授業実践記録
待ち行列を微分方程式で解く
鶴見大学附属鶴見女子中学・高等学校
浅香 聡
 
1.はじめに

 数学 III の最後の部分で待ち行列の到着分布を微分方程式を用いて解いてみた。内容は学部3年程度であるが,数学的手法は高校の知識で足りる。微分方程式は1階の変数分離型とその応用で十分である。物理現象を扱うと,すぐに2階の常微分方程式を解くことになり高校生には不可能である。その一方,待ち行列は一見雲をつかむようだが,いくつかの条件を満たせば定式化は比較的容易である。ただ,状況説明には多くの時間をかける必要は生じる。さらに確率現象を微分方程式で記述することは生徒にとって困難であるかもしれない。

 
2.ノート

(1)準備
 待ち行列とは,例えば駅の券売機にできる行列の状況を数学的に解析する方法で,顧客の到着は確率的で一定の法則性はないことが多い。そこで,顧客の到着は確率過程 {N(t),t≧0} に対応し,次の4つの条件を満たすものとする。なお,確率過程とは確率現象が時間により推移するもので,この確率変数 N(t) は,時刻 t に依存し,N(t) は非負の整数値をとる。

a) N(0)=0
b) {N(t),t≧0} は定常独立増分
c) P{N(h)≧2}=o(h)
d) P{N(h)=1}=λt+o(h)

 a) 〜d) の意味は次の通りである。

a) 時刻 0 で誰も到着していない。
b) 顧客の到着はどの時刻をも同じ確率法則で,顧客同士の到着はどれも独立である。
c) 十分に小さい時間間隔 h を考えれば,同時に2人以上の到着はない。
d) 顧客の到着する確率は h に比例する。

 また,事象 A と B が独立であれば,P(A∩B)=P(A)P(B) が成り立ち,これも随所で使われる。さらに,o(h) は,h を第一位の無限小とするときに,h よりも高位の無限小の項を表すので,定数係数や正負の違いは影響がないと考える。

(2)微分方程式を解いてみる
 時刻 t までに k 人の顧客が来る確率を次のように書き,時刻 t から微小時間 h を経過した時刻 t+h の確率を示す。
  P{N(t)=k}=Pk(t)
まず,顧客が1人も到着しない P0(t+h) を考える。

P0(t+h)
=P{N(t+h)=0}
=P{N(t)=0,N(t+h)-N(t)=0}
=P0(t)・P{N(t+h)-N(t)=0} …(独立増分)
=P0(t)・P{N(h)=0} …(定常増分)
=P0(t)・[1-λh-o(h)]
=P0(t)-λhP0(0)+o(h)

ただし,
  P{N(h)=0}=1-P{N(h)=1}-P{N(h)≧2}=1-λh-o(h)
これより,微分方程式の形にして解くと次のようになる。
  
   だから
 ∴ P0(t)=e-λt

 これは初期条件 P0(0)=1 のもとで解いており,時刻 0 から t までの間に誰も顧客が来ない確率を示している。次に,この結果をもとに時刻 t までに k 人の顧客が到着する確率 Pk(t) を求める。前述と同様に, Pk(t+h) から導く。

P0(t+h)
=P{N(t+h)=k}
=P{N(t)=k,N(t+h)-N(t)=0} …[1]
+P{N(t)=k-1,N(t+h)-N(t)=1} …[2]
P{N(t)=k-i,N(t+h)-N(t)=i} …[3]

([1] の項) =P{N(t)=k}・P{N(t+h)-N(t)=0}
=Pk(t)・P{N(h)=0}=Pk(t)[1-λh-o(h)]
([2] の項) =P{N(t)=k-1}・P{N(t+h)-N(t)=1}
=Pk-1(t)・P{N(h)=0}=Pk-1(t)[λh+o(h)]
([3] の項) =o(h)(時間間隔 h に2人以上到着することはない)

以上をまとめて同様に微分形式に直すと,
  Pk(t+h)=Pk(t)-λPk(t)+λPk-1(t)
   Pk(t)=-λPk(t)+λPk-1(t)
さらに,両辺に eλt をかけて整理すると,
  eλt Pk(t)+λeλt Pk(t)=λeλt Pk-1(t) …[4]
   {eλt Pk(t)}=λeλt Pk-1(t) …[5]
 [4] の左辺は [5] の左辺の形にまとめられるので,今度は k=1 から漸次,P0(t)=e-λt 及び初期条件 Pk(0)=0 をもとに解いていく。
   {eλt P1(t)}=λeλt P0(t)=λeλt e-λt
 ∴eλt P1(t)=λt+C (Cは定数) よりP1(t)=λt e-λt
 同様に k=2 のとき, である。
 さらに,k=n のとき, を得る。なお,一般的な k=n の場合は数学的帰納法で確認する。この分布はポアソン分布であり,この到着の仕方をポアソン到着という。また,この分布の平均及び分散は次の通りである。練習問題としてもおもしろい。
 E{N(t)}=λt,Var{N(t)}=λt

(3)例題
 ある店に到着する顧客は1時間当たり2人の割合でポアソン到着に従う。午後1時から午後4時間での3時間に顧客の訪れる次の確率を求めよ。
 a) 誰もこない。 b) 3人来る。 c) 6人来る。

解) a) P0(3)=e-2×3=e-6=0.00248
b) P3(3)=36e-6=0.0892
c) P6(3)=64.8e-6=0.161
 
3.まとめ

 ここで扱ったのは微分差分方程式である。k=0 について解を求めてからそれをもとに, k=n の解を漸次順番に求めていくので,遠回りではあるが地道にたどれば,高校生でも決して無理ではない。以下に指導上の留意点などをあげる。

[1] 紙面の都合で,よりていねいでより詳しい説明部分を掲載できなかったことが残念であった。
[2] 基本的な独立の概念を十分理解させ,立式のための状況の把握をしっかりとすることが大切である。
[3] 微分方程式の解法は変数分離型で容易だがじっくりと扱いたい。
[4] 時間配置は,立式のための状況説明に1時間,具体的な解法と若干の例題さらに今後の展望に2時間程度が目安である。できれば変数分離型での解法練習で1時間取れればよい。
[5] ポアソン到着は物理現象と異なり決定論ではないが,微分法手式としての解法は比較的容易で問題がない。結果にも驚きも大きい。
[6] 待ち行列はポアソン到着入り口にすぎない。顧客の到着時間間隔分布やサービス時間分布,複数サービス窓口の設定など取り扱ってこそ真価が発揮される。また,それにより形成される行列の性質もより明らかになる。その事実を生徒に知らせることも重要である。
[7] 内容的には以下の参考文献によるところが大きい。

参考文献
「応用確率論」依田浩,尾崎俊治,中川覃夫(朝倉書店)
「応用確率論」西田俊夫(培風館)
「待ち行列システム理論」クラインロック著 手塚・真田・中西訳(マグロウヒル好学社)
“OPERATIONS RESEARCH:Methods and Problems”
M.Sasieni A.Yaspan L.Friedman(John Wiley & Sons)
“Elements of Applied Stochastic Processes”
U.N.Bhat(John Wiley & Sons)