情報・メディア産業からの提言
"情報教育" いまの課題、これからの可能性
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情報化社会が求める能力−企業から教育に期待すること−
NEC文教ソリューション事業部事業推進部主任
井 上 義 裕

 教育の情報化の必要性が叫ばれ,学校現場にコンピュータが導入されてはいますが,広く活用されているかというとそうでもないようです.一部の教員だけが活用していて,活発にコンピュータを利用しているように見える学校も,その先生が異動するととたんに火が消えてしまうということもよく聞きます.文部科学省は平成17年度までに,普通教室に各2台のコンピュータ,校内LANの整備などを目標に掲げています.しかしながら現場の意識はどうであろうか.企業の側から見た課題や学校での情報教育に期待することを考えてみます.

1.「IT」の普及

 「IT」最近とみに耳にします.「IT革命」とも言われます.どのような変化が起こっているのか,一端を紹介してみましょう.
 中規模程度以上の企業や役所では,職員一人に一台のコンピュータの整備が進んでいます.それらがイントラネットで繋がっているのも当たり前になりつつあります.
 当社を例に取ると,交通費の精算や出張費の処理などは,イントラネット上の専用サイトで処理します.書類に判を押す作業はずいぶん減りました.給与明細も配布されず,自分でID,パスワードを入力し閲覧することになっています.必要であれば各自プリントアウトすることになります.研修等もWebで行うものが増えました.URLとパスワードが配布され,いつでも時間が取れるときに自習する.終了時にはテストがあり,隣席の者と同時にスタートしても問題はランダムに出題されるので同じではなく,選択肢なども違う内容になっています.それを指定された期日までに終了させなければなりません.通達などはメールで配信されるものが大半となり,適宜社内向けのホームページや社長,役員等の個人ホームページ,部門ごとの独自ホームページを見ていないと社内にいても情報に遅れることになってしまいます.
 自動販売機に書いてある電話番号に携帯電話から電話をかけ繋がると,自動販売機のランプがつき商品が購入でき,代金は電話代と一緒に請求というサービスが韓国ではスタートしています.日本でも電車の定期券を改札機にかざすだけで通れたり,携帯電話に付けたチップで定期券と同じように通れるようにするサービスが今年中に始まります.
 電話も,インターネット技術を使って全国どこへかけても一律20円というベンチャー企業のサービスも始まります.アメリカでは,パソコンに直接繋ぐインターネット電話機も発売されています.
 インターネットはどこのホームページを見ても電話料金は変わりません.これまでの電話の概念が崩れ始めると同時に物理的距離による料金体系も変わろうとしています.音楽用CDで販売されていた楽曲も,携帯電話でダウンロードし楽しむことも可能となっています.
 デジタル衛星放送もスタートし,双方向での放送を楽しむことができるようになりました.これまでの「放送」=「送りっぱなし」ではなくなりました.双方向を利用した新しい番組もこれから増えるでしょう.テレビの楽しみ方が変わります.テレビショッピングも,自宅で色や形を確認して,その場で申し込み購入することができるようになっています.
 先の電話での音楽ダウンロードサービスや,双方向でのテレビショッピング等が広がると社会構造自体が変わってしまいます.流通構造が変わります.仲買や問屋が不要となり,店員さんがいるショップ(店)も数がいらなくなります.大量生産,大量販売の見本のような自動車をカスタムメードで請負う大手メーカも現れました.営業マンが顧客を獲得して販売していた株式証券も,インターネット証券会社が台頭し,大手証券会社の取扱量を抜いてしまったりしています.
 手元にIT機器がないからといって,IT社会には縁がないとは言っていられない状況になっています.高校生も大半は携帯電話を手放さず,電話をしたりメールを交換しています.彼等は「IT」を特に意識せず,流行→便利な物→必需品といった構図でごく自然な形で携帯電話の文化をつくっています.携帯電話の通話料を支払うために他の経費を節約し,学校近くのコンビニエンスストアの売上が伸び悩むという話も出ています.あらゆるところに少なからぬ影響が出ているのです.

