教育改革のとりくみ
目次

豊かな心を持ち,自ら創造し,実践する子の育成
〜創造性の基礎を培う,算数科学習を通して〜

京都市立六条院小学校

1.はじめに

 今日,受験戦争の激化,いじめや不登校の問題,学校外での社会体験の不足など,豊かな人間性をはぐくむべき時期の教育に様々な問題があり,これらの課題に適切に対応していくために,今後における教育の在り方についての検討が求められていた。また,21世紀に向けて,我が国の社会は,国際化,情報化,科学技術の発展,環境問題への関心の高まり,高齢化・少子化等の様々な面で大きく変化しており,これらの変化を踏まえた新しい時代の教育の在り方が問われてきた。

 今回の小学校学習指導要領の改訂は,完全5日制の下,各学校が「ゆとり」の中で「特色ある教育」を展開し,児童に豊かな人間性や自ら学び自ら考える力などの「生きる力」の育成を図ることを基本的なねらいとして行ったものである。

 そこで,本校では,学校教育目標に「豊かな心を持ち 自ら創造し 実践する子の育成」を掲げ,児童の興味・関心を高め,体験的な学習や問題解決的な学習を充実させて,「自ら学び・考え・表現できる児童の育成」を図り,子どもたちが生き生きと学ぶ姿の見える学校をつくっていきたいと考える。即ち,「児童の創造性の基礎を培う」ことこそ,「生きる力」の育成を図ることだと考えている。

2.主題設定の理由

 本校では,学校教育目標を具現化するために,過去9年間,算数科を通して実践を積み重ねてきた。

 新学習指導要領の算数科改訂の趣旨には,改善の基本方針として(1)の(ア)に「小学校,中学校及び高等学校を通じ,数量や図形についての基礎的・基本的な知識・技能を習得し,それを基にして多面的にものを見る力や論理的に考える力など創造性の基礎を培うとともに,事象を数理的に考察し,処理することのよさを知り,自ら進んでそれらを活用しようとする態度を一層育てるようにする。」と書いてある。

 算数の授業の中で,見通しを持ち,自ら考えようとする自力解決の場面や,いろいろな考えをぶつけ合い,より良い考えに練り上げていく集団解決の場面は,まさに創造的な活動だと考える。児童一人ひとりの考えを生かしながら,創造性あふれる授業をめざして,研究を進めたい。

3.研究の内容

 本校では,教育目標を具現化するために「自ら考え,意欲的に取り組む子」の姿を研究の中心におき,算数科を通して実践を積み重ねて10年目に入る。1,2年目は,具体的な操作活動を通して,楽しい算数科をめざし,3〜7年目は「見通しを持つ」力をのばす授業を考えながら研究を続けてきた。その結果,基本的な計算力はついてきており,算数を「好き,楽しい」と言う児童が増えてきた。また,課題を解決するだけでなく,自らの解決の手段をみんなの前で発表することにより,より確かな力を身につけることができた。さらに,問題を解くためにいろいろな方法を自分で考え,自分の考えた事を生かしていけるような児童が育ってきている。

 六条院の児童の実態を見ると,素直で努力家であり指示されたことはきちんとできる児童が多い。この素直で努力家という姿を伸ばしながら,さらに自ら考え,工夫して行動できる児童に育てていきたいと考えている。児童が算数が楽しいと思うのは「わかった」「できた」という時であり,それが児童の意欲を起こさせる学習であると考える。楽しい算数の学習を行うためには「前に学習したことが今日の学習でも使える」「具体的な算数的活動を通して考えることができる」ということを児童が繰り返し体験することが必要である。

 また,児童一人ひとりの発想をどう取り上げ引き出し,深めていくかといった課題が残っており,児童の様子を見つめ直してみると,まだ見通しをもって取り組むのが弱く,新しい考えや異なった方法を見つけたり,自分で考えようとしたりすることが不十分という実態も見られる。

 また,せっかく自分で方法や考えを見つけたのに友達に伝えることができない児童もいる。

 そのため,児童一人ひとりが自らの見通しで自力解決をはかり,よりよい解決の方法を見つけ出すような学習過程を組んだり,自分の考えを発表する力がつけられるように支援する方法を工夫したりして,個を生かす指導法を探っていきたい。

