授業実践記録

ものづくりを通して考える力を育成する理科教育の実践〜新学習指導要領「ものづくりの推進」をテーマにした実践例〜
奈良教育大学附属中学校
教諭 福田 哲也

1.はじめに(学習指導要領の改訂にあたり)

 昨今の教育問題を解消すべく2008年3月に学習指導要領が改訂された。今次改訂において,筆者は末席ながら中央教育審議会小中理科教育部会の一員として,これからの理科教育のあり方について,その審議に加わってきた。小中理科教育部会では,近年の小中学校の理科教育の問題点があげられ,その改善に向けて活発な意見交換がされた。学習内容から学習環境にいたるまで,たくさんの課題を目の前にし,抜本的な見直しが必要であるということは部内の誰もが実感していた。とはいえ,決して,今までの理科教育を否定するわけではなく,また理科ならびに理科教育の本質が変わったわけではない。しかしながら,「理科離れ」という言葉に象徴されるように,近年の理科教育における課題を少しでも解決できるよう,学習指導要領が改訂されたことは事実であり,今後の日本の理科教育について大いに期待したいところである。

 さて,今次改訂において,中教審の答申における理数科教育の充実の必要性をうけて,理科の教育内容ならびに授業時数も大幅にふえた。しかしながら,単に知識量を増やすために学習内容を追加したのではなく,「習得」した内容をいかに「活用」し,いかに「探究」するかということが求められており,そのような学習活動を確保するための授業時数の増加であることを留意しなければならない。とくに指導計画の作成上の配慮事項として,「ものづくりの推進」が挙げられている。ものづくりは,科学的な原理や法則について実感を伴った理解を促す手法として効果的であり,日常生活や社会との関連を図るためにも有効である。

 そこで,ものづくりを理科教育に取り込んだ「ハンズオン授業」を展開した。ハンズオン授業を通して,単に理科的な知識を身につけるだけでなく,課題についてしっかりと考え,日常生活とも関連づけて理解させることを試みた。今後,理科教育において,「ものづくり」を織り交ぜた授業が数多く実践されることであろう。そして,本実践が,その布石になることを期待したい。

 

2.「ものづくりの推進」のためにハンズオン授業の展開

 米国では,理科教育ならびに技術教育において,考える力を育成することをねらいとした「ものづくり教育」の実践が多い。彼らは「ハンズオン」と称し,最終的な結果ではなく,問題解決するための過程の中に教育の真髄があると考えている。例えば,光電池とモーターを配布し,速く動くソーラーカーをつくる実践がある。その製作過程で,生徒たちは光電池の発電効率を上げるためのソーラーパネルとの角度や車を速く走らせるためのギア比,車の重心などを学んでいく。そして,「どうすればより速く動くか?」と考えることによって,考える力の育成にも繋がるのである。

 今回,授業の中に「ものづくり」を織り交ぜ,「ハンズオン授業」と称し,パスタで橋をつくるという課題に対して,その問題解決する過程を大切にした授業を展開した。折れやすい限られた数のパスタで,いかに強固な橋をつくるか考えることを通して,考える力の育成を図るだけでなく,日常で見かける建築物の中に「力の存在」を気づかせたい。そして,目で見えない力に気づく能力を養うことによって,さまざまな力と日常的な現象とを結びつけて考えさせたい。また,見えないものを見る眼を育てることは,単に力の単元だけでなく,自然事象について科学的に考える能力の向上につながると考えている。さらに,小グループで活動を行うことによって,コミュニケーション力や論判力の育成にもつながることを期待し,計画した。

 

3.ハンズオン授業「パスタで橋をつくろう」

 ハンズオン授業「パスタで橋をつくろう」において,生徒たちには,次のような条件のもと,実験を行うように指示をした。

使用するパスタは20本とし,接合にはセロハンテープを使用する。
(できるだけテープを使わないように指導)

土台の間隔は,25cmとし,土台の上に立つような橋をつくる。
(パスタの骨組みをつくり,その上に30cm×5cmの台紙をのせる)

橋の上にウミウシ(15g)【レベル1】・カバ(50g)【レベル2】・象 (150g)【レベル3】のいずれかのアイテムをのせ,格付けする。


 ハンズオン授業において,「どのようなものをつくるか」という製作のねらいがはっきり示されないと,生徒の製作意欲にも関わるだけでなく,授業そのものが成り立たなくなる。そこで,次のような賞を設定し,製作した橋の評価をはっきり明示した。

「パワーブリッジ賞」 ・・・ もっとも重いアイテム(象)をのせることができる橋をつくった班
「スモールブリッジ賞」 ・・・ もっとも少ない数のパスタによって,橋を製作した班
「グッドデザイン賞」 ・・・ 斬新なアイデアによる橋の構造を製作した班
「チームワーク賞」 ・・・ もっともチームワークのよい班

 ハンズオン授業「パスタで橋をつくろう」の本時案を次に記す。

本 時 案
小単元 ハンズオン授業「パスタで橋をつくろう」
目 標
グループで橋の構造について話し合い,協同で橋を製作する過程において,科学的に考える力を育成する。
日常生活における「力の存在」を見出し,力のはたらきと橋の構造について関連づけて理解する。
展 開  
指導内容
学習活動
指導上の留意点/○評価
1.導入
(予想)
ふだん見る橋の構造を発表する
限られた材料で,より強固な構造を考える
ワークシート
今まで学習した力のはたらきについて説明することができる(知)
力のはたらきをもとに強固な構造について考える(科)
2.ものづくり
(実験)
役割分担をしながら,限られた材料で橋を製作する
材料:パスタ(20本),セロテープ
班員と協力して積極的に製作する(興)
設計通りの橋を製作することができる(実)
3.発表
(評価)
各班の橋の強度を実験で確かめる
橋の構造とその強度の関係について考える
製作した橋におもりをのせて強度を確認
力の存在に気づき,橋の構造とその強度の関係について考えることができる(科)
4.まとめ
(振り返り)
実験結果と日常生活において見かける橋や建造物の構造について,関連づけて考える
日常生活において見かける建造物の強度について,力のはたらきをもとに科学的に考えることができる(科)
     

