地学授業実践記録
雲の実験あれこれ
慶應義塾高等学校
松本直記
 
1.はじめに

 なかなか演示実験のやりにくい地学ですが,気象分野には楽しい実験がたくさんあります。特に大気の性質や,雲粒の発生・成長には,生徒が思わず「おぉ!」と歓声をあげる実験がありますので紹介したいと思います。
 
2.大気の断熱変化

 空気を圧縮したり膨張させると温度変化を伴う断熱変化。断熱圧縮の演示には,「圧気発火器」が効果的です。教材商品としても販売されていますので,比較的簡単に準備することができます。ただし,若干の熟練が必要ですので,予備実験は欠かせません。


図1 圧気発火器
島津理化と中村理科からそれぞれ発売されている。写真は島津のもの。

 力むとまっすぐにピストンを押せないので,力まず垂直に押し込むのがコツです。また,燃やすワタ(ティッシュの切れっ端でも可)は,心配なくらいにほんの少しで大丈夫です。
http://www.shimadzu-rika.co.jp/kyoiku/butsuri/netsu/127_657.html

<動画> 圧気発火器1
<動画> 圧気発火器2

 断熱膨張の実験は,炭酸飲料の気が抜けないようにペットボトルの飲み口にねじ込める加圧ポンプが有名です。何種類か同じような商品があるのですが,「Fizz Keeper」というものが一番良いようです。この商品も個体差があって,うまくいくものといかないものがあるので,いくつか購入して良いものを把握しておくのがよいと思います。
http://www.agport.co.jp/products/houseware/kitchen/ez_cap.html

図2  断熱膨張実験に使うペットボトル用ポンプ
本体にはFizz Keeperと書いてあるが,商品名は「炭酸抜けま栓」

 この演示は,断熱膨張によって,[1] 温度が下がり,[2] 水蒸気が飽和に達し,[3] 結露して,[4] 雲粒ができる,というストーリーです。しかし,段階が多すぎるので「温度が下がる」部分を切り離した方がいいと思います。
 演示で温度を見せるのは難しいのですが,温度シールを使えば簡単に示せます。表示が小さいので多人数に対して行うときには実体提示装置で映しながらの演示になると思います。


図3 液晶を利用したシール式温度計
10枚セットで中村理科から販売されている。
切ってペットボトルに入れてもよし,
シールになっているのでペットボトル表面に貼ってもよい


図4 ポンプをセットしたペットボトル

 まず,温度が下がることを示し,次にFizz Keeperのポンプでペットボトルの空気を圧縮し,雲をつくる実験を行います。このとき,使用するペットボトルは必ず炭酸用のものを用いること。お茶などの普通のペットボトルだと破裂して怪我をする危険性があります。
 湿度の高い夏場だと,ペットボトルの内側を濡らさなくても雲粒ができてくれますが,冬場はさすがに厳しいようです。

<動画> 断熱膨張
 
3.雲粒の発生

 雲粒が発生するには,気体から液体への状態変化のきっかけとなる凝結核の存在が重要です。ペットボトルとFizz Keeperの実験で,凝結核として線香やマッチの煙を入れて再実験すると,煙を入れないときよりたくさんの雲粒ができることが観察できます。しかし,この実験の欠点は時間がかかることです。かなり頑張って空気を入れないと雲粒ができないので,同じ実験をくり返すことも手伝って間延びしてしまいます。
 そこで,写真のような実験道具を利用しています。WARD'Sという教材会社の Cloud-Forming Apparatus という製品です。
http://wardsci.com/product.asp?pn=IG0004010


図5  Cloud-Forming Apparatus

 持ち手の部分を握ったり,緩めたりすることで,フラスコ内部に温度変化を生じさせて雲粒をつくろうというものです。ただ,フラスコの内側を水で濡らしただけでは,ニギニギしても雲粒はできません。ピンチクランプを外し,ぎゅっと握った状態でゴム管の所から線香やマッチの煙を入れてやると,ぱっと握り手を緩めた瞬間にフラスコ内に雲粒ができます。再び握ると内部が昇温して雲粒は消えます。このように非常に反応性がよいので,効果的に現象を見せることができます。

