授業実践記録
既習事項をさかのぼる指導
−数学B「位置ベクトルと図形」の指導を通して−
東京都玉川学園高等部
染矢英夫
 
1.はじめに

 数学の学力低下がさけばれて久しいが,その一つの原因として,テスト直前のその場しのぎの学習(解法の暗記等)が考えられる。藤澤(2002)はこれをごまかし勉強と呼び,一部の塾や販売教材などで「試験前にこれだけやっておけば大丈夫」等の教材が,手軽に手に入るようになり,生徒達は自分でまとめることなく,与えられた教材を覚えることでテストを乗り切ることが出来る。こういったシステムもごまかし勉強を助長しているという。このような学習は,思考力を養成できないばかりか,試験が終わって時間が経過すると,ほとんどの内容を忘れてしまっている事態を引き起こす。現に本校において,2,3年次の4月に行われる基礎学力テストの結果を見ても,数学の成績は5段階で4や5の成績を取っている生徒が既習の内容を忘れてしまっていて,ほとんど点数がとれていないという現象が多く見受けられる。私達は,ごまかし勉強をさせないように促すとともに,授業場面において,既習事項をさかのぼって意味理解を重視した指導をすることが必要であることを痛感する。
 「位置ベクトルと図形」教材で,分点の比を求める問題は,中学校,数学A,数学 II と様々な解き方を学習してきている。そこで,さかのぼり学習を展開してみた。

 
2.展開

対象生徒  2年理科系コース 30名
指導単元  数学B 第2章第2節ベクトルと図形 2「位置ベクトルと図形」

[問題]
 右の図のように,△ABC があり,2辺 BC,CA の中点をそれぞれ M,N とする。また,2つの線分 AM と BN の交点を G とするとき点 G は線分 AM を 2:1 に内分することを示せ。

 いろいろな方法で考えるため,教材は簡単なものを選んだ。

T: 「まず,中学生になったつもりで解いてごらん」

 難しいようである。どのように手をつけたらよいかわからない生徒,補助線を引いたものの,どうしたらよいかわからない生徒。段階的にヒントを与えて,50%ほどの生徒が解法にたどりついたところで解説。

[解説1]
 2点 M,N を結ぶと,BM=CM,AN=CN で中点連結定理により NM AB かつ AB=2NM,よって △ABG∽△MNG で,相似比は 2:1 だから
  ∴AG:GM=2:1

 「なーんだ,そういえばそうだった。」と生徒の感想。
 しかし,多くの生徒が忘れてしまっていたのである。
 ここで,力学的な視点からの解説。

T: 「この点 G はどういう点?」
S: 「重心」
T: 「三角形の重心ってどんな点?」
S: 「3中線の交点」
T: 「そういうことじゃなくて,内心は内接円の中心という具合に」
S: 「・・・」
「重力・・の・・中心???」
T: 「そう。重力の中心だ。じゃ,それを確かめてみよう」
「では,小学校で習った天秤の復習から。右の図のよう
な天秤,PQ:QR=1:2 さて,左右にいくつずつのおも
りをつければつりあうかな?」
S: 「えーと,・・・左に2個,右に1個」
T: 「点 Q はどんな点」
S: 「・・支・・点」
T: 「そう,支点。支えている点だね」
「支点からの距離と反対の比でおもりをつければつりあう」
「この場合,支点ではおもりいくつ分の重さを支えているかな?」
S: 「3個」
T: 「そのとおり」
「これを三角形に応用してみよう」

[解説2]
 図のように,点 M と点 N を支点と考えた場合,BM=CM だから点 B,点 C にはそれぞれ1個ずつのおもりがつく。CN=AN より,点 A にも1個,さらに,CG の延長線と辺 AB の交点を点 L とすると,点 A,点 B のおもりが1個ずつであるから,AL=BL であることもわかる。点 G はこれらすべてを支えているから,この状態で点 G にひもをつけると,△ABC はつりあっている。3点A,B,C とも1個ずつのおもりがついているのだから,おもりを取ってもつりあっている。
 すなわち,点 G は重力の中心というわけだ。
 さらに,線分 AM を見てみると,点 A におもりが1個,点 M におもりが2個だから,ここからも,AG:GM=2:1であることがわかる。

S: 「おお〜」(歓声)

T: 「次に数学Aでやった方法で考えてみよう」
「何か,おもしろい定理はなかったかな?」
S: 「えーと,チェバの定理」
T: 「それから・・」
S: 「メネラウスの定理」
T: 「そう。ここでは,メネラウスの定理を用いて考えてみよう」

 思ったよりスムーズに生徒達は解いている。定理を忘れた生徒は,友達に聞いたりしている。やはり簡単に解ける定理の威力なのか。

[解説3]
 △ACM と線分 NB におけるメネラウスの定理より,

 

よって

 

 ここで“Time over”以下は次の時間に持ち越しとなった。

T: 「前回に引き続いて今日は数学 II でやった方法で考えてみよう」
S: 「数学 II でやった方法って?」
T: 「解析幾何学,座標上に三角形を置いて・・・」
S: 「そういえばそんなのがあった」
T: 「やってごらん」

 ところがこれが一苦労。解析幾何学は5ヶ月前に学習した内容であるが,実際には重心の証明は学習していない。忘れてしまっている生徒,座標をどのようにとったらよいかわからない生徒。大騒ぎである。段階的にヒントを与えてとりあえず終了。正答率は10%程。解説をする。

[解説4]
 図のように △ABC を辺 BC の中点 M が原点 O,辺 BC が 軸上になるように座標平面をとる。また,A (a,b) ,B (-c,0) ,C (c,0) とすると,
直線 AM の方程式は,

 
直線 BN の方程式は, であることから,

 

整理して,

 

点 G は直線 AM と直線 BN の交点だから,

 

  より,
  AG:GM=2:1


S: 「わー,面倒くさい」「計算が難しすぎる」
T: 「まあ,これも1つの考え方なんだよ」

 そして,いよいよ本題のベクトルである。位置ベクトルを用いての解説。

T: 「それじゃ,この間学習した位置ベクトルを使って考えてみよう」

[解説5]
 CG の延長と辺 AB の交点を L とすると,AL=BL
 点 A を基点とする点 B,点 C の位置ベクトルをそれぞれ とする。すなわち,

 

 BG:GN=s:1 - s,CG:GL=t:1 - t とすると,

 

また,

 

これは等しいベクトルだから,

 

これを解いて

 

ところで

 

分母をそろえて

 
  ∴AG:GM=2:1


S: 「難しいけど,さっきのよりすっきりしてる」
T: 「座標軸がなくなった分,随分簡単になったね」
「このように,1つの問題だけど,いままで我々がやってきた内容だけでもいろいろな解き方が出来るんだ」

S:

「だんだん高度なやり方になっていくみたい」
T: 「そのとおり」
「数学というのは,ただ単に答えが出ればよいというのではなくて,ものの見方や考え方を学んでいるんだ」
S: 「そうかー」
 
おわりに

 私たちは,数学の授業において,時間に追われがちである。このような,さかのぼる指導を各教材ごとにすべてやっていく時間はないのが現実である。しかし,同じような教材を小,中,高と進むにつれて,より高度な考え方で解いているのだということを意識させることは,数学が単に解き方を覚えていく学習活動ではなく,数学的なものの考え方を学び,数学的思考力を養っているのだということを意識させ,さらに,過去に学習したことを想起させるためにも重要なことであると思う。さかのぼる指導を,ところどころで取り入れていくことは有意義であると考える。

参考文献
 藤澤伸介(2002) ごまかし勉強(上・下) 新曜社

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