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『[植物まるかじり叢書 1]
 植物が地球をかえた!』
著者:葛西奈津子
監修:日本植物生理学会
発行:(株)化学同人
四六判 168ページ
定価1260円(本体1200円+税)
 本書は、日本植物生理学会が企画監修する「植物まるかじり叢書」全5巻の第1巻です。読者として想定しているのは、高校生、大学1〜2年生、初等・中等教育関係者、一般の社会人です。高校生にも理解できるように高校の教科書レベルの記述を出発点としつつも、学問的な内容はそのままに、植物科学の第一線の息吹を感じられる本をめざしました。
 第1巻のメインテーマは、動物を含む地球上のほとんどすべての生命の究極のエネルギー源「光合成」です。サイエンスライター葛西奈津子さんが、8人の研究者を研究室に訪ねてレクチャーを受け、そのレクチャーと質疑応答をもとに各章を書きました。全8章の内容は、地球に酸素をもたらし地球環境を大きく変えてきた植物のやってきたこと、細胞内共生による光合成生物の進化と大型のコンブの仲間の生態の不思議、海におけるプランクトンの光合成生産や漁業の問題、植物が作った酸素が光合成のカルビンサイクルを阻害するジレンマ、地球を覆いつくすスーパープラントは存在せずにいろいろな植物が棲んでいるわけ、今世紀には100億人に達しようとする人類を支える農業の可能性、光を吸収するクロロフィルの進化と多様性、地球環境変化と植物(章順)となっています。
 えてして難しくなりがちな研究者自身の文章に比べて、豊富な図表やイラストを援用して、わかりやすく伝えることに成功していると自負しております。研究現場の雰囲気も感じることができるだろうと思います。多様な植物の存在を理解する上で不可欠な、植物がある環境において繁栄するために何かの性質を増強しようとすればかならず他の性質を犠牲にしなければならないという「トレードオフの掟」が、副旋律のようにくり返し出てくることも特徴だと思います。教科書の解説とはまた異なる生態学的な視点からの記述が、新鮮に感じられると思います。
 この本を読んでいただくことにより、若い人々が植物科学に興味をもち、自ら植物科学の諸問題を解決したいと思うようになってくれることを願っています。飽食の時代といわれていますが、現在の地球環境変化と人口増加とを考えると、われわれの生活や食糧の維持や獲得は、実は危うい綱渡り状態にあります。一般の読者にも、この状態とそれに立ち向かおうとする植物科学の重要性を理解していただきたいと思います。

(東京大学大学院理学系研究科教授・寺島一郎)