物理授業実践記録
簡易分光器の製作と
光のスペクトル測定の生徒実験
〜不要VHSビデオカセットを利用して〜
兵庫県立東播工業高等学校
森本雄一
 
1.はじめに

 ニュートンはプリズムを用いて太陽光を分光し,赤から紫までの色の成分を含んでいることを示した。以来,分光実験は光そのものの研究のみならず,炎色反応による元素の分光分析から,原子構造の解明まで大きな働きをしてきた。特に回折格子による分光は,天体物理に応用され,光のドップラー効果による赤方変位から,宇宙の膨張が発見されるなど,現代においても重要な測定手段となっている。これらのことから,分光実験は物理の学習には不可欠なものと思われる。
 プリズムを使った分光器は高価であるため,生徒実験には厚紙と分光シートを用いて作る簡易分光器の実験が教科書でも紹介されている。今まで,この方法で製作させ実験を行っていたが,工作自体に時間がかり,生徒全員が波長の定量的な測定に使える分光器を作ることは困難であった。そこで,寸法が規格化された堅牢なVHSビデオカセットを利用して,簡易分光器を製作し,光の波長を測定する実験を行ったので紹介する。
 
2.不要VHSビデオカセットを利用した簡易分光器の製作

 材料 不要VHSビデオカセット,分光シート(530本/mm),黒画用紙,デジカメ写真用紙(Lサイズ),ボール紙,セロテープ,両面テープ

(1) ケースの加工(本体が黒色のものを使う)
[1] VHSビデオカセットの図1で示した位置に,ドリルを使って直径6mmの穴を開ける。(採光用,目視用)

図1
[2] 裏側のネジを外し,中のテープや部品を取り出す。
[3] 下側の箱の仕切りになっているプラスチックを,ラジオペンチを使って折りとる。
[4] 下側の箱の丸い穴(2カ所)に,内側から黒画用紙をセロテープで貼り遮光する。(写真1参照) 
[5] 図1のように上側の箱の透明窓(2カ所)に,一方は裏から,もう一方は表から黒画用紙を貼り遮光する。この時,採光側は一辺だけにセロテープを貼り,開閉できるようにする。
[6] 下側の箱の短辺・内側に,両面テープで目盛板ユニットを貼り付ける。(写真2)この時,採光穴の中央に,目盛板ユニットのスリットの中央がくるようにする。
写真1 写真2  写真3
[7] 目視用の穴に分光シート(レプリカグレーチング)をセロテープで貼る。(写真3)
[8] 上下の箱を合わせ,ネジ止めする。
[9] スリットの光線を覗きながら,スペクトルの線が垂直になるように,分光シートの傾きを調整する。

(2) 目盛板ユニットの製作 
[1] 図2のように外形8cm×1cmで1mm間隔の目盛りを印刷した目盛板ユニットをプリンターでL版写真用紙に印刷する。G.Crewというソフトを用いたが,寸法通り印刷できるソフトであれば用いることができる。
[2] スリット(塗りつぶした中の白線部分)をカッターナイフで切り取る。
[3] 厚さ2mm程度の段ボール紙か,厚紙で目盛板と同じ寸法の台紙をつくり,パンチなどで穴を開けておく。

図2
[4] これに目盛板を両面テープで貼り付ける。 
※ ビデオカセットにより,段差が異なるので,高さ調整と補強のため厚紙を当てる。
 
3.実験(生徒実験)
−3色タイプ蛍光灯のスペクトル観察と波長の測定−

 最近の蛍光灯は,赤,緑,青の光の三原色を出すものが増えている。これは線スペクトルが観察しやすいので,製作した簡易分光器を用いて,3色タイプ蛍光灯のスペクトルを観察し,赤,緑,青の輝線の波長を測定する生徒実験を行った。
−準備するもの−
電卓,アルコールランプ,食塩,3色タイプ蛍光灯

(1) ナトリウムD線による格子定数Dの補正
 
回折格子は温度や湿度により伸び縮みするので,ナトリウムのD線のスペクトル約589nmを簡易分光器で測定し,格子定数を補正する。
[1] 暗室にした実験室で,燃料用アルコールに食塩を溶かしたアルコールランプの炎を使って,ナトリウムのスペクトルを観察させる。(図3参照)
[2] D線が見える分光器の目盛りを読み,計算から格子定数の実験値を求める。
(図4参照)


図3


図4

※ 簡易分光器の採光側の遮光用黒画用紙を上に開けることにより,外光を取り入れ,目盛板の数値を読むことができる。

(2) 3色タイプ蛍光灯のスペクトル観察と波長の測定
[1] 3色タイプ蛍光灯のスペクトルを簡易分光器で観察する。
[2] 線スペクトルの位置を測定する。
[3] (1)で求めた格子定数を使い,赤,緑,青の輝線スペクトルの波長を求める。
[4] 太陽光,携帯電話の画面や,テレビ,パソコンの画面などを観察する。


図5 実験例

 
4.実験の様子と結果

 2年生のクラス(機械科40名)と3年生の選択クラス(9名)で,生徒実験を行った。
3年生は一人1個,2年生は二人で1個製作し,生徒は製作に熱心に取り組み,製作した分光器を使って,スペクトルを観察することができた。蛍光灯の他,太陽光,携帯電話の画面や,テレビ,パソコンの画面を観察し,画面が3原色でできていることを確認し,スペクトルの観察には非常に興味を持ったようである。また,計算の苦手な生徒でも,分解や加工,工作の過程自体を楽しむことができた。
 課題としては,分光器の製作とスペクトルの観察に時間がかかり,時間内に計算ができた生徒が少なかったことがあげられる。特に,三角形のネジを使っているビデオカセットがあり,分解に時間がかかった。あらかじめ,分解してネジを外しておくなど,生徒の作業工程を省略すれば,製作時間が短縮され,時間内に実験が完了できると思われる。今回は,時間の関係で1時間に製作と測定実験を組み込んだ。もし,時間に余裕があれば,製作と定性的観察(1時間),格子定数の補正と波長の測定実験(1時間)とするのが望ましい。
 この分光器のメリットは,
ア  規格化されたビデオカセットを利用するので寸法誤差が少なく,正確であること。
イ  定性的な観察と,定量的な測定器の性質を兼ね備えたものであること。
ウ  一度作れば,壊れにくく,保管しやすく,長く使えること。
エ  廃品利用で安価であり,資源のリサイクルができること。

また,授業での利用方法として,
ア  製作と観察中心の授業(生徒が製作)
イ  測定と計算中心の授業(製作済みの器具を使う)

というように,生徒の状況に応じて活用することができる。どちらのタイプの授業でも,生徒にとって楽しく充実した内容の授業にすることができると思われる。

 
5.おわりに

 このVHSビデオカセットを利用した簡易分光器は,兵庫県で行われた「数学,理科 教材・教具コンテスト2007」で教育長賞を受賞したものである。このコンテストの目的の一つは,教材・教具の広範な普及・共有化を図ることである。今後,メディアのDVD化が進み,VHSビデオカセットの廃棄が増えることが予想され,無料で大量に入手することができると思われる。これをリサイクルして活用し,簡易分光器として学習に役立つよう,さらに短時間で製作できる方法と授業での活用法を研究していきたいと考えている。