<動画> 雲発生器1
<動画> 雲発生器2

 雲粒と凝結核の関係で,「過飽和」という言葉が出てきます。過飽和を起こしやすい物質としては酢酸ナトリウム水溶液があります。フラスコに高濃度水溶液をつくっておけば,常温では過飽和の状態になりますので,フラスコが割れないようにプラスチックのゴミ箱にでもたたきつければ,瞬時に水溶液から固体が析出して固まります。状態変化をするときに「きっかけ」が必要だ,という実例を示せるのですが,なかなか準備が大変です。
 この現象を手軽に見せられる商品を見つけました。化学や物理の世界では前から知られていたようですが,酢酸ナトリウム水溶液をパックしたカイロです。中に,パチンと鳴る金属のボタンのようなものが入っており,これを鳴らすとその衝撃が「きっかけ」となって,みるみる酢酸ナトリウムの結晶が成長していきます。
 「エコカイロ」という商品名で流通しているようなので,インターネットで検索をすると簡単に見つけることができます。


図6 エコカイロ
とても安価に入手可能。固まったら湯煎して溶かすとまた使用可能になる。

<動画> エコカイロ
 
4.過冷却水と氷晶の成長

 中・高緯度の代表的な降水過程である「冷たい雨」では,過冷却水滴と氷晶が混在していることが重要です。氷点下になったらたちまち凍ってしまうと思っている生徒は多いので,状態変化するにもきっかけが必要であることを実際に見せたいところです。
 過冷却水をつくるのは,温度管理が難しくなかなか苦労します。しかし,氷と食塩を寒剤にして,水を入れた試験管を冷やすと,比較的短時間に過冷却水をつくることができます。試験管は良く洗って汚れのないものを使います。水は水道水でかまいません。温度計も良く洗っておきます。失敗してもいいように何本かセットを用意しておくと良いでしょう。水温が−3℃〜−4℃になったら,静かに温度計を抜き,寒剤から取り出します。


図7 試験管の水を寒剤で冷やす


図8 過冷却水
−5℃を下回るとわずかな衝撃でも凍ってしまうので頃合いを見計らうのが重要

 状態変化の「きっかけ」として,小さな氷粒を試験管に投げ入れます(図9)。すると,試験管の中の過冷却水はたちまち凍ります(図10)。


図9 氷の粒を入れる


図10 瞬時に凍る

 昨今,「過冷却冷蔵庫」というものが流行っているそうです。
http://www.magiquoal.com/
 バーでカクテルなどのボトルをこの過冷却冷蔵庫で冷やしておくと,グラスに注ぐときにその衝撃でシャーベット状に変化するので,おもしろい演出として飲食業界で話題になっているとのことです。
 ペットボトルに水を入れてこの冷蔵庫で過冷却状態にしたところを,ヒザにたたきつけるなどで衝撃を与えると,たちどころに凍ります。科学館の実験教室で演示実験をしたことがありますが,大人にも子供にも大好評でした。
 しかしながら,過冷却冷蔵庫はかなり高価な商品です。安価な−5℃に温度管理ができる冷蔵庫があればいいのですが,かなり探したのですが見つかっていません。もし,安価なこのような商品をご存じでしたらお教え下されば幸いです。

 
5.おわりに

 授業で取り扱う対象がとても大きかったり,イメージしづらいものが多かったりと,可視化には苦労する地学の内容ですが,気象の授業では現象そのものを見せられるので,いろいろと演示実験を織り交ぜながら授業展開することを心がけています。その中で,雲関連の演示実験を紹介させていただきました。有名なものばかりですが,何かがお役に立てば幸いです。
 なお,Cloud-Forming Apparatus の実験は桜美林大学の坪田幸政先生に,過冷却水の実験は東京学芸大学附属高校の須藤俊文先生にご指導いただきました。どうもありがとうございました。