物理授業実践記録 |
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ナチュラリストのための物理学 −他教科に広がる物理教育の試み− |
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駒澤大学高等学校 常勤講師 宮林 稔 |
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1.博物学への憧れ
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物理に限らず、自然科学の面白さは「Sense of
Wonder」、すなわち自然への驚きにあります。 例えば、私たちはなぜ地球が自転していることに気づかないのでしょうか?足元が動いているのか止まっているのか、そのちがいは見た目ですぐわかりそうなものです。でも、実際にこれを見分けるのは難しい。 この謎を解いたのは16世紀のガリレオ・ガリレイという人物ですが、彼がこの発見をした日から、世界は一変してしまったにちがいありません。 私はガリレイが活躍していた頃の時代が好きです。博物学的な好奇心に満ちていて、科学もまだ現在ほど細分化されていませんでした。 物理は物理、地学は地学、理科なんて教室を出てしまえば無縁のもの。そう考えがちな生徒を見ているうちに、自然界の様々な事物のつながりを読む授業をしてみたいと思うようになりました。 これは物理の実践記録ですので、物理の一例を挙げて、そこから他教科への跳躍を試みようと思います。 |
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2.カメラ・オブスキュラ
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直訳すると「暗い部屋」。針穴写真は、光学分野の中でも個人的に大好きな実験の1つです。 授業では真っ暗な実験室に電灯をぽつりと灯し、 「ものが目に見えるのはなぜか?」 と問いかけることから始めます。 「人によって似合う色と似合わない色があるのはなぜか?」 などという問題も、この光の反射が原因です。 次に「像」の話に進みます。
この場合、果たしてどのような結果が得られるでしょうか。 [1] ではCの字型の像が机の上に落ちます。 木々の梢からこぼれる光を見たことがありますか?木洩れ日が丸いのは太陽が丸いせいです。葉と葉の隙間が「ピンホール」となって、地面の上に無数の太陽の分身がこぼれ落ちているのです。 [2]では外の風景が上下左右逆さまになって映ります。(図2、図3)
明かりを消した瞬間、像が浮かび上がる様子は何度見ても感動的。箱の前を人が通り過ぎると、像の方でも逆さまになった人が通り過ぎます。 「えっ、カラーなの?動いているし」と生徒。 この後、原理の話をして、穴の大きさと像の鮮明さの関係に着目させます。穴が小さいほど像は鮮明になりますが、画面は暗くなり、肉眼では見えなくなってしまいます。
授業ではこの後、空き缶を持ってきてもらい、カメラ作りに1時間、撮影と現像に2時間程度かけて、レンズの話、すなわち幾何光学の分野へと話を進めました。
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3.他教科への跳躍
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【芸術】 17世紀に活躍したフェルメールの絵画にはカメラ・オブスキュラが用いられています。描きたい風景の前に「暗い部屋」を作り、穴をあけ、壁に貼ったカンバスに映った風景をなぞったのではないかと言われています。 同時代、同じ場所(オランダのデルフト)に顕微鏡で有名なレーウェンフックが住んでいました。細胞もそういえば「Cell(部屋)」でしたね。カメラと細胞の語源がいっしょなのは興味深いところです。 レーウェンフックの死後、彼の遺産管財人をフェルメールが務めています。 絵画自体は「絵を読む」というテーマで、「情報」で取り上げました。 同じ絵を見ているのに、読み取れる情報が人によって異なるのはなぜなのでしょうか?興味のある方は以下の「絵を読む」をご覧下さい。 【理科総合】
【情報】 |
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4.自然に切れ目はない
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以上が私の中ではひと続きの話になっています。「暗い部屋」「細胞」「眼球」「顕微鏡」などをキーワードに、ゆるやかなつながりを持つ好奇心の環を感じていただけるでしょうか。 昨年は物理のみならず、理科総合や情報を任されたこともあって、このような試みが可能となりました。 様々な教科で内容につながりを持たせることで、個々の学問が教室の中だけに止まるものではないこと、科学が雑多な好奇心から生まれたものであることを、高校生に感じてもらえたらと願っています。
参考文献:「日曜日の遊び方 針穴写真を撮る」田所美恵子 著 雄鶏社 |