情報目次へ情報・メディア産業からの提言(2)
"情報教育" いまの課題、これからの可能性

NHKエデュケーショナル教育・語学部 副部長 日比美彦

ブロードバンド環境における教育コンテンツの供給

1 ブロードバンド時代の到来

 今年(2000年)3月,放送記念日に向けたNHKスペシャル『放送とインターネット〜テレビが双方向になる時代〜』という番組の制作を担当した.IT革命の中核をなすインターネットが,アメリカやイギリスといった国々ではどのような進展を遂げ,人々のコミュニケーションや産業構造をどのように変えつつあるかを,現地に取材したリポートである.
 最先端の現場を撮影したクルーが持ち帰ったビデオは,少なからず刺激的だった.インターネットは,時間や国境,組織といった既成の壁を一挙に打ち破ると言われるが,世界のメディアはすでに従来の常識を越える局面に突入していたのである.
 アメリカの放送局もイギリスの放送局も,24時間絶えず更新を続けるニュースをインターネットで配信していた.いつアクセスしても,生々しい現場の映像や音声に,詳しいテキスト・データの付された最新の情報を見ることができる.
 また,アメリカでは,通常のインターネットに比してはるかに高速大容量のブロードバンド(広帯域)・インターネットに着目し,音楽や映画,ドキュメンタリー,アニメーションといった動画コンテンツを配信するビジネスが登場していた.既存のケーブル・テレビ局も,これまで敷設したケーブルを次々にブロードバンド事業に振り向けている.今年(2000年)1月世界最大のインターネット接続会社アメリカ・オン・ライン(AOL)と,映画やテレビ,雑誌などの巨大ソフト会社タイム・ワーナーが合併劇を演じて我々を驚かせたのも,実はこうしたブロードバンド事業への期待から起こった出来事だった.
 放送と通信をめぐる法制度や,メディアに対する社会状況は異なるものの,我が国でもブロードバンド・インターネットに向けてのインフラ整備は始まっている.実用化に先駆けての実験プロジェクトも立ち上がってきた.教育の世界も,この急速な変化と無縁ではない.

2 西暦2005年の学校現場

 小渕内閣の時代,緊急かつ国民的な課題について省庁を越えて議論を深め,提言を行うバーチャル・エージェンシーが招集された.「教育の情報化」は,その枢要な柱の一つであった.
 1999年12月に発表された,バーチャル・エージェンシー「教育の情報化プロジェクト」報告では,西暦2005年を目標に,すべての教室から高速回線のインターネットにアクセスできる環境をつくることが提言されている.ここで具体的に示された 1.5Mbps以上という数値は,VHSビデオ相当の画質で動画をやりとりできるレベルである.まさにブロードバンドのインターネットが想定されているのである.
 さらに注目されるのは,学校単位ではなく,各々の教室単位でこうした高速大容量の回線に接続されることを明記している点である.もはや特別な教室に移動してパソコンやインターネットを使う時代は終わり,普通の教室のありふれた道具としてブロードバンド・インターネットを活用する時代がやってくるのだ.
 こうした状況を先取りするように,全国各地で「複合アクセス網活用型インターネットに関する研究開発」などの実験も始まっている.児童生徒が,教室で自由に動画を扱うことのできる学習環境.そこには,どのようなコンテンツが準備されるのだろうか.ブロードバンドという学習環境の中で,児童生徒が新しい時代を生き抜く力を身につけていくことの成否は,デジタル双方向技術を背景とした良質なコンテンツが潤沢に供給されるかどうかにかかっているといっても過言ではない.