 その他に,主体的な学習を促し,児童一人ひとりの個性や能力に応じた指導ができるようにするためにT.T方式の導入,コンピュ−タの活用,グル−プ学習の活用などにより効果的な指導法を考えていきたい。

 主体的に児童自らが考え,意欲的に取り組む算数学習をめざすには,まず,児童が算数好きになり,楽しみにしてのぞめる魅力ある授業を作り出すことだと考える。そして,算数のおもしろさが実感できることが大切だと考えた。そのためには,何よりもわかること,できる喜びを味わい自信につなげること,さらに,算数的なおもしろさを味わうには,いろいろな試行錯誤を繰り返し,一見遠回りとも思える稚拙なやり方でも,自分なりの考えでこつこつとやってみる場を大切にすることだと考える。

 その時,数学的なアイデアが生まれたり,新しいやり方をためしてみて,はじめてその数学的なよさ−便利だなとか,なるほどこの方がはやいなといったこと−が実感できるのである。それが算数の質的なおもしろさに結びついていく。

 計算でつまずき,算数が苦手できらいだとか,児童が受け身になる展開であったり,身近な問題から離れたり,必要性が感じられない問題であったりすると,その算数的なおもしろさを味わったり,よさに気づく前に算数は難しいとマイナスイメージをもってしまう。

 そこで,児童にとってわかりやすく魅力ある授業を作り出すために,まず,児童自らが考える手助けとなる算数的活動を中心に取り入れ,児童自らがじっくり考え出す授業展開をはかることにした。

 そして,
 (1) 導入の楽しい工夫

 (2) 見通しを持って進められる手立ての工夫  

 (3) 個に応じた指導法の工夫

 (4) 評価の工夫

 を研究の柱にして進めることにした。見通しを持ち自力解決していく手立てとしての算数的活動の工夫には,特に力点をおき研究を進めることにした。

 個に応じた指導法の工夫のためには,今までのできる,できないという評価でなく,どこまでできたかを明確にし,そこからねらいや課題を達成するまでの筋道を明らかにするなど,どの児童の考えの中にもよさを認め,引き出せるような個に応じた手立てを考えていきたい。

 そのためには,まず,単元における評価規準をはっきりさせることが大切である。また,1時間1時間の授業のねらいや学習内容に対しての評価規準,評価方法をはっきりさせた上で授業に臨み,指導と評価の一体化を図りたい。

 1時間の授業展開では
 1.学習課題をつかむ。
(算数的活動)
 2.考える。

 ・結果の見通しをもつ。

 ・方法の見通しをもつ。

 ・見通しにそって自力解決する。    

(自力解決)




(算数的活動)
 3.発表する。

 ・考えを発表し,話し合う。

(集団解決)
(練り上げる)
 4.まとめる。
 ・振り返る。

 ・問題を解く。

 ・感想を書く。
 

 特に,考える段階では,個人思考が十分にできるように時間の確保をしながら,個に応じた指導を工夫する。この時,助言(具体物や半具体物の具体的操作,ヒントカード等)を入れ,多様な考えができるように働きかける。このあと,集団で練り上げるため,図・表・具体物などを使って考えの筋道がよくわかるように説明させる。

 また,教室の環境も整えていきたい。教室の掲示の工夫として
・前時までの流れがよくわかるように示す。
 (前に学習したことが 今日の学習に生きるようにする。)
・一時間の授業の流れのパタ−ンを示す。

 一見早道に見える教え込みの授業は,児童のアイデアや多様な考えは生まれない。主体的に考え,創造し,よさを感じ取ることは決してできないだろう。

 どの子の考えの中にも,そのよさを見つけ出し,生かしていく教師側の姿勢と力量が問われている。この1時間の中で大切な考えは何か,数学的な考えは何かを教師側がしっかり持って,児童を指導しなくてはいけない。

