授業実践記録
数学的な思考力・判断力・表現力の
育成に向けて
〜 数学A「場合の数と確率」における取組み 〜
北海道札幌西高等学校
上野昌生
 
はじめに

 数学的な思考力・判断力・表現力は、知識・技能を活用して課題を解決するために重要な役割を果たすものである。数学的活動の一層の充実を図り、基礎的・基本的な知識・技能を確実に身に付けさせるとともに、思考力・判断力・表現力を育成する必要があると考えている。
 しかしながら、OECD(経済協力開発機構)のPISA調査など各種の調査からは、「思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題、知識・技能を活用する問題」に課題がみられると指摘されている。
 実際、本校生徒においても、知識・技能を問う問題については理解が比較的早い一方で、記述式の問題や知識・技能を活用する問題については苦手にしている生徒が多くいる。
 また、数学の答案の書き方では、解答を文章でまとめ上げる表現力が十分身についていない。大学入試の数学の答案は、自分の考えたことを会ったこともない採点者に、いかに正しく伝えるかが最も大切なことである。
 本校では、週末課題の添削指導を通して、指導の充実を図っているが、依然として答えのみの解答や、解答欄と計算欄を区別しない生徒もいる。添削指導は、学習活動の基盤となる言語活動の充実を図るための具体的方策であり、課題解決に向けて指導を徹底していきたい。
 
数学A『場合の数と確率』について

 場合の数と確率を苦手にしている生徒が多い。数学 I の方程式や関数の分野が得意な生徒でも、数学Aになるとできなくなる。このことは、読解力が不足しており題意を的確に把握することができなかったり、公式やパターンに当てはめて計算しようとしたりするところに要因があるのではないかと考えている。これまで、数学の問題をドリル形式でパターン練習してきた生徒にとって、パターンに当てはまらないと途端にできなくなる。
 数学Aの目標には、「事象を数学的に考察する能力を養い、数学のよさを認識できるようにするとともに、それらを活用する態度を育てる。」(新学習指導要領)とある。「事象を数学的に考察する能力を養い」と示されているが、この能力は、ある課題に関心をもち、その解決に当たって、これまでに学習した知識等を基にして一般的な方略などを見つけ、それを用いて適切に処理する学習を通して育成されるのである。つまり、目標達成のためには、じっくり考えて解答への糸口を見出す思考力や、課題を分類・整理して物事の判断を的確に行うことができる判断力、また、考えを自分の言葉で表現して相手に伝え、そのことで自身の理解を深めることができる表現力、これらの能力の育成が非常に重要であると認識している。
 これらのことを踏まえ、思考力・判断力・表現力の育成に向けて、数学Aの授業における指導方法について述べさせていただく。
 
1.「場合の数と確率」における
  学習指導の留意事項

(1) 最初から公式を使って解こうと考えないこと

 私は、授業においてPは基本的に使用を控えている。生徒に対して順列の問題では、樹形図を用いて表現し、題意を捉えさせたいと考えているからである。教科書・参考書の例題では、P(順列)やC(組合せ)だけを使って解く問題が多くあるが、標準以上の問題では、いきなりPやCから解答が始まることはほとんどない。PやCの使い方が重要なのではなく、題意の解析の仕方やあるものに着目して分類・整理することが重要なのである。最初は、公式に頼ろうとしないで、実際に樹形図や表を用いて数え上げることから始めることに重点を置いて指導している。

【例題1】ある地域が、図のように6区画に分かれている。
(1) 境界を接している区画は異なる色で塗ることにして、赤・青・黄の3色で塗り分ける方法は何通りあるか。
(2) 境界を接している区画は異なる色で塗ることにして、赤・青・黄・白の4色すべてを用いて塗り分ける方法は, 何通りあるか。
≪解答≫

(2) 同じ場合を2度数えることなく、かつ、もれがないように、基準(タイプ別の分類・ 整理)を設定して数え上げること

 場合の数の導入において、樹形図を用いて数え上げる問題(例:4個の文字a,a,b,cから3個選んで1列に並べる場合は何通りか)を取り上げるが、その際、机間指導を徹底し、無方針のまま、行き当たりばったりで書いている解答がないかどうか確認している。
 明確な方針を持たずに数え上げても、書き漏らすことになる。確かな基準を設定することにより、もれなく、重複することなく数え上げることができ、さらには、このことから規則性を見出し、和の法則や積の法則、公式を活用することができるようになる。
 また、タイプ別分類の仕方のポイントは、「可能な限り排反に分けること」であると、明確に示し、数え上げの方針に間違いがないか確認させている。

【例題2】大中小3個のサイコロを同時に投げるとき、出る目の積が4の倍数となる場合は何通りあるか。
≪解答≫

(3) 考え方や式の成り立つ根拠を言葉で表現すること

 理解が曖昧なために、漠然と授業で学習した考え方や公式を使ってしまう生徒がいる。なぜ、和の法則や積の法則、あるいはPやCを使うのか、その理由を言葉で表現する。頭の中だけで考えた解答は、勘違いしていることが多い。そのため、自分の考えに錯覚がないかを、自分で発見できるように考え方を言葉で表現する。自分の考えを文章にし、整理することで、その解答が初めて正しいと確認でき、そして、ときには自分の考えの間違いに気づくのである。根拠を明らかにし筋道を立てて論理的に考えを進めることができる、思考力・表現力を身に付けさせる指導の充実を図っている。

【例題3】1個のさいころを3回投げて出る目の数を順に a, b, c とする。
(1) a<b<cとなる場合は何通りあるか。
(2) a≦b≦cとなる場合は何通りあるか。
≪解答≫