2.学校の現状

 これだけ社会が情報化しているのに,学校現場の情報化は一時代前の状況と言っても過言ではありません.県庁や市の事務職員にコンピュータが配備されるようになっても,教員に配備する話はこれまでありませんでした.ようやく,平成17年に向けての第三次整備計画で教員も使用可能なコンピュータの整備がなされるようです.これは良いことですが,今から5年後には社会の情報化は今よりもっと進んでいると思われます.
 「コンピュータは冷たい」「コンピュータは難しい」「良いソフトウェアがない」「学校に入っているコンピュータシステムが古い」とか,コンピュータ活用に否定的な発言をなさる先生方がいらっしゃいます.一般の企業でも同様の発言をなさる方がいらっしゃいますが,その方々の多くは,コンピュータシステムが新しくなっても,自分が仕様打合せに参加した新しい運用支援システム(ソフトウェア)が稼動しても,導入研修会が何度開かれても結局『使わない』『使いたくない』のには変わりがないというのが現状です.否定的な発言をなさる先生方の多くは情報通信,情報機器の良さを体験したり恩恵を受けていない方かと思います.

3.学校教育に期待すること

 情報通信機器は普及するにつれ,使い方が変わってきました.例としてワープロを考えてみますと,一昔前は清書機でした.手書きの原稿を渡して「ワープロ打っておいて」という仕事がありました.コンピュータが個人に行き渡り,全員が電子メールを使うようになると,清書の仕事はなくなります.ワープロは今考えをまとめるための道具となり,プレゼンテーション用や配布用資料は,それ専用のソフトウェアで『清書』する時代になっています.
 企業も社会構造が変化することに対応し,人事制度や採用に関して大きな変化が現れています.当社や大手電機企業は,履歴書に学校名を記入せず,専門学校卒,4年制大学卒,大学院卒としか表記しません.当社の同業他社では,大学の成績ではなくTOEIC600点以上が入社条件という企業も出てきました.
 情報開示が進むと企業やその業界が求める能力に合わせて,大学や進路を選択する傾向が生まれるでしょう.これまでの偏差値などの基準や尺度も変わっていくでしょう.変わっていくであろうとは予想できても,具体的にどのようになるかまではわかりません.そこで,どのように状況が変化したとしても,必要とされる能力の育成を学校には求めたいと思います.一般に情報活用能力と言われますが,その能力を活かすために,

    [1] 自分の考えをしっかり持っているか
    [2] 自分の考えを正しく伝えられるか
    [3] 情報を整理できているか
    [4] 人の意見を比較しながら聞けるか
    [5] 相手の立場,考えを認めているか

といった非常に基本的なことが重要になります.私も含めてあふれる情報の中にいて,情報に流されず,遠く離れ,立場や環境の異なる場所にいる電子メールの相手とコミュニケーションを取り仕事を進めるには必要なことです.これは普段の授業のなかで育成できると思います.近い将来,情報インフラとソフトウェアが充実すれば,インターネットを活用した授業での育成が望ましいと考えます.Web上で数式や関数グラフツールを共有し,他の学校の生徒と協同で解を求めたり,証明の速さを競ったり可能性はひろがると思います.学習の際に,相手がいることは重要なポイントになると考えます.討論したり,協力したり「人」とのかかわりを情報通信技術の中で学ぶことが必要だと考えます.もちろん,情報機器を使わずともこのような学習はできます.しかし,普段顔を合わせているクラスメイトと,一度も顔を合わせたことがない他校の生徒と電子メールや,電子掲示板の上だけで話をしたり,協議するにはそれなりの配慮や工夫がいります.それがないと人的な障害が発生します.そのような体験が貴重なのです.
 このような交流を他校と行うにあたっては,教員同士のコミュニケーションがより重要になります.教員間の人間関係がしっかりできていないと,生徒同士の些細なトラブルに対応できず,教員間にも溝ができてしまう結果となってしまいます.
 コンピュータを使った教育といってもその機械を,機能を使用するのは人間です.機械や技術は人の行動(学習)をただ支援するだけです.教育をより効果的に行うための補助ツールとしてのコンピュータ活用を望みたいものです.
 将来,学校は上図のような地域イントラネットの中に組み込まれることが予想されます.開かれた学校,外部との交流は避けて通れない現実となってきています.一部の私学では,父兄と学校の連絡は電子メールでというところも出てきています.情報通信技術が発達すると人間関係が希薄になるように思われがちですが,より人間的な部分が必要になってきます.それを常に意識して指導していただければ,情報化社会で充分活躍できる人材が育つと考えます.


井上 義裕;1983年大阪教育大学卒業.
ソフトハウスを経て,1989年NEC入社.1993年より現職.
教育ソフトの企画開発,販売促進業務,文部科学省中央研修講師等担当.

Eメール:yoshi@elsd.ho.nec.co.jp