4.研究の進め方

 (1) 研究授業を中心に進める。全クラスが授業を公開し,焦点化児童を中心に児童の様子を観察しながら,全校児童を全教職員で育てていく。

 (2) 低学年部会(1・2年)中学年部会(3・4年)高学年部会(5・6年)を設け,各部会で研究主題に迫るテーマを設定し実践する。

 (3) 適時,低・中・高学年部会を持つ。部会には,必要によって算数主任・研究主任が参加する。

 (4) 事前研究会は,研究授業の前に持ち,指導案検討や共通理解を図る。

 (5) 授業の焦点を明確にし,事後研究会では,研究主題及び部会テーマに基づいて検討する。講師を依頼し指導助言を受ける。事後研究会の司会と記録は,他の部会の者で行う。

 (6) 理論研修(伝達研修)を行い,指導力の向上を図ると共に,指導法の工夫や教材作りのアイデアを交換する。

 (7) コンピュータやTTを取り入れた授業をやってみる。

 (8) 学校間での研究交流会(ネットワーク)を進め,他校と授業や取り組みを交流し合うことによって,お互いに指導力の向上を図る。

 (9) 学習環境の整備をする。(ミラクルスペ−ス,算数教材室等)

 (10) 毎週木曜日の朝の時間(8:35〜8:50)を「算数タイム」として位置付け,各学年に応じた学習内容のプリントなどを用意し,補充・発展学習を進める。

5.児童の実態と取組の実際

 2年生の児童の実態と単元「算数とせいかつ」第5時(問題場面の写真を見て問題を作る。)を通しての取組の実際を述べたいと思う。

 (1) 児童の実態

 算数の学習において,「算数が好き」という児童が多く,意欲的に取り組む児童が増えてきている。でも,自分の考えを発言するだけに終わったり,集中力が途中で切れてしまったりする児童も多い。そのため,いつも,「みんなで楽しい学習をつくりあげよう。」と呼びかけ,児童一人ひとりが1時間1時間の授業を大切にしようとする気持ちを持てるように工夫している。1時間の授業の流れを,教室の掲示板に,


 と示し,児童一人ひとりが今,何をしたらよいのか,何を考えたらよいのかはっきりさせている。

 理解するのに個人差があるため,既習の学習については,授業前の事前テストにより,一人ひとりの児童の充足した学習内容を知り,充足できていない内容については,授業中や放課後に学習している。

 また,授業においては,導入の場面で,問題場面を絵に表したり動作化したりして課題把握をさせ,全員が同じスタートラインに並んで自力解決へ入れるように指導している。

 自力解決の場面では,具体物,半具体物,数図ブロックなどを操作するという算数的活動を取り入れることにより,算数の授業を児童の活動を中心とした主体的なものとし,楽しく,わかりやすく,活動のあるものとして,一人ひとりがじっくり考えられるようにしている。

 集団解決の場面では,まず友達の考えをしっかり聞いて,自分の考えをハンドサインで示すようにしている。パーは「同じ考え」,グーは「違う考え」,チョキは「付け足し」,親指1本は「納得」というふうに,児童の反応に合わせて,児童と相談しながらハンドサインを増やしてきている。どんな考えでも大切にし,みんなで考える喜びを分かち合えるような授業展開にしたいと考えている。

 (2) 取組の実際

 本時に至るまでに,生活科の学習(町探検)を兼ねて,近所のスーパーマーケット「ポロロッカ」にデジカメを持って出かけた。そこで,問題場面をデジカメに収めて帰り,コンピュータの時間(生活科と算数)を使って問題カードを作った。児童は既習の学習を生かし,加法・減法・乗法の問題を作ったのだが,単純な問題が多く,物足りなさが残った。

 そこで,今回,児童全員に同じ1枚の写真を提示し,その写真に合った問題作りに挑戦させ,作った問題を解く時間を設定した。問題を作り,自分たちの作った問題を説明することは初めての経験なので,戸惑う児童も多いと予想されたが,既習の学習を生かして自信を持って取り組ませた。

 はじめに,本時の課題把握の場面では,「友達を困らせるくらい難しい問題を作ってみよう。」と呼びかけ,単純な問題だけでなく,複雑な問題にも挑戦しようという意欲を持たせて,自力解決に入った。加法・減法・乗法の問題だけでなく,乗法と加法・乗法と減法が組み合わした3要素2段階の問題や,加法と加法を組み合わした発展的な問題を期待した。そのために,机間指導の時に単純な問題で満足している児童には,声をかけて,「写真に写っていない場面を付け加えても良い。」ということを再度伝え,いろいろな問題作りを経験させた。