*** 生徒の誤答例 ***

(1)について
・誤答例1: 樹形図で数え上げる際に、数え漏れが生じた。
・誤答例2: 出る目が異なるとき、大きい順に並べればよいから、
  6×5×4=120
・誤答例3: cは6〜3の4通り、bは5〜2の4通り、aは4〜1の4通りあるから
  4×4×4=64
(2)について
・誤答例4: a=b=cの6通りと、a<b<cの20通りから、
  6+20=26
・誤答例5: (1)よりa>b>cは、20通り。全体の総数が、
  6×6×6=216通り
  よって、216−20=196
・誤答例6: 1から6までの6個の数字から重複を許して、3個選んで小さい順にa,b,cとすればよいから、
  6×6×6=216
・誤答例7: 「○○○I○○I○」と仕切棒方式で考えて、3H68C6=28

 この【例題3】の問題は、本年度実施した1学年前期期末考査に出題した問題である。上の誤答例では、式の成り立つ根拠を言葉で補っているが、生徒の答案では数式のみの解答となっていた。よく考えれば明らかに不正解であることは気づくはずであるが、題意を十分に理解せずに、漠然と数式を立てて計算しているようだ。
 例えば、誤答例2では、確かに出る目はすべて異なるが、当然条件は不十分である。さらに、「出る目が異なる⇒順列P」という図式が頭にあり勘違いしてしまっている。また、誤答例7では、重複組合せであることには気づいているが、○とIを何と対応させて考えているかが言葉で示されていないために、間違いに気づかずにいる。
 なぜ、間違ったのか生徒自身に気づかせたいものである。正解・不正解だけに目が行きがちだが、誤答から得るものもある。テストの答案を返却する際に、誤答を教材にして思考力や表現力を育成するような授業展開も取り入れて指導している。

 
2.生徒の質問から

 先日、下の例題を演習させた際に、ある生徒から自分で考えた解答が正しいか、という質問があった。

【例題4】製品10個の中に3個の不良品が含まれている。この中から同時に2個を取り出すとき、2個の中に含まれる不良品の個数の期待値を求めよ。

≪模範解答≫

≪生徒の解答≫


 この生徒は、数学Cで学習する期待値の加法性、つまり2つの確率変数 X,Y の和の期待値が、E(X+Y)=E(X)+E(Y)であることを当然知らないが、直感的に考察している。直感で考えを進めるのは、どうかという見方もあるが、これは内的な数学的活動に基づく考察であり、非常に数学的な発想であると考えている。
 この質問に対するやり取りから、生徒は改めて数学のよさを実感し、より一層学習に意欲的に取り組むことができるようになったようである。
 また、このことを発表させる機会を設け、自分の考えを分かりやすく説明したり、互いに自分の考えを表現し、伝え合ったりするような指導を行い、考えを共有し質的に高められるように心掛けた。
 
3.入試問題を活用した思考力・
  判断力・表現力の育成

【例題5】
(1) サイコロを1回または2回ふり、最後に出た目の数を得点とするゲームを考える。1回ふって出た目を見た上で、2回目をふるか否かを決めるのであるが、どのように決めるのが有利であるか。
(2) 上と同様のゲームで、3回ふることも許されるとしたら、2回目、3回目をふるか否かの決定はどのようにするのが有利か。

〔京大〕

≪解答≫

 サイコロを1回ふり終わった時点(現在)で、すでにふり終えた1回目の目(過去の目)と、これから2回目をふったときに起こりうる目(未来の目)をどのようにして比較するかを考えたときに、期待値を利用して問題を解決できるかが問われている。
 この問題は、期待値を活用して考えたり、判断したりしようとする態度を育てることを目標として取り上げた教材である。教科書では、多くの問題は期待値を求めるだけにとどまっているので、入試問題を取り入れた授業の工夫・改善に努めた。
 ある試行の結果によって定まる事柄が平均的にどのくらい期待できるのか、つまり期待値を用いて未来を推測し、物事を判断していくことができるといった数学のよさを実感させることができればと考えている。

【例題6】A君は次のように考えた。
 「サイコロを6回ふることにする。m=1, 2, 3, 4, 5, 6のおのおのについて、m回目に1の目が出る確率は である。したがって、6回のうちに少なくとも1回は1の目が出る確率は、 である。すなわち、サイコロを6回ふれば少なくとも1回は1の目が出る。」
 A君の考えは正しいかどうかをいえ。もし正しくないならば、誤りの原因を、なるべく簡潔に指摘せよ。

〔京大〕

≪解答≫

 この問題は、論述形式で知識・技能を活用する学習活動を充実させ、思考力・判断力・表現力をはぐくむことをねらいとしている。
 生徒にとっては、何をどこまで書けばいいのか見通しを立てるのが難しく、正しいかどうか、あるいは結論は導き出せても、「誤りの原因を簡潔に指摘する」ことについては、自分の考えを論理的にまとめ、いかに適切に表現するかが問われており、生徒の答案では指摘するまで至っていない。

 
まとめ

 これまで、数学的な思考力・判断力・表現力の育成について、数学A「場合の数と確率」における取組みを述べさせていただいた。当然、基礎的・基本的な知識・技能を確実に習得させるための取組みも必要であるが、問題を解決するときにこれらを活用できる能力を身に付けさせることにより、数学の必要性や有用性を実感を伴って理解できるのである。
 今後も、教育の質の向上を図るために、授業改善の取組みを推進し、学習指導の工夫・改善に努めていきたいと考えている。

※本稿は、第64回北海道算数数学教育研究大会高等学校部会 第2分科会 指導法 II(応用・発展) の研究発表原稿です。