3年
昆虫の生態をイメージしながら,体のつくりを見る力を育てる
〜封入標本の活用と「夢のこん虫」作り〜         
愛媛県今治市立常盤小学校
村上 圭司

1.はじめに(ねらい)

 この単元では,生きた昆虫や標本を比較しながら観察したり図鑑で調べたりして,発見したことや不思議に思ったことを興味・関心をもって追究する。そして,昆虫のすみかや体のつくり,えさなどのかかわりについての見方や考え方を深めるとともに,昆虫と昆虫にかかわる環境を愛護する態度を育てることがねらいである。昆虫にかかわる活動を通して,「成長し子孫を残すために,環境に適した特徴をもち,生活に応じたすみかを選び生活している昆虫は,素晴らしい」という見方や考え方ができる子どもを育てたい。


2.ねらいに迫る手立て(実践)

 これまで学んで得たことを総動員して,昆虫模型「夢のこん虫」作りに挑戦させ,漠然としていた昆虫についての知識をもう一度振り返り,整理し,考え直す手続きを踏ませたい。そして,この活動を通して子どもたちの「知の更新」を図り,自分とのよりよいかかわりを築かせたいと考えた。そのために,4つの支援の工夫をした。

(1) 自由に観察できる封入標本の活用

 実際に校区の公園に行き,昆虫を採集・観察する活動は意義深い。しかし,本校は市街地にあり,限られた種類しか採集できない。また,危険動物の観察も難しい。そこで,生きた昆虫と標本とを併用することを検討した。昆虫の体のつくりを見たり,特徴から食性やすみかなどを類推したりする活動のために封入標本を約100点用意し,観察させた。「夢のこん虫作り」でも,この標本は必要なとき自由に観察できるようにしておいた。

取り扱いが自由な教師手作りの教材「封入標本」

「裏から見ると……
確かに足が胸から出てるね。」
「ハンミョウの顎って,すごーい!
……きっと肉食よ。」
例えば…
「とにかく,手にとって観察できる。
これで,虫嫌いの子どもも……
大丈夫!」
「はじめてよ!セミの顔……
こんな近くで,見るの。」
「スズメバチ!こわー……く,
……な・い・ねっ,これだと。」

(2) 昆虫模型「夢のこん虫」作りに適した素材の選択

 何度も試作し,安全性,経済性等を考慮して,材料(素材)を決定・採用した。加工がしやすく,手に油が付かず,ノート記録などの作業と並行して扱うことが可能なものを選定した。
小麦粉粘土  油粘土,紙粘土,木材,コルク,粘着剤などの素材で何度も試作し,教材研究グループで検討した結果,発達段階,安全性,経済性等を考慮し,小麦粉粘土を採用した。加工がしやすく,手に油等が付かず,ノート記録などの他の作業と並行しても扱うことが可能である。色を混ぜないで3色使用させることで頭・胸・腹を意識させることもできる。短所は乾燥に伴う縮みが比較的大きいが,試作の結果,許容範囲と考えた。
画びょう
(丸頭,カラー)
 理科学習の一環として行う活動である。製作時間をかけすぎるわけにはいかない。決められた時間内で行い,児童が意欲を失うほどの難度をかけることは避けたい。そこで,差し込むだけで昆虫の目とすることができる画びょうを採用した。
爪楊枝  昆虫の体の中に入れる補強素材である。他の粘土素材を利用した場合にも使う。ただし,竹を素材としたものは,滑りやすく抜けやすいため不適切であった。
モール  安価で,子どもたちにも簡単に曲げられ,切断できる素材を幾つか集めて試行してみた。アルミ線,園芸用ビニタイ,ビニル導線など。結果として,モールを採用したいちばんの理由は,粘土に差し込んだときの抜けにくさである。これは,他の素材とは比較にならない安定感があった。また,カラフルな小麦粉粘土との相性もよい。
台紙
(厚紙)
 作品傷めないように持ち運ぶために用意した。名前を書くことにも利用できる。また,さりげなく大きさをそろえることで,子どもたちの作品の大きさを制限する効果もある。適切な大きさがどの程度なのかは,何度も教師が試作したり,同年齢の子どもに試作を依頼したりしながら決定した。

(3) 「知の更新」をねらう課題設定

 既習内容や体験を生かして,存在しない生物だが昆虫の条件を満たした「夢のこん虫」を作らせた。また,ゲーム感覚で,楽しく自分自身の見方や考え方を生かす活動にするため,いくつかの留意点を書いた次のようなカードを全員に配布した。

