5年
進化に基づいた「ヒトの誕生」の授業         
北海道室蘭市立高平小学校
中尾 英一

1.はじめに

 前回改訂の学習指導要領の中で,5年の理科の内容に初めて男女の体のつくりがとりあげられ,教科書に受精のしくみが書かれるようになった。

 5年生という学年は,植物や動物の繁殖を学習する学年であり,うまく関連づけて教えることができれば,ヒトの性も子どもたちにとって理解しやすいものとなるだろうと考え「ヒトの誕生」というテキストを自作した。幸い子どもたちや父母にも好評で,少なからぬ先生方にも利用してもらえた。

 しかし,昨年度から実施の新学習指導要領では「魚かヒトか」の選択になり,しかも「受精に至る過程は取り扱わないものとする」ということである。これでは,種の保存という自然のメカニズムの巧みさや,生命の素晴らしさを感動を持って伝えることはできないと思う。

 生物はすべて栄養をとって個体を維持し,また子孫を残すことで種族の維持を行っている。この種族維持のため,脊椎動物はもちろんのこと,多くの無脊椎動物も雄と雌に分かれ,雌が卵子をつくり,雄が精子をつくってそれを合体させることで「後継ぎづくり」をする。

 魚類の場合は雌が産んだ卵に雄が精子をふりかける体外受精で,これにはとてつもなく多くの卵や精子が必要となる。ところが陸上に進出した脊椎動物は水の介在を必要としない体内受精の発明によって,爬虫類では魚類や両生類にくらべてぐっと少ない数の殻つきの卵を産む。さらに哺乳類では,最も安全な母体内に卵をしまい赤ちゃんという形で後継ぎを産み落とす。もちろん,このしくみはヒトにも引き継がれている。こうした,生物の進化と切り結んだ形での指導は『性交』の問題も自然な形で教えることができる。

 授業では視覚的資料としてNHKテレビで放映された『驚異の小宇宙=人体』のビデオや海外版のCDーROM  『BODY WORKS』  を主に用いたが,授業のねらいをより感動的に子どもたちに伝えるためにも,やはりすぐれた教材教具の充実が欠かせない。スライド・紙芝居・人体模型などを積極的に導入していく必要があるだろう。

2.テキスト「ヒトの誕生」について

 テキストにはまず,本時の目標に対応する「課題」があり,それに対して「自分の考え」を5分程度書かせる。授業では,自分の考えをもとに子どもたちに討論させた後,プリントの説明や資料によって答えを確かめていくといったスタイルである。

  (1)  指導目標

1) 生物は受精によって子孫を残し,進化に応じて受精の方法も変わってきたことがわかる。

2) ヒトは性交によって受精を行い,子孫を残していくことがわかる。

3) 個体発生は系統発生をくりかえすことがわかる。

4) 胎児は子宮の中で発育し,分娩によって産みだされることがわかる。


  (2)  指導計画(全11時間)

第1次 『生きているとはどういうことか』(2時間)

1時間目 生物と無生物「生きているとはどういうことか」

2時間目 動物と植物「動物と植物とでは,どんなところがちがうでしょう」

第2次 『動物の進化と子孫の残し方』(4時間)

3時間目 魚類の子孫の残し方

4時間目 両生類の子孫の残し方

5時間目 爬虫類の子孫の残し方

6時間目 哺乳類の子孫の残し方

第3次 『ヒトの誕生』(5時間)

7時間目 ヒトの子孫の残し方

8時間目 ヒトの精子と卵子

9時間目 受精のはなし

10時間目 胎児のはなし

11時間目
 赤ちゃんの誕生

  (3)  授業の概要

 3時間目 魚類の子孫の残し方

〔課題1〕 魚の仲間はどうやって子孫を残しているのでしょうか。

 生物・動物の意味をおさえたうえで,「動物の進化」を説明する。井尻正二「ヒトの直系」(国民文庫)が参考になる。魚類を例に「受精」という言葉が初めて登場。水中での体外受精は危険をともない,種族の維持のためにはたくさんの卵が必要なことを説明。

