授業実践記録
複素数を表す行列
和歌山県立桐蔭高等学校
中本 拓
 
1.はじめに

 前回,「行列式および Trace」を題材にした問題について述べたが,大学入試では大学数学の内容を受験問題化したものが数多く見受けられる。今回は,「複素数を表す行列」についての教材を紹介したい。
 
2.複素数と行列の対応

 E = I = O = とおく。

 このとき,複素数 z =x yi と行列 Z = = xE yI とは1対1に対応する。

 さらに,加減乗除についても対応していることがわかる。
 実際,複素数 α = xyi β = s + ti にそれぞれ行列 A =xE yIB =sE tI を対応させるとき,

αβ = (x s )+(y t )i (x s ) E +(y t ) I = AB
αβ= (x s)+(y t )i (x s) E +(y t ) I = AB
αβ =(xs yt )+(xtys )i (xs yt ) E +(xt ys ) I = AB (=BA )

となる。また,x = y =0 すなわち A =O の場合以外は,A は逆行列をもつ。
 M = {xE yI | xy は実数 } とするとき,M は「複素数を表す行列」全体の集合であり,このような行列だけを考えたとき,四則演算に関して複素数全体の集合Cと同じ「構造」を持つのである。
 複素数を表す行列は,互いに交換可能であることにも注意したい。
 これは大学入試問題でも頻出である。次の広島大の問題を見てみよう。

例題1. 

複素数 xyi に行列 X = を対応させ,この行列 X を複素数 xyi に対応する行列という。ここに,xy は実数で,i は虚数単位を表す。

(1) 1および i に対応する行列をそれぞれ求めよ。
(2) 複素数 a bi に対応する行列を A, 複素数 c di に対応する行列を B とするとき,複素数の積 (a bi ) (c di ) に対応する行列は AB であることを示せ。

[1997年度 広島大]

 (1)について,1に単位行列 E が対応し,虚数単位 i には が対応する。
 (2)については,複素数を表す行列が,積について対応していることを示す問題である。

 次は,和の対応および方程式の対応を示す問題である。

例題2.

E = I = O = とおく。M = {xE yI | xy は実数 } とするとき,

(1) A =xE yI B =sE tI とおいて,ABM ならば A BMABM を示せ。
(2) ABM ならば AB = BAM を示せ。
(3) AMAO ならば A の逆行列 A−1 が存在し,A−1∈M となることを示せ。
(4) Z MZ 4 = E を満たす Z をすべて求めよ。
(5) Z MZ 4 = E を満たす2×2行列 Z はあるか。あれば例を1つ挙げよ。なければそのことを証明せよ。

[2006年度 大阪医大]

 例題2の (1), (2), (3) で,加法,乗法と逆数の対応を導いている。
 特に,(2) では複素数を表す行列が,互いに交換可能であることを述べている。
 (4) の方程式 Z 4 = E は,複素数の方程式 z 4= 1 に対応する。
 z 4= 1 の解は z =±1, ±i であるから,これに対応する行列 Z E, ±I が解となる。
 ただし4次方程式に帰着できるのは,ZM の条件があるからである。この条件を失えば
 Z E, ±I 以外にも Z 4 = E を満たす行列が存在する。例えば Z= である。
 これが (5) の出題意図である。

 次も方程式の対応である。

例題3

(1)
ab を実数とし,A = J = とする。A2 = J が成立するとき,a b の値を求めよ。
(2)
a1a2b1b2 を実数とし,B = C = O = とする。BC = O が成立するとき,a1 = b1= 0 または a2 = b2 = 0 となることを示せ。

[2003年度 奈良女子大]

 A は複素数を表す行列である。A に対応する複素数を z とする。
 (1)の A2= Jz 2 = i を意味する。z (1+i ) だから,A (EJ ) である。
 (2)は,複素数を表す行列の集合 M = {xE yJ | xy は実数 } の要素 AB に対して,

    AB = O ならば A = O または B = O

が成り立つことを示す問題である。すなわち,Mには零因子が存在しないのである。
 証明は簡単である。AB = O において両辺の行列式をとると,

    det (AB ) = det (O )

行列式の性質を用いて

    det (A ) det (B ) = 0

であるから,( a12b12 ) ( a22b22 ) = 0 となる。これより,題意が示せる。
 AO ならば,M の要素 A は必ず逆行列を持つことがわかる。

例題4.

 行列 IJI = J = であるとき,

(1) 行列 J 2J 3J 4 は,それぞれ I または J の定数倍になることを示せ。
(2) 実数 a b について,行列 aIbJ が逆行列を持つための必要十分条件を求めよ。
(3) 任意の実数 st に対して,行列 sI +(1+st ) JtJ 2st 2J 3t 2J 4 は逆行列をもつことを示せ。

[2005年度 広島大]

 この例題では,I が1に,J が虚数単位 i に対応している。
 (1) では,i 2 =−1 , i 3 =−ii 4 = 1 に対応して,J 2=−IJ 3 =−JJ 4 = I が成り立つことが分かる。
 また,(2) では,abi が逆数をもつ条件と同等であることに注意したい。先程と同様,a = b =0 のとき以外は,aIbJ は逆行列を持つのである。
 (3) は,

    sI +(1+st ) J tJ 2st 2 J 3t 2 J 4 =(stt 2) I + (1+stst 2) J

となるから,複素数 (stt 2)+(1+stst 2) i が逆数をもつかどうかに帰着される

 
3.おわりに

 線形代数は,理科系の生徒にとって大学進学後に必修の内容となる。これらを題材とした入試問題も多い。行列分野については,新課程では学習指導要領から削除される。数年後には,苦労して作った教材も無駄になるかもしれない。我々進学校と呼ばれる高校の職員は,「大学の合格発表がゴールだ」という考えに囚われがちである。だが,生徒にとっては,それは「新しいスタート」なのである。単なる受験テクニックだけではなく,生徒の進学後の将来を見据え,大学数学への展望を与えておくことも,高校の数学教師の務めではないだろうか。