授業実践記録

「0をつくる」考えをもとにした「正の数・負の数」の「加法と減法」の指導
千葉県茂原市立東中学校
鈴木 明

1.はじめに

 啓林館の中学校1年数学の教科書には,学校の実態等にあわせた選択ができるように『楽しさひろがる』(発展的な学習は単元ごと)と『未来へひろがる』(発展的な学習は巻末)の2種類が用意されている。勤務する地域では,『未来へひろがる』が採択されている。『未来へひろがる』の中では,「正の数・負の数の加法・減法」は,「数直線による方法」で学習した後に「項による方法」に移るという内容で単元構成されている。

 「加法」については,「増加」(ふえるといくつ)による考えと「合併」(あわせていくつ)による考えの2つがあることを小学校1年生で学ぶ。数直線ではこの「増加」の考えをもとにして,「正の数」を「たす場合は右へ移動(大きくなる方向)」,「ひく場合は左へ移動(小さくなる方向)」として考える。「負の数」をたしたりひいたりする場合は,言葉の言い換えで「負の数をたすことは正の数をひくこと」,「負の数をひくことは正の数をたすこと」と考えて数直線に戻す。この方法は,数の広がりを考える上でやはり重要である。「0」を基準とした数の広がりの概念を形成し,数の大小をもとにした考えで「加法・減法」を行っていくことは意義のあることである。「項による方法」だけでは,数のひろがりの概念を作っていく上では不十分な部分があるのではないだろうか。しかし,この数直線による「増加」の考え方では,

1 計算の速さ
2 3数以上の計算ではひとつひとつ考えなければならない

というところに欠点がある。したがって,「増加」の考えをもとにした「数直線による方法」を学習してから,「合併」の考えをもとにした「項による方法」での計算に移行していくことは意味のあることである。

2.生徒の中に見られる計算の間違い

 生徒が「正の数・負の数」の計算をする際に,符号と絶対値の形式な操作で解答を導き出せるまでに習熟できればよいが,曖昧なままに計算を行うと符号や絶対値の計算方法で正確に計算できない生徒が見られる。

 【生徒の中に見られる計算規則の間違い】

1 乗除の計算を学習した段階で,乗法と加法の符号や絶対値の計算方法が混乱してしまう。(乗法の符号の考え方で加法を計算してしまうなど。)
 
(−2)+(−3)=−5   (−2)+(+3)=−1  −5
(−2)×(−3)=−6   (−2)×(+3)=−6    
2 項の考え方や形式的な計算が曖昧なために『−7−3』の計算を『−(7−3)』と考えて,『−4』という解答を導いてしまう。
3 3χ−3χ=χ
  (この考え方の基本は,3−3=0   ここまではよいのだが,「0」が何もないという概念ができていないために,0χ=χとなってしまう。)

3.「正の数・負の数の加法・減法」の課題

今までの経験では(『未来へひろがる』の単元構成での指導)
1 「数直線による方法」から「項による方法」への移行をどのように行うか。
   数直線を使った後に,項による形式的な計算に移る。この際に,トランプでゲームをしながら項の考えによる計算に慣れるなどの授業構成を行ってきたが,トランプでの計算はできるが,式になると計算ができなくなってしまうという問題点がある。「数直線による方法」と「項による方法」は「増加」と「合併」の考えが基本にある。しかし,習熟を図ることが優先され,考え方が違うということがあまり意識されていないのではないだろうか。(啓林館『楽しさひろがる』では,「項による方法」で「加法・減法」を扱い,わかりやすく表現する方法として数直線が使われている。)
   
2 「符号」と「絶対値」の形式的な操作をどう定着させるか。
   計算の速さ,利便性を考えれば,3数以上では,「項による方法」で形式的な操作ができるようにならなくてはならない。「乗法」を学習した後の混乱を考えれば,「加法」の段階で,いかに計算の意味を理解した上での形式的な操作を定着させるかということが重要である。

4.加法における「0」をつくる指導

 「加法・減法」のこのような課題を解決するために,「合併」の考えを基本として「0をつくる」指導方法を取り入れた。この指導は,0をつくるために異符号の計算からスタートするが,符号や絶対値を「0をつくるためにはどうするか」という根拠から考えていくので,曖昧な計算の規則を理由づけて整理することができると考える。

