世界の数学教育・日本の数学教育
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国立教育研究所・科学教育研究室長
長 崎 栄 三

 これまで,国際数学教育調査の結果をもとに,わが国の数学教育の特徴や問題点等を国際的な視野から探ってきました.それでは,わが国にとって問題点と思われることに,世界ではどのように対処しているのでしょうか.問題点の1つとして,わが国の中学生は,国際的に見ると,数学を使う仕事をしたいということが少なく,また数学と社会はあまり関係がないと思っていることがありました.
 わが国の高等学校の多くの先生方は,純粋数学の問題の解決による,知的探求としての数学,理論的美しさを味わう数学ということに重点をおいていると言われています.実は,中学生が数学と仕事や社会はあまり関係がないと考えているのは,このような先生方の信念の反映とも思われます.しかし,国際的には,数学と実世界がつながっているという意識を持つことや実世界の問題を数学的に解決する力を養うことは,数学教育の大きな目標の一つと考えられています.
 高等学校の数学教育においては,数学と実世界のつながりを考えるということには,2つの意義があると思います.一つは,高等学校の大多数を占める非数学系の生徒に数学学習の動機を与えるということです.わが国の新学習指導要領の『数学基礎』や,本シリーズの(1)で紹介したイギリスの試み『支柱なしの数学』がその例に当たります.非数学系の生徒にとっては,数学が実世界とつながっているということが,数学と自分自身の関係を密接にしてくれるとともに,将来自分が進む分野での数学利用の可能性に目が開かれます.もう一つは,数学系の生徒に,数学の持つ多様な機能を理解させ,より高い総合的な力を与えるということです.もちろん,先に述べた学習の動機付けも大きいでしょう.このような例を,昨年幕張で行われた第9回数学教育世界会議(ICME9)で見ることができました.
 カナダのオンタリオ州のクイーンズ大学のテーラー教授らは,ICME9において,『成長と変化』という11年生(高校2年生)用の2巻からなる教科書(HP:http://www.mast.queensu.ca/~peter/)をもとに講演を行いました.この教科書の目次を挙げるとの通りです.数学と実世界とのつながりを重視していることは,「モデル」に関した章が3章もあることから分かります.また,最終章でフラクタルに触れているのも目をひきます.
 この教科書の意図は,「序」に次のようにあります.「私たちのアプローチは,内容よりも方法に基づいている.ここでの『方法』とは,数学者が数学をする仕方に関係している.すなわち,数学者は,問題を分解し,1つの全体を作るために解の断片を寄せ集め,まとめるための原理や大きな考え(線形性,連続性,同型など)を探し,他の数学者や科学者と互いに影響しあい,自分達の結果を連絡しあう.このアプローチを成功させるために,遊んだり,自由に光景を探索したり,横道にそれたり,冒険心に従ったりする時間が必要である.教材を一貫する主題は,普通の数学科コースよりもやや深い水準でモデルを理解するという望みである.ある意味では,これは,知識の狭い区分化された見方から,より統合されたアプローチへと向かって動き始めた試みである.私たちが,生徒に育成しようとしている力は,探求する力,まとめる力,コミュニケーションする力である.」そして,問題に取り組む際には,代数的,幾何的,グラフ的などのアプローチを自由に使うことを勧めています.
 数学教育の目標が,数学の内容の理解から数学の方法や数学的な力をつけることに変わってきています.そこでは実世界につながった興味ある問題が大きな役割を演じます.数学の質を高くしつつ,実世界に目を向けることも高等学校の数学教育の今後の一つの方向でしょう.

表 『成長と変化』の目次
第1巻
1.直線
 1.1 直線入門
 1.2 両腕を伸ばした長さと身長
 1.3 両腕を伸ばした長さと身長:回帰直線
 1.4 回帰
2.線形モデル
 2.1 平均
 2.2 線形近似
 2.3 マイル競争の記録
 2.4 太陽の果実
 2.5 株をやる
3.多項式
 3.1 放物線入門
 3.2 放物線を持ち上げる
 3.3 放物線と平行線
 3.4 3次曲線への接線
 3.5 根
 3.6 因数定理
 3.7 頂点と接線
 3.8 線対称
 3.9 点対称
4.多項式モデル
 4.1 水槽
 4.2 ソールベリーの畑
 4.3 カボチャ
 4.4 CDの値段を決める;
第2巻
5.指数と対数
 5.1 乗数の概念
 5.2 対数
 5.3 対数線
 5.4 タイヤの圧力
 5.5 対数目盛
 5.6 個体数の増加シミュレーション
 5.7 ジャックリンと豆の茎
6.三角比
 6.1 凧と木
 6.2 塔
 6.3 2本の木
 6.4 余弦法則
 6.5 正弦法則
 6.6 曖昧な場合
7.周期関数
 7.1 ラジアン
 7.2 正弦グラフと余弦グラフ
 7.3 自転車の車輪
 7.4 大観覧車
 7.5 バネ
 7.6 振動が弱められたバネ
 7.7 潮
8.もっと多くのモデル
 8.1 惑星の周期
 8.2 紐につけたアイスホッケーのパック
 8.3 ケプラーの第3法則
 8.4 音階
 8.5 音階を作る
 8.6 フラクタルの次元
 8.7 自然を測定する:海岸線と紙球