科学の歩みところどころ
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第9回
電気と磁気の関係
森 一夫
児島昌雄
 電気と磁気の関係といえば,はじめてその関係を示したエールステッドの実験を思いうかべる人も多いだろう。導線に電流を流したとき,導線のそばに置いた磁針がふれるという今では小学生にもおなじみの実験である。今回は,この実験が当時の科学者たちに投げかけた大きな波紋の行方をみてゆこう。
 
電気と磁気は関係がない?

 電気と磁気の歴史は,古代ギリシアの頃から始まる。磁気に関しては,鉄を引きつける石(磁鉄鉱)が,不思議な石として知られていた。そして,この石の産地小アジアのマグネシアにちなんで,“磁石”(マグネット)という語が生まれた。またこの石は,木片にのせて水に浮かべると一定の方角を指す特殊な性質をもつので中世の遠洋航海に貴重な役割をはたした。
 一方,電気現象についても,装飾品の琥珀を摩擦すると羽毛などを吸いつける点で,昔から人々の注意をひいてきた。“電気”(エレクトリシテイ)という語は,琥珀のギリシア名であるエレクトロンに由来している。
 このように,古くから知られていた電気と磁気とは互いによく似た性質があることが,しだいにわかってきた。そうすると,両者の関係に目を向ける人が現れるのは当然といえよう。実際,両者の関係を示唆する現象として,落雷の際に羅針板が狂う現象を見つけた人もいたが,電気と磁気との関係についての“決め手”をつかむには至らなかった。16世紀の代表的科学者ギルバートなどは,電気と磁気は互いに関連のない異質のものだとまでいっている。静電気のみが電気だと考えられていた時代では,両者の関連を見い出しにくかったのも,無理からぬ話であろう。
 
電流が磁針を動かす!

 1800年にボルタの発明した電池は,電気と磁気の関係を明らかにする端緒となる。ちなみに,日常よく使われている乾電池は,明治25年,わが国の屋井先蔵が世界で初めて作り出したものである。
 さてエールステッド(1777〜1851)は,このボルタの電池を使って導線に電流を流し,導線の周囲に置いた磁針がどのような影響を受けるのか調べていた。彼は,導線内やその周囲には熱や光の効果があるのだから,必ずや磁気的作用も存在するに違いないと信じていた。というのも,すべての自然現象は根源的な一つの力の現れだというドイツ自然哲学を信奉していた彼にすれば,光・電気・磁気などの現象は相互に関連をもつはずだったからである。当初彼は,磁針が導線と平行方向の力を受けるだろうと予想して,磁針を導線と垂直に置いてみた。磁針は少しも動かない。ところが,たまたま磁針の位置を導線と平行方向に置くと,磁針は動くではないか。磁針に作用する力は,引力や斥力ではなくて,導線と直角になるように向ける力だったのである。こうしてみると,大学の講義実験中に偶然発見されたといわれるこの実験は,決して偶然ではなく,むしろ彼の自然観からすれば当然の帰結だったことがわかるだろう。
 
磁針のふれからオームの法則へ

オームの実験装置
 1820年に行われたエールスラッドの実験は各方面に大きな影響を与えた。この実験を利用して導かれたオームの法則もその一つである。「導体でも電流に対して抵抗を示すはずだ」と考えていたオーム(1787〜1854)は,磁針に作用する力の大きさと導線の長さとの関係を,ねじり秤を使って調べようとした。クーロン以来おなじみのねじり秤は,弱い回転力を測定するには,うってつけの装置であった。いざ実験を始めると,一定にしなければいけない起電力が,ボルタの電池では一定にならない。そこでオームは,この電池にかえて,その頃ゼーベックの発見した熱起電力を用いることにした。やりなおしの実験の結果,X:磁気作用の強さ,x:ターミナルにつないだ導線の長さ,a・b は定数)という関係式を得た。彼は,磁気作用の強さ X は電流の強さを表していると考えていた。そして,実験からaは起電力に,b は回路の不変部分によって決まる定数であることが明らかになった。すると X は電流,a は電圧,bx は抵抗を示していることがわかるだろう。こうしてオームの法則が導かれ,混乱していた電流や電圧の概念を明確にする基礎となったのである。
 