 集団解決の場面では,まず,単純な問題から提示させ説明させ,更に,児童がお互いに付け加える形で,より複雑な問題へ発展させていきたいと考えた。また,途中で文章的におかしいところがあった場合は,気付いた児童に発言させて,より適切な表現を見つけさせた。次に立式,解答を確認する。その際,問題を発表した児童ではなく,同じ問題を作った他の児童に発表させ,できるだけ多くの児童に発言のチャンスを与えた。

 最後に,解決した問題を かけ算 (全体を1つのまとまりと見る場合), かけ算+たし算 (写真の場面に品物を付け加える場合), かけ算−ひき算 (写真の場面から品物を減らす場合), かけ算+かけ算 (ウーロン茶+緑茶)というようなグループに分け,自分たちで色々な問題を作ったことを確認した。

 適応題の場面では,今までに自分たちが作った問題に挑戦させた。ステップ問題(補充問題)とチャレンジ問題(発展問題)を提示し,自分たちの力量に合わせて選ぶことにした。答え合わせは,答え合わせコーナーで各自行った。

 学習のまとめの場面では,今日の学習をふり返ると同時に,次時に,「自分たちが作った問題を解き合う」ことを知らせ,意欲を次時につなげたい。

6.成果と課題

 (成果)

 ・研究主題の中の「創造性」というのは,自ら考えるということである。決まった考え方ではなく,自分で考える態度を育てていくこと―それには,自分で解決できたという経験をたくさんさせることが大切である。研究主題の創造性(言語面・表現面)において豊かな活動ができていてよかった。

 ・算数は決まりを教えるのではなく,自ら考えさせ,子どもの中から色々な考えを引き出してやり.それを進化(深化ではなく)させていくことである。さらに,話し合いによってみんなで更に進化させていくのである。問題作りの授業は,正にそういう意味で発展的な取組と言える。

 ・創造力の基礎は,練り上げの場面でも育成される。
 1) 1つの考えが始め不完全正答であっても,練り上げにより,完全正答に
 2) 始め誤答であっても,練り上げにより,正答に
 3) 始めから正答であったとしても,練り上げにより,よりよい正答に
というふうにみんなの力で,新しい考えを創り出すことができるのである。

 ・授業後の子どもたちの感想は,「楽しかった。」「あっという間だった。」というものが多かった。子どもの「楽しさ」とは
 1) 考えつく
 2) 間違いに気付き考え直す
 3) 苦労して解決する
 4) 習熟する
 5) 納得する
 6) 幅広く分かる
 7) ハッと気付く
ことであるが,授業中子どもたちの良いところがいっぱい見られてよかった。

 ・1年間で色々な研究をし,積み重ねられているのがよくわかってよかった。

 (課題)

 ・既習の数量や図形の原理・法則は,活用し,新しい概念形成や原理法則を作り出す原動力として指導されなければならない。これをしない限り,創造性の基礎を育成することは難しい。

 ・算数的活動を通して,創造性の基礎を育成しやすくする。しかし,算数的活動とは単なる活動ではなく,数量や図形の概念形成,原理法則を創り出し結びつく活動でなければならず,どんな算数的活動をするか検討を要する。

 ・算数科で,創造性を育成するためには,指導方法,学習方法を工夫すること,すなわち創造的な学習展開をすることによってしか,創造性を育成することはできない。創造的な学習展開をどこでどう仕組むか研究を進めたい。

 ・集団解決(練り上げ)の場面での指導者の力量によって,せっかくの子どもたちの考えが生かされないまま終わることがある。自力解決の場面で子どもたちの考えを指導者がしっかりつかみ,集団解決(練り上げ)の場面で,どう取り上げていくかを決めるわけだが,子どもたちが自分たちの力で新しい考えにたどり着いたという満足感が得られるようにするためにも指導者がどう声をかけていくかが重要である。



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