(4) 振り返るための「昆虫説明書」作成

 昆虫模型にふさわしい名前やえさ,すみか,特徴(優れている点やユニークな行動など)を記述する「夢のこん虫説明書」を作らせ,活動の振り返りの場とした。一人一人のワークシートにデジタルカメラで撮影しプリントアウトした「子どもとその作品の記念写真」「作品のアップの写真」を貼った。そのことで,図を描く時間を減らすとともに,記念になるような説明書にしようという思いをもたせることをねらった。予想通り,子どもたちはいつも以上に思いをこめて意欲的に説明書を作成した。また,この説明書は子どもたちの成長や変化を見取るための重要な資料にもなる。見取った成長や変化は意味付けして本人に伝えるとともに,学級でも紹介した。「新たな出会いを通して自分自身の変化や成長を実感し,確かなものを求める子ども」を育てることができたと考える。

例えば…
 
名前
カラフルハチガトンボ
(トンボの仲間)
とくちょう
トンボの中では世界最大である。羽に青緑の模様がある。日陰のように涼しいところに住んでいる。腹のところがハチに似ている。毒は持っていないが,とても素早い。さらに口は鋭くとがっていてコガネムシでも噛み砕くほど強い顎を持っている。鳥などにねらわれやすい。美しいから,交尾の相手に見つけられやすい。
えさ
小さなこん虫
(チョウやコガネムシ)
すみか
川の多いところ
 
 
名前
ムツボシウラオモテバチ
(ヒメバチの仲間)
とくちょう
名前のウラオモテは,裏は毒針で刺そうとするとき,表は毒のないときの不思議なハチ。チョウのような口を持っている。甘い蜜を好み,花畑,野原,日がよく当たるところにいる。水玉模様は,目立つためにある。赤い目で凶暴なことを知らせる。体長3cm〜5cm。最も美しいため,ねらわれやすく,めずらしいので,とても数が少ない。
えさ
花の蜜,蜂蜜,甘い蜜
すみか
花畑,野原,日なた
寒いところは苦手
 
子どもの表現なので,意味がつながらない表現があるかもしれませんが,ご理解ください。


3.授業の実際(子どもたちの様子)

 「夢のこん虫」作りが始まると,子どもたちは生き生きと活動し始めた。そして,多くの子どもたちに次のような様子が見られた。
完成した夢のこん虫たち
封入標本を手元に置き,何度も観察しながら昆虫模型を作り上げる姿
漠然と作らず,「トンボの仲間にしよう。」と,具体的な製作目標をもって取り組む姿
「昆虫の色や形,その特徴にふさわしい名前にしよう。」と思案する姿
昆虫の種に応じたえさとすみかをもう一度図鑑で確認する姿


  【涙が出るほど昆虫嫌いのAさんの場合】
Aさんは授業中泣き出すほど昆虫嫌いだったが,封入標本との出会いをきっかけに自分の中の「昆虫嫌い」の心が変化してきたことに気付き始めた。その後のAさんは本当に昆虫嫌いだったのだろうかと思うほど,意欲的な活動が見られた。
 完成した「夢のこん虫」を持ったAさんは生き生きしていた。Aさんの「夢のこん虫説明書」には,体の特徴をとらえた名前,バッタの特徴を踏まえたえさとすみか,自分が調べたことを生かした触角の特徴についての説明が見られた。昆虫嫌いという自分のイメージを観察やもの作りを通して見つめ直し,昆虫好きの自分に変化させたAさん。新たな自然との出会いに喜び,確かなものを求める態度が感じられた。
 
 
【温かい配慮が必要なBくんの場合】
 
 Bくんは,学習面で温かい配慮が必要である。そのBくんが,「夢のこん虫作り」では,放課後自主的に願い出て,3体の「夢のこん虫」を作り上げた。これには次の理由が考えられる。
 
自由に手に取れる標本がある。 →昆虫標本との出会いの喜び
自分の考えた昆虫を形にできる素材がある。 →できるうれしさ,充実感と達成感
自分の変化や成長を先生が見取って,具体的に褒めてくれる。→変化を自覚し,評価される喜び
 
 その後,Bくんに少しずつ変化が表れた。教師が寄り添わなくてもノートに記録し,力試しにおいても無回答が減り,正解したいという意欲が感じられるようになった。「挑戦すれば,ぼくにもできる。」という心情が強くなっていることが表情や言動から感じとれた。Bくん自身も気付いていただろう。授業後理科室に残って椅子の整とんをする姿や大きな声で「ありがとうございました。」と言って退室する姿を見ると,指導者もうれしかった。


4.おわりに

 自分がよりよく成長したり,確かなものを求める気持ちをより強くもつようになったりする変化は,無意識のうちに行われることが多い。しかし,今回の取組で,教師が子どもたちの変化を見取ることや見取る方法を講じること,あるいは変化するきっかけを仕組むこと,さらに,子ども自身にその変化を自覚させる手段を用意することが重要であることを再確認した。このことは,理科学習だけにとどまらない「やさしさの育み」だと考える。これからも,変化し成長する姿を教師も子どもたち自身も意識できるような授業の在り方を研究し,実践していきたい。

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