授業実践記録
「無限小量とは何か」の問いに答えて
武蔵工業大学付属高等学校
田口哲夫
 
1.はじめに

 大学の授業において,微分積分における収束発散の議論は,εーδ論法でなされ,高校においても微分積分は,『直感的に理解しておけ』など,意味をもたせずに dy は『単なる記号』,さらには,dy/dx (ディy ディx と読む) は有限確定値の極限値であるから dy dx で切り離すことはできないと教えている先生も多い.
 その後,いくつかの計算,特に逆関数の微分ではあたかも分数のように計算し,置換積分において dy dx は無理矢理切り離され生徒は記号の魔術にかかり『計算の結果さえあたればよいという』大胆な生徒も出現してくる.このことで,本来の数学教育が崩壊していくはめにある.ここに,自然現象を捉える学生への解析学の基本定理である無限小解析をオイラーにならって導入してみよう.まさに,高校生の数学IIIC の授業において,微分積分の想像をかき立てる局所的性質を納得するのに,直感的量の無限小量を考え無限小解析を導入する試みである.
 
2.無限小超実数の定義導入

 あらゆる正の実数 r に対して,|ε| < r が成り立つとき,εを無限小超実数と呼ぶ.

注)ある実数 r に対して |ε| < r が成り立つとき,εを有限超実数と呼ぶ.さらに,どんな実数に対しても |ε| > r となるとき,εを無限大超実数と呼ぶ.
 正の無限小超実数εに対して,

      は無限小,は有限,は無限大である.

 二つの超実数 x, y に対し,xy が無限小のとき, xy は無限に近いと言い,xy と書く.
 ここに,普通の実数は,カントールの基本列による定義やデデキントの切断による定義があるが,超実数 R* とは18世紀のロビンソンによって,実数より大きな集合を定義するのである.この体系を導入し,無限小や無限大も数として認めようというものである.よって,0に近づく実数列 Δx があって,ここに0に限りなく近いが0とは異なる数である無限小超実数 dx が存在するとして

      

と定義する.よって,無限小超実数と無限小超実数との比が極限であると定義される.
 詳しくは,キースラ著の無限小解析によって,無限小顕微鏡を導入することとなる.P (a, b) を超実平面の点,δを正の無限小とする.
 点 (u, v) を (ua, ub) に移す平行移動と,点 (u, v) をに移す倍の引伸し写像との合成写像 m を,焦点 P のδ無限小顕微鏡と言う.

 さて,関数の勾配を無限小顕微鏡でみることにしょう.
S を実数として,S =f ' (a)となるのは,任意の0でない無限小Δx に対して 
       f (a+Δx ) f (a)+SΔx  ( Δx に比べて)
つまり,曲線 y= f (x) 上の点 (a+Δxf (a+Δx )) と,点 (af (a)) を通る勾配の直線上の点 (a+Δxf (a)+SΔx ) とが Δx に比べて無限に近いときである.焦点 (af (a)) の任意の無限小顕微鏡の中では y= f (x) が勾配の直線のように見える.

 曲線と接線とは,焦点 (af (a)) のΔx 無限小顕微鏡では識別することはできないが,焦点 (a+Δxf (a+Δx )) の (Δx )2 無限小顕微鏡でみれば誤差が識別できる.つまり勾配 S の直線と y= f (x) とは平行に見える.
ここで,

      

であるからとなる.これを「微分商」と呼ぶ.
 その無限小超実数との比を A とおくと,dy=Adx となり,Adx の係数となるから微分係数と呼ぶのである.
 いわゆる,Δx 無限小顕微鏡で識別して誤差の部分を無視した結果である.
 三角関数において,下の図を見てもらいたい.
 Δθが0でない無限小の場合,点 (cosθ,sinθ) を焦点とするΔθ無限小顕微鏡を使用し,円弧は直線に見えて弦と区別されない.
したがって Δ(sinθ)(cosθ)ΔθΔ(cosθ)(ーsinθ)Δθ
よって, d (sinθ) = (cosθ)d θd (cosθ) = (ーsinθ)

 
3. 微分dy(ディy)(differental)の計算公式

 pqrs を変化量,a を定量とおく.
(1)da = 0(定量は変化しない量)
(2)q = ap を微分すると,dq = a (p+dp) ーap =a dp
(3)d (p + q + r + s +…) = dp + dq + dr + ds +…(線形性)
(4)u = pq を微分すると,
     du = (p + du) (q + dq) ー pq
      = pdq + adp + dpdq
      = pdq + adp
dpdq dpdq に対して高位の無限小)
(5) (とおいて(4)を利用)

例(4)を利用して以下のような計算となる.