 

4.ハンズオン授業を終えて(授業のようすとその評価)

 本授業を展開するにあたり,「いろいろな力の世界」の単元においての実践とはいうものの,分力や合力についてまだ学習していない状態において,橋を製作することがどれほどの価値を生み出すか,思案した。

 また,セロテープを接合で使うため,セロテープの使い方によっては,構造以上に強度が変化することはいうまでもない。しかしながら,ハンズオン授業において生徒たちが高い関心を示し,熱心に取り組む様を垣間見ることができ,授業者の想像を超えた成果を感じている。

生徒が考えた設計図の一例 班で協力して製作している様子 アイテムをのせて,橋を評価

 次に実験プリントの生徒の感想を記す。

【生徒の感想】

考えと実際にやるとでは全く違う結果になりました。また,橋の形も大事だが,「あし」もしっかりさせなければならないと思いました。足がくずれて失敗した班が多かったからです。(レベル3→失敗)

最初,どうしていいかわからなかったけれど,つくっていくうちに「ここはこうしたらいいのでは?」と班で話し合いながら作っていきました。もしからしたら,台紙の部分を折るなどして工夫して,強くしたらうまくいけたと思います。楽しかったです。(レベル3→失敗)

パスタで橋をつくるのはこんなに難しいとは思わなかった。町で見る橋は,いろいろと考えて工夫されていることがわかった。また,他の班の橋もみんな違っていて,工夫の仕方もおもしろかった。ハンズオンの授業はとても楽しいので,もっとやりたいです。(レベル2→成功)

普段習っていることだけでなく,今まで習ったことを生かすことがハンズオンだと思います。チームワークはもちろんですが,つくっている最中も工夫していかなければならないので,考える力が必要なんだなあと思いました。形はくずれたものの中心を強くしたため柱にあたる部分が折れずに済みました。私が学んだことは,すべての部分に力がどのようにかかるのか考えなければならないことと,協力することの大切さでした。(レベル3→成功)

 感想からもわかるように,アイテムの重力に耐えうる橋を製作したかどうかという結果以上に,いかに強固な橋をつくるかという過程に教育的価値があることを感じていただけることだろう。また,「力の存在を見いだす」「日常生活と関連付ける」「協同で考える」等の設定した目標を概ね達成しているといえる。とくに班で協同でおこなうことの難しさ,そしてその大切さを述べる生徒も多く,そのような点で協調性を育む学びをも共有することができたと自負している。

  理科嫌いの生徒の多くは物理分野を苦手とする傾向があるように感じるが,物理分野にものづくり教育を取り入れることによって,「見えない」ものを「見る」力を養うことができ,理解をより深めることができると考える。そして,理科教育がたんに机上の理論ではなく,日常生活と密接な関係があることを感じるきっかけになればと願う。

【資料】授業ワークシート

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5.終わりに(展望と課題)

 「理科離れ」という言葉を耳にする昨今,テストに出るかどうかでその学習内容の価値を決める生徒も少なくない。しかし,理科(科学)という学問は,そもそも「なぜだろう?」「どうして?」という興味・関心から生まれた学問であるといっても過言でもない。ゆえに,そのような理科の本質を突く授業展開が必要なのである。もちろん,今次学習指導要領でもそのような点を明確化していることはいうまでもないが,過去の理科教育においても大切にされてきた点ではないだろうか。ゆえに,今回の改訂は,今までの理科教育を決して否定するものではなく,むしろ理科の本質について再確認する機会をもたらしてくれていると認識すべきである。得てしてわかりやすい授業を志す傾向になりがちであるが,単にわかりやすい授業だけでなく,理科の面白さや本質を追究する授業づくりが必要であると考える。そのような点で本実践が「たたき台」として,役立つことを期待してやまない。

 筆者と親交のあるヘクター・イバーラ教諭(米国においてBest Teacherに選ばれ,大統領からも表彰をうけた中学理科教師)は,口癖のように理科教育について次のように語る。「中国に古い諺がある。『人に魚を与えれば,1度食事することができる。人に魚の釣り方を教えれば,その人は一生食べていくことができる。【管子:中国(春秋時代)】』理科教育もそうでなければならないのではないか」と。

 今次学習指導要領が改訂において,生徒の基礎学力の向上を図ることがクローズアップされているが,科学的な思考力,表現力の育成をはかることや,科学を学ぶ意義や有用性を実感させ,科学への関心を高めることも改訂のねらいにあることを忘れてはならない。つまり,理科教師の役割は,単に科学的な知識を子どもたちに与えることではなく,21世紀の社会を担う子どもたちの科学の目を養い,「生きる力」の育成につながる教育を行うことであり,「持続可能」という言葉が叫ばれている昨今,理科教育はより大きな役割を担うことになるだろう。

 

【参考文献】
『中学校学習指導要領解説 理科編』 (文部科学省) 2008
『中学校新教育課程 理科の指導計画作成と授業づくり』森本弘一・福田哲也編著 (明治図書) 2009
『中学校 新学習指導要領の展開 理科編』山極隆編著 (明治図書) 2008
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