実践研究 物理
ファインマンタービンはどちらに回る?
千葉県立千葉南高等学校
朝 生 邦 夫注1

 「ヘロンの反動(蒸気)タービン」が「作用反作用」の実例として取上げられるが,「作用反作用」は力の働く場合の2物体の相互作用をいうものであるから,この例だけではなく,いつでもどこでも成り立っているのだ.ヘロンのタービンだけを特殊な例として挙げるのは,この法則が特別の時にだけ成り立つものだという誤解を生徒にあたえかねない.

ヘロンのタービンを逆運転すると

 ところで,この「ヘロンの反動タービン」で蒸気や水を「逆に吸い込んだらどちらに回るだろうか」と考えたのが,若き日の物理学者ファインマンであった.彼は,ナチスの鍵十字のような「十字腕」を瓶に入った水の中に沈め,圧を加えて水を逆流させようとした.瞬間,このタービンはピクリと動いたが,瓶が爆発して,結局その結果を確かめられなかったという.注2
 「何かうまくやる方法はないだろうか?」「同じ流体の空気中でやれば簡単かもしれない」と,空きビール缶に,軽いガスホースカバー用のアルミ箔パイプの2本腕をつけて,電気掃除機で空気を吹き出し吸引する試作品を作ってみた.

ファインマンタービン

 この実験結果はおもしろいものであった.まず従来の「ヘロンのタービン」を再現できるのはもちろんである.掃除機やブロアー(ヘアードライヤーで代用可)で弱い空気を吹き出すと,まさに「ヘロンの反動タービン」のように回転する.
 では,次に「空気を腕(アーム)から吸い込んだらどちらに回るか?」.実験をして確かめる前に予想をしてみると,物理を少しでもかじったことのある人達は,ほとんど「吹き出すときと同じ回りかたをする!」と答える人が多かった.なぜなら,「腕に入ってくる空気の運動量変化(その反作用が腕にかかる!)は,吹き出すときと同じだから」というものである.さっそく実験すると,あ〜ら不思議!缶は吹き出すときと反対向きに回り出すのである.子どもや生徒が,何も考えずに「吸うのだから,吹き出すときとは反対に回るだろう…」という単純な予想が当ってしまった.腕はまるで吸い込む空気を追いかけてつかまえに行くように回るのである.子どもの直感では満足できない物理屋は,その理由を考察することになる.「ウ〜ン,そうか!これは流体力学だぞ.ベルヌーイの定理だ!流速の大きいところは,圧が小さいのだ.一方外部の大気圧(静圧)は大きいから,腕の断面積にかかるこの圧力差の方が空気の運動量変化より大きいので逆転するのだ!」ということになる.「これはおもしろい現象だ!よし,では,この風車を“いわれ”を尊重して“ファインマンタービン”と名づけよう」ということになった.
 この理論が正しければ,腕の断面積の大きい方がよく回りそうである.ビール缶に軽いL型雨樋をつけて断面積を広げると予想通りよく回った.これを発展させて,「ただ缶を切って羽根(フィン)をつけるだけでもよい」と改良が進んだ.アクリルパイプや紙筒を斜めに切っただけでも,うまく回転することがわかった.ペットボトル経由で空気を吹き出し吸入して,口径が偶然にもぴったりのフィルムケースを上にかぶせてファインマンタービンを簡単,手軽に作り出すことができる.羽根も2枚のもの,4枚のもの…等々簡単にカッターナイフ1本でできるようになった.これらは,遊びの中で出てきた生徒達のアイデアであった.(さらに目薬の空瓶を利用して超小型ファインマンタービンも開発できた.)
 それでは,この「フィルムケース型ファインマンタービン」を使って,回りかたの条件を解説してみよう.

ヘロンタービンとして(吹き出し)

    (1)このときは,運動量変化の寄与の方が大きいので左回り(順回転)する.
    (2)羽根を少し斜めに,曲がり方を緩くすると,あるところで回転しなくなる.これは運動量変化と圧力差とがキャンセルしあって,トルク0になったためと考えられる.注3
    (3)羽根を垂直にすると,圧力差の寄与の方が大きくなり,右回り(逆回転)するようになる.「吹き出し」でも逆回転することに注意.びっくりする現象であろう.
    (4)羽根を吹き出し口より反らせると,さらに逆回転が強くなる.

ファインマンタービンとして(吸い込み)

    (1)′圧力差の寄与が運動量変化より大きくなり,はじめから右回り(逆回転)する.
    (2)′(3)′(4)′ともに逆回転する.
    (2)′→(4)′と逆回転度は大になる.

[結論]

 以上の結果をまとめると次のようになる.「ヘロンの反動タービン」も「ファインマンタービン」もいずれも本当は,[1]流体の運動量変化による寄与分と,[2]流体の圧力差による寄与分との2つの要素があったのであり,吹き出しのときは[1]の寄与分が大きかったので[2]の効果が認識されるに至らなかったといえる.それが「ファインマンタービン」によって,2つの効果がよく見えるようになったというわけである.

水の中でもファインマンタービン

 さて,最後にファインマンがやってできなかった水中でのタービンの回転にチャレンジしてみた.原理は,超小型「目薬型ファインマンタービン」をペットボトルの中に入れて,連通管の仕組みでタービンの水を出し入れするだけの簡単なものである.回転をスムースにするために,目薬のポリ容器の上部にビーズを入れるとよい.これで,ファインマンが果たせなかった実験が完成し,その結果,彼の予想をくつがえす見事な逆回転が見られたのである.

注1 研究協力者  大村吉郎/石井信也/菅井修/鎌形豊
注2 「さようならファインマンさん」パリティ編集委員会編・大槻義彦編集「若き日」ジョン・A・ウィーラー,“割れたビン”より.
注3 「曲がったストローに空気を吸い込むと,運動量変化による反作用の他に圧力差の寄与があり,両者はキャンセルして動かない」(レオナルド・フー:American Journal of Physics,pp.307-308,April 1988)とあるが,これは私見では観察不足といえよう.実験条件を整えれば,本稿のように逆転可能である.

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