磁気と電気で表したアンペール

 ニュートン力学の直線状に働く引力や斥力に慣れ親しんでいた科学者の目には,エールステッドの実験で磁針に作用した力が異様な力として映った。そこで,この新しい現象を何とか数学的に表現しようとする動きがフランスで現れる。数学の盛んだったフランスでは,どんな科学にも数学的表現を与えねばならないとする気風が強かった。その中心人物は,電流の単位アンペア(A)にその名を残しているアンペール(1775〜1836)である。彼はまず,正電気の流れる方向を電流の方向と定義し,今でいう“右ねじの法則”を次のように表現している。「観測者の足元から頭の方へ電流が流れるものとしよう。顔を磁針の方に向けたならば,N極のふれる向きは,観測者の左手の方向である。」
 アンペールは,電気と磁気の関係をユニークな発想で考えた。すなわち,電気と磁気とは相互に関連しているのだから,磁気作用をもすべて電流でおきかえて,基本法則を定立すべきだというのである。彼は,物質を構成している分子内の微小円電流が電流の基本単位になっているという構想を描いていた。確かに,電流の流れているソレノイドは1本棒磁石と同じ磁気作用を示すのだから,彼の考えもあながち奇妙とはいえないだろう。それに,磁性を電子の運動に帰着しようとする今日の理論からみれば,筆者はアンペールの鋭い洞察力に感嘆せざるを得ない。
 電磁気現象の基になっているのは電流だと考えたアンペールは,ニュートン力学的な方法にならって理論を構築しようとする。すなわち,質点に対応して電流要素を考え,その電流要素同士に作用する直線的な遠隔力をもとにして,“電気力学”を打ち建てたのである。この理論は,平行な2本の導線に作用する引力と斥力の実験によってその妥当性が示された。ただ残念なことに,まもなく発見される誘導電流を含めることができなかった。
 
電磁誘導と場の概念

誘導電流をためす実験
 電気と磁気の関係を数式化しようとする動きに対して,ほとんど数学を使わずに数々の発見をなしとげた人がいた。それは,“真理のかぎだす特別の鼻をもつ男”とよばれたファラデー(1791〜1867)である。彼の発見の秘訣は,自然界のさまざまな現象や作用の間には密接な関連があり,それらは相互に変換されて統一されるべきだという自然観にたって,豊かな想像力や鋭い直観力を最大限に働かせた点にあるといえよう。
 彼の最大の発見は,何といっても電磁誘導の発見である。彼は「電流から磁気が生じたのだから,磁気から電流が生じるはずだ」とか「静電気の誘導作用のように,電流からでも電流を発生できるはずだ」と考えて,電流の発生に取り組んでいた。そして1831年,鉄の輪に巻いた2組のコイルの一方を電池と接触・切断する際に,他方につないだ検流計の針が瞬間的に動くことに気づいたのである。引き続いて電池を使わずに,上図のような装置を用いて電流の発生に成功した。この時も検流計の針は,棒磁石を鉄心から離したり,接触したりする際に動いたのであった。
 ファラデーは,この電磁誘導の現象を,“磁気線”という概念を導入して,「導線が磁気線を切れば電流を生じる」と解釈した。“磁気線“とは,今でいう磁力線のことであるが,彼はこの線が媒体や空間に存在していると考え,視覚的・直観的に電磁気現象を把握しようと試みたのである。
 このファラデーの“場”の考えは,その後マックスウェルの方程式となって花開いた。さらに,マックスウェルの理論から予言された電磁波をヘルツが実験的に証明し,場の理論の正しさが認められ,今日に至っている。
 最後に,電磁気現象が最初に実用化された機器である電信機にまつわるエピソードを一つ紹介しよう。当時の電信機は,電流が流れると磁針がふれることを利用していた。1845年に,この電信機が殺人犯を捕えた。機関車ほど速いものはないと思われていた当時,列車に乗った犯人は,「もう大丈夫」と安心しきっていた。ところがあにはからんや,電報を受けとった警官が,終着駅で待ちかまえていたのである。これにはロンドン子も目をまるくし,電信機に対する認識を新たにしたということである。