 4時間目 両生類の子孫の残し方

〔課題2〕 カエル(両生類)はどうやって子孫を残しているのでしょうか。


自作テキスト
 課題の予想は22人中,「カエルは受精しないと思う」が17人,「カエルも体外受精すると思う」が5人。まだ子孫を残すには受精が必要という認識には到達していない。そんなものがなくても,めすがいれば自然に子どもは生まれると思っている。ここでは「体外受精」という言葉を自分で書きこませて用語の定着をはかりたいと考えた。


 5時間目 爬虫類の子孫の残し方

〔課題3〕 からのついたたまごでは,おすが精子をふりかけることはできません。では,は虫類はどのように受精をしているのでしょうか。

 ゆさぶりの意味をこめた課題。子どもたちの予想もさまざまでおもしろい。「受精しない」(まだこう考える子もいる),「たまごの殻をわって受精する」(なるほど),「めすがおすを食べてしまうことで受精する」「めすがおすの精子を飲んで受精する」(体内受精に近い考え!),そして「おすがめすの体に精子を送りこむ」が出る。

T 「どうやって送りこむんだい?」

C 「そこまではわからない」

 そこで説明。プリントに「ペニス」「バギナ」が初登場。爬虫類の卵の数が魚類や両生類に比べてぐんと少ないことから,体内受精の有利さを話す。

  
自作テキスト

 6時間目 哺乳類の子孫の残し方

〔課題4〕 直接,母親が赤ちゃんを産む哺乳類は,どのように受精をしているのでしょうか。

  
自作テキスト

 課題4から,予想に選択肢を設ける。予想の分布は次の通り。(討論前→討論後)

 [1] 受精しないで,母親のおなかの中で赤ちゃんのもとだけが育つ。  (3人→4人)

 [2] 魚類や両生類のように体外受精をする。(0人→0人)

 [3] は虫類のように体内受精をする(19人→18人)

C([1]派) 「進化が進めば受精はいらなくなる」

C([2]派) 「体内受精こそが一番の進化だと思うよ」

C([3]派) 「でも,出産したら受精はできないんじゃないの?」

 受精→出産という図式ができていない。爬虫類の例から「受精した卵を産む」ことを,「卵を産んだ後に受精する」と誤解したらしい。討論後,正解の[3]が減少して[1]派が増えたことはそうしたことが考えられるのではないだろうか。

 7時間目 ヒトの子孫の残し方

〔課題5〕 ヒトはどのような受精をして,子孫を残しているのでしょうか。

 [1] 受精しないで,母親のおなかの中で赤ちゃんのもとだけが育つ。  (0人)

 [2] 体外受精をする。(0人)

 [3] 体内受精をする。(22人)

 いよいよ,本論に入る。「ヒトも哺乳類だから」という当然の理由が当然のように支持される。「[1]だったら世の中に男の人はいらないことになる」「父母で交尾をすると生まれる」等の意見が出された。プリントでは「男性のペニスを女性のバキナにさしこんで精子を送り込み,女性のおなかの中にある卵子と受精させ,子宮の中で赤ちゃんを育てます。ただし,ヒトの場合ふつう『交尾』とはいわず『性交』といいます」と説明している。子どもたちはごく自然に納得している様子だった。

 8・9時間目 ヒトの受精

〔課題6〕 ヒトの精子や卵子は体の中のどこで作られているでしょうか。また精子と卵子が出会う(受精する)場所はどこでしょうか。

〔予想〕(精子)ア.ペニス→0(卵子)ア.バギナ→0 (受精)ア.バギナ→0

イ.精巣→15  イ.子宮→6イ.子宮→16

ウ.精のう→6ウ.卵巣→16  ウ.卵巣→2

エ.前立腺→0エ.卵管采 →0エ.卵管采 →3

オ.ぼうこう →1オ.卵管→0オ.卵管→0


 男女の生殖器の図を見ながら予想するが,「精巣・卵巣」という漢字から推測した意見が多かった。受精場所については子宮という予想が多い。答えは卵管だが,これは難しかったようで,正解者は0である。