  

  dx の2次以上の項は高位の無限小より
  d (xn) =nxnー1dx
  d (cos x) = cos (x+dx)ーcos x
      = cos x cos dx ー sin x sin dx ー cos x
      = cos x ー sin xdx ー cos x = ー sin xdx
  ここで,sin dx =dx ,cos dx =1とする.
  d (sin x) = sin (x+dx)ーsin x
      = sin x cos dx + cos x sin dx ー sin x
      = sin x + cos xdx ー sin x = cos xdx
  d (sin3θ) = sin2θ d (sinθ)+sinθd (sin2θ )
      = sin2θ d (sinθ)+sinθ{sinθd (sinθ ) + sinθd (sinθ )}
      =3sin2θ d (sinθ)
      =3sin2θ cosθdθ

 対数関数や指数関数や合成関数についても上の公式を利用され,このような計算が本来,微分計算と呼ぶことになる.
 このような導入をすることによって,大学教養課程『全微分』へと進む.

 さて,近似式(テーラー展開)からの導入では高校では一般に次のように導入しているであろう.


 関数 f (x ) において,xx0 のとき
    f (x )A0 +A1(xx0) +A2(xx0) 2+A3(xx0) 3+…(*)
これらの係数は
   
 といった具合に求められる.
 A0=f (x0 ) であるから (*) を次のように変形する.
    f (x )ーf (x0 ) A1(xx0) +A2(xx0) 2+A3(xx0) 3+…
   ここで,Δy=f (x )ーf (x0 ) ,Δx=xx0 とおいて
   Δy A1Δx+A2(Δx) 2+A3(Δx) 3+…
 
 このΔx の2次以上の項(高位の無限小)を切り捨ててしまった変化が,dy=A1dx となる.
  f (x ) の変化Δy の2次以上の項を切り捨てて正比例の部分のみを抜き出し dy=A1dx としている.『一次近似の世界』などと呼んで授業する.つまり,上述した (Δx) 無限小望遠鏡は正比例の部分を抜き出した作業にすぎないのである.

 
4.無限小解析を授業展開

例1 無限小解析を導入するには,カージオイドやレムニスケートの面積  や弧長を極座標で求めるのが最も一般的である.
 カージオイドに対して
     であり,r (θ) = 1+ cosθである.
極座標では,r (θ) = 1+ cosθである.

 (Δx) 無限小望遠鏡を利用し,図形 OPQ を扇形 OPQ と見て,
   無限小量   となる.
 しかし,弧長を求めるときに,扇形と考えて dl = rdθとすると大きな間違いとなる.
 ここで,r (θ+) r (θ)+r' (θ)であるから dr = r' (θ) であることに注意する.
よって となる.
  dr = d (1+ cosθ)= d (cosθ)=(sinθ)より
これらを0からまで足しあわせて
    

例2 山口大学理学部数理学科の2001年の問題である.
  点Pは , 点Qは,
である.線分PQがの範囲で通過する領域の面積を求める.
 (Δx) 無限小望遠鏡を利用し,図形PQQ'を三角形PQQ'と見て, 図はこのようになる.

dt 秒後に,になる.

 ところで,に平行になっている.
  つまり,
よって,点Pから点P'の変化は,面積に影響しない.
三角形PQQ'の面積だと考えてよい.
  
  求める面積
 と求めると簡単に求められる.

例3 レムニスケートの弧長をオイラーの微分にならって計算してみよう.
   であり,このとき
極座標  
  よって
      無限小量 
ここで,dx = cosθdr r sinθdθdy = sinθdr +r cosθdθとなる.
  
  となる.

 
5.終わりに

 高校数学から,一次変換,微分方程式が消え,『線形性』『変数分離形』『同次形』という難解な言葉が教科書や参考書からなくなってから十数年が経過した.微分のもつ本来の瞬間的な意味も強調されなくなり,さらに,大学入試では数学 II ・Bまでの範囲で受験する生徒やAO入試学生も増える中,『置換積分』『部分積分』の計算すら完全に解答できない生徒も急速に増えている.
 これは,我々教師が数学の微分積分の分野でしか捉えることのできない『無限小の世界』を無視して,極限や計算力に対する詰め込み知識しか学生に与えてこなかったからであろう.工学や理学者での利用する立場から現象をもう一度考えなおすべき時期にきていると感じる.高校生に特に想像をかき立てる,数学者コーシー以前の『オイラーの無限小解析』にもどって講議することこそ大切ではないか.
 特に,無限小超実数の定義や,例題1,2で無限小量を利用するときの間違いやすい点,さらに,オイラーの微分は大学1年次の『全微分』につながっていくことを強調しておきたい.
 教科書を早く終わらせることに周知して大学入試のためのパターン問題演習に入るといった高校も今後増えていく一方にある中,『εーδ論法』とはいかないまでも,局所的解析を納得させる授業技術を心掛けていかなければならないと思う昨今である.

[参考文献]
1,dx dy の解析学 高瀬正仁著
2,無限小解析の基礎 キースラー著 齋藤正彦訳