葉は,相手の存在そのものを否定することばであるから,相手を侮蔑する他の多くのことば(バカ,アホ,ウザイ,キモイ等)と,同質のものとして考えることはできない。
「死ね・消えろ・殺してやる」ということばは,言葉の暴力としての「いじめ」である。

 この考え方を教職員が共通認識し,「死ね」などの相手の存在を否定するような言葉を使うことは「いじめ」であり,いじめは自殺を誘発する行為であること,さらに,自分が嫌な思いをしたときは,必ず先生や親が自分を守るために全力で事態の解決を図ることを教える授業を1時間全学級で,同時期に取り組むことにした。

 そして,学校のこうした考えや学習内容を保護者と共有し,学校と保護者が一体となって,子どもを指導し,守ることを決意した。

 そのために先ず,本校の子どもの実態を分析し,今社会問題となっている「いじめ自殺」を予防することにつながる指導案に基づいた意図的・計画的な指導を行い,その後に検証することによって,取組の効果性を確かめることにした。

 そこで,次のような仮説をたてた。

【仮説】 「死ね」などのことばを子どもたちが生活の中で使わなくなったら,いじめ問題の改善につながるであろう。


4.学級指導事例 (第6学年)

ねらい 「死ね」「消えろ」などの言葉は,相手の存在を否定する言葉であることを理解し,相手の立場に立って,思いやりのある言葉をかけたり,行動したりする態度を養う。
学習活動 指導上の留意点 資料
「一つの言葉」を読んで,自分たちが日頃使っている言葉について,振り返る。
 
プラスの言葉(きれいな言葉・優しい言葉)
 
マイナスの言葉(きたない言葉・傷つく言葉)
日頃の思いを出せるよう,プラスの言葉,マイナスの言葉という表現を使って,まとめていく。
「死ね」「消えろ」という言葉が相手の存在を否定する言葉であることを押さえる。
一つの言葉
【資料添付】
マイナスの言葉を聞いた時や言われた時にとった行動について話し合う。
 
無視した,気にしない,注意した,泣いた
傍観者となっている自分に気づくことができるように板書を整理する。
 
新聞資料を読み,傍観者となっている自分を振り返ることで,これからどうしていきたいかを考える。
  (「傍観しているほうが悪い」朝日新聞11/27)
傍観者の立場として,自分がどういう行動をとっていたかを振り返る。

新聞記事1
メッセージを読み,いろいろな立場の人の気持ちを考える。
  (「いじめられている君へ」横峯さくらさんの記事,「いじめている君へ」ソニンさんの記事・朝日新聞)
いじめている側,いじめられている側の立場について,それぞれの思いを感じ取らせる。
一つの言葉の重みや相手の存在を否定する言葉を発することの重大さについて語る。
「死ね」「消えろ」という言葉を使わないよう押さえる。

新聞記事2
これからの自分の生活で気をつけていきたいことを考えて,ワークシートに書く。
自己点検カード「自分を見つめ直そう」を作成し,1週間後に結果について話し合うことを知らせる。
「自分を見つめ直そう」カード
【資料添付】



5.子どもの意識・実践の持続を図るために

 指導直後には意識の高まりがあるために発語・落書きは収束するが,日が経つにつれて子どもたちの生活はもとに戻り,再び発語や落書きが常態となることが懸念される。また,指導者である教職員の意識も遠のく可能性がある。

 そこで,指導したこと1日でも長く意識し,実践するために,学級段階の取組,全校一斉の取組,保護者との連携などの対策を講じた。

(1) 学級の取組

 全ての学級で指導後1週間分の「自己評価カード」で自己点検し,最後にふりかえりをした。

(右表は,第3学年の事例)

(2) 全校の取組

 チェックリストや振り返りカードなどによる取組は,1週間とか10日間とかの短期間の期限を設けて取組では有効であるが,長期間にわたる取組としては非常に困難である。

 そこで,取組を長期的なものにするために右図のように考え,「いつも目にふれる」ことによって,「そうなんだよな」と忘れさせないことをしながら,取組の継続を図ることである。

 そのため,「死ねなどのことばのない学校・宣言」ステッカーを作成し,各教室で一番よくいつでも目につく場所に掲示することにした。特別教室は,教室出入口の戸に貼り付けた。

(3) 保護者との連携

 週2回校長が発行する学校通信で取組の趣旨,概要や筋道などの全体的なことを知らせ,学級での具体的な取組やその時の子どもの様子や反応,家庭での指導などを学級担任が週1回以上発行する学級通信に書き,学校と家庭の連携を図った。


6.取組の有効性

 指導2週間後のアンケート調査で次のような結果を得た。

【結果】 発語・落書きをしていない子どもと指導前よりも少なくなった子どもが,どの学年も90%前後と,大幅な改善が見られ,指導の効果が表れている。

【結果】 今回の取組がいじめの抑制につながると85%が答えている。


7.おわりに

 現在,この取組を実施してから年度も替わり,半年が経過しているが,学校では相手を否定する発語・落書きはほぼ消滅している。

 本校では,「いじめとどんなに遠い位置にあろうともひょっとするといじめにつながる可能性があるかもしれないようなことで,見える・聞こえる現象」を探り,その現象を消滅させることが,現状の子どもの生活を変えることになり,その変化がひいてはいじめに何らかの影響を与えるのではないかと考え,「死ね」などの相手の存在を否定するようなことばを使わない・落書きをしないことを徹底するための指導と実践を試みたのである。

 結果は,予想をはるかに超える大きな効果があり,先ず実践すること,子どもたちの反応のすばらしさなどを改めて感じることともなった。
「いじめ」の本質や構造の理解
「いのち」と「死」の認識
「ことば」のもつ意味と重みの理解
自分の生き方が変わる
人との関係が変わる
自分の環境が快適になる
生きる喜び

 さらに,右のような筋道が見えたことは大きな収穫であった。

 又,今回の成果は,この問題が社会問題化している状況下であったため,子どもたちも保護者も同じ意識の中にいるため,タイムリーな取組であったことが追い風となり幸いしたといえる。

 いじめ問題は,「本来,いじめは無いものであり,だからいじめは起きてはならないこと」と考えるのか,「人間が集団生活をしている中では,残念ながら人間の弱さとして,いじめは必ず生起することである」という認識にたつのかでは大きな違いがある。

 私たちは,後者の立場で,「だからこそ,どうすることがいじめを予防することになるのか」を考えることがいじめ問題解決のキーであると考える


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