〔課題7〕 ひとつの卵子と受精できる精子の数はいくつぐらいでしょうか。

〔予想〕   ア.100個ぐらい→0

イ.50個ぐらい→6

ウ.5〜2個ぐらい  →12

エ.1個→4

 ここからはいよいよ自分たちと親とのかかわりを考えていく課題になる。『受精のはなし』の中の「精子の頭の部分には,父親の姿・形・性格などが記録されたDNAというものがつまっています。あなたがお父さんに似ているところがあるのは,このDNAのためなのです」という部分が特に印象深かったようだ。

C 「ぼくとお父さんは鼻が似ている」

C 「ぼくはお父さんと同じところにはげがあるよ」

C 「私のピアノが弾ける手はお母さんにもらったんだ」

 課題7はウが12人,正解のエが4人の予想。双子や三つ子の例がウの予想を多くしているようだ。『受精のはなし』を読んだ後,NHKテレビから録画した『驚異の小宇宙=人体(生命誕生)』を編集したものを見せる。全員,息を飲んで食い入るように画面に見入っていた。「感動だなあ」「先生,泣かないのか?」等,反応がとてもよい。

 10時間目 胎児のはなし

〔課題8〕 右の絵は,ある動物の卵子が受精してから28日目の姿です。この動物はいったい何だと思いますか。

 この課題ではヒトが他の動物と共通の祖先を持つことの証拠と考えられる例を示したかった。「どれもほとんど同じ」ということが言いたいのだが,子どもたちは必死に答えを見つけようとしていた。「えらがあるならカエルじゃないか」「背中の感じからカメ」。

 正解のヒトを予想した子は一人だけしかいなかった。プリントを読んで,胎児が母親の子宮の中で地球に生命が誕生してから35億年の進化をわずか9か月で再現するということに驚きを感じていた子どもたちだった。

 11時間目 赤ちゃんの誕生

 「へそのおと胎盤のはなし」を読み,最後の「赤ちゃんの誕生」を学習する。ここは,課題はなく説明のみ。胎児がへそのおを通じて母親と栄養や不要物を交換していることや誕生してへそのおを切断した瞬間,血液の流れや心臓のしくみが変わることを学んだ。最後に,感想を書かせて授業を終える。

  (4)  子どもたちの感想文

 子どもの生まれる確率は2500兆分の1ということや,精子が1日7200万個作ること,精子を一生に5兆個つくるなど不思議でいっぱいでした。いつも理科の時間はワクワクした。中でも一番びっくりしたのは,精子と卵子が合体するところ,そしてバリアーがはるところです。(Y.J)

 ヒトが赤ちゃんを生むのはとてもたいへんな苦労をしなければ生めないということがよくわかりました。父親の5兆個の精子と,母親の500個の卵子のうちの一人としてがんばって生きていかなければいけないと思いました。命を大切にしなければと思いました。(M.K)

 人のたん生は魚類から両生類,は虫類,最後にほ乳類になる。私はぜんぜんちがうと思ってました。体外受精から体内受精へと変化した。歴史はどんどん変わるもんなんだなあと思った。精子は卵子に出会うのは3億のうちたった一つ。子どもを産むには男子と女子協力しないとできない。へそのおから赤ちゃんへ栄養分や酸素が送られる。この勉強は,人間にとって一番大切な事かもしれない。そんな事をビデオを見たりできたのでいい勉強になったと思います。命というものはどんなに大切かよくわかった。(R.K)

テキストを作成するために使用した参考文献

『性教育を創る』 橋本紀子・田中秀家(大月書店)
『からだの歴史』『性の歴史』 黒田弘行(農文協)
『ヒトの直系』 井尻正二(国民文庫)
『にている親子・にていない親子』 板倉聖宣・平林浩(国土社)
『ひとりで,ふたりで,みんなと』 山本直英・高柳美知子他(東京書籍)
『おとなに近づく日々』 山本直英・高柳美知子他(東京書籍)
『生殖・交尾大全』 中川志郎(同文書院)


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