(1)0の意味
この時点で,「0」には2つの考え方がある。

1 何もないという意味の「0」
   0の発見は,数学界で偉大な発見とも言われる。十進位取り記数法で数を表すためには,位の何もないという意味での「0」が大きな価値を持つ。
   
2 数の基準としての「0」
   数直線に数を表したとき,「0」は絶対値を考えるときの基準となる数,正の数でも負の数でもないその境界。小学校までは,最も小さい数であった「0」であるが,「絶対値は0からの距離」など,数を考えるうえでの「基準」となる。

(2)すべて加法にして考えることから「項」へ
 「加法」と「減法」の混じっている計算では,すべて加法になおして計算を進めることによって,「交換法則」や「結合法則」が成り立つようになる。この指導では,さらに考え方をすすめて,「項」で計算を進めることとした。

【加法・減法混合】   【加法のみ】   【項】
−2−(+3)−(−4) −2+(−3)+(+4) −2−3+4

(3)加法と減法を項で考えるために

 まず最初に,

を学習し,括弧のついているものについては,すべて括弧のないかたちで考える。「加法」,「減法」については,「項」の考え方になった段階でその区別がなくなる。

 この括弧のはずし方は,基本となることなので必ず習得することが必要であるが,乗法の符号の考え方と同じであると意識させることもできる。

(4)異符号で絶対値の同じもので0をつくる

 まず最初に,
3−3

 これは当然,「0」という解答を導き出すことは容易である。
 考え方を
+3−3=0

 つまり,「+3」と「−3」を合体(合併)させると「0」となるということを基本として最初に確認する。

○絶対値が同じで符号が違う2つの項は合体させると「0」ができる。

ということを確認する。

(5)異符号の計算で0をつくる

 次に一般的な計算であるが,最初に考えるのは,異符号の2つの項の計算を考える。
+5−3

 生徒には,
  1 「0をつくるにはどちらに目をつければよいか?」と発問すると,「(+5)を分ければよい」と答える。
  2 次に,「どうやって分ければよい?」と発問すると,「(+3)と(+2)にわければよい」と答える。
  3 (+3)と(−3)をあわせると「0」ができる。
  4 「(+2)」が残るので,計算結果は「(+2)」

+5−3=+2

 同様にして,
+2−5

 生徒には,
  1 「0をつくるにはどちらに目をつければよいか?」と発問すると,「(−5)を分ければよい」と答える。
  2 次に,「どうやって分ければよい?」と発問すると,「(−2)と(−3)にわければよい」と答える。
  3 (+2)と(−2)をあわせると「0」ができる。
  4 「(−3)」が残るので,計算結果は「(−3)」

+2−5=−3

 (+5)を(+3)と(+2)に分けたり,(−5)を(−2)と(−3)に分ける考え方は,生徒にとっては,あわせることよりも容易に考えられる内容である。

(6) 同符号の計算では

 同符号の計算では,「0をつくることができない。」ということが大きなポイントとなる。
−5−2
  1 生徒には,「0をつくるにはどうしたらよいか?」と発問すると,「つくれない」と答える。
  2 0にはならないから,−5が(−3)と(−2)に分けられたことを考えれば,逆に考えて
−5−2
    この計算については,前述のように
−5−2=−(5−2)
と考えてしまう生徒がいるが,「0をつくる」考え方では,0をつくるための「−5」と「−2」を意識させるために「−5−2=−(5−2)」という考え方にはなりにくい。

5.「0」をつくることの「連立方程式の加減法」への発展

 2年生では,「連立方程式」の加減法を学ぶ。この際に数直線上の単なる位置を表す数としての「0」ではなく,何もないという意味での「0」の概念ができていなければ,片方の文字を消去するという加減法の基本的な考え方は理解できない。(加減法の計算のかたちでは行うが文字の消去ができないという間違いが見られる。)片方の文字に注目して,「1最小公倍数を考えて係数の絶対値を同じにしよう」そして,「2符号が違っていれば,たすと消去できる」ということは,「0をつくる」概念がベースにあればより簡単にたどりつくことができる。
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