3 夢のデータベース実現に向けて

 今年(2000年)もNHK教育テレビでは,7月31日からの3日間,毎朝10時から『きみもアクセス!デジタル不思議ボックス』という番組を全国ネットで放送した.これは,夏休み中の少年少女たちがテーマ毎に寄せた質問に対し,即座に動画を呼び出して答えていくという生放送の双方向番組である.
 『きみもアクセス!デジタル不思議ボックス』は,1999年の8月に初めて放送された.そのときは1日を第一部と第二部に分け,午前中の第一部では自然科学系の質問に動画で答えていき,午後の第二部では総合的な学習の時間を意識して,米を題材にした動画の検索学習をスタジオと中継先の小学生たちを中心にくりひろげていった.続いて冬休み中の12月下旬には,日本の歴史をテーマに3日間の連続放送となり,季刊で編成される特集番組として定着しつつある.
 この双方向番組『きみもアクセス!デジタル不思議ボックス』の基幹エンジンとなっているのが,NHKで構築を進める「NHK学習動画データベース」である.これまでNHKが保有し,今後も制作し続けるであろう膨大な映像資産を教育目的に再編集し,使いやすいビデオ・クリップとして大型サーバに蓄積していくものである.
 このデータベースは,通常の放送にも使えるMPEG-2規格であるため,1秒30フレームと動きはなめらかで,音声も美しい.これまでに収蔵されているビデオ・クリップのジャンルは,動植物,昆虫,恐竜,宇宙,環境,気象,機械や実験工作など自然科学系のもの,縄文時代から近現代までの日本史,体育や人体,地域の歴史に関わるものなど,広範囲にわたっている.
 このデータベースに収容されているクリップには,大別して二つのタイプがある.一つは内容時間3分前後で,普通の番組のように音楽やナレーションが施されているもの.もう一つは内容時間15秒から1分ほどで,映像のみ,あるいは映像に現場音が付されているだけで補足としてテキスト情報が横の画面に出るものである.
 「NHK学習動画データベース」の項目数は現在 3,000を越え,最終的には万単位のクリップを収めるデータベースを目指している.その特長としては,次のようなことも挙げられるだろう.

1.地球規模の取材網から収集
2.多様なジャンルを網羅
3.情報内容の正確性・信頼性
4.長年培った教育番組制作のノウハウ
5.教育実践者・研究者の協力と支援
6.高度な技術研究の裏付け

 このようなデータベースが,教室から瞬時にアクセスできる学習資源として存在したら,先生方にも児童生徒にも,心強い味方となるのではないだろうか.
 もちろん「NHK学習動画データベース」が,すぐにそのまま教室で使えるということにはならない.何よりも技術的な問題がある.MPEG-2・12Mbpsという規格は,いかに2005年のブロードバンド環境にある教室といえども,容量が大きすぎるだろう.児童生徒の日常的な学習に支障のない,MPEG-1(あるいはMPEG-4)・1.5Mbpsくらいのレベルに変換する必要がある.一方では,著作権の処理もある.放送番組として許諾されたものでも,ネットワークに配信して活用するためには,新たにそれなりの交渉をしなくてはならない.また,壮大な映像図鑑ともいうべき「NHK学習動画データベース」をスムーズに使おうとすれば,学習目的や教科,校種,学年別に切り分けてコンパクトにしたり,新たなカリキュラムを研究して付したりすることも求められる.それに,児童生徒ができるだけストレスなく目的のクリップを探し出すための検索方法など,インターフェースにもさらなる工夫をしなくてはならない.
 このような課題をクリアして,2005年の教室で,夢の学習動画データベースを授業に使えるように加工するのは,NHK関連会社である私たちの重要な役割だと考えられるのである.

4 データベース学習と情報教育

 総合的な学習の時間では,「学び方やものの考え方を身につけ,問題の解決や探究活動に主体的創造的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考えることができるようにすること」が主たるねらいとされている.これは,従来の学力観や学習観とは異なるレベルで,もっと高次の能力を個々の児童生徒に対し,能動的な活動の中で育成していこうという姿勢の現れだと読み取れる.
 さらに新学習指導要領を読み込むと,来るべき世紀に向けて育んでいきたい人
間像としては,

・国際的な社会情勢を踏まえ
・的確に情報活用能力を駆使し
・グローバルな視野で思考・判断でき
・迅速な意思決定が下せる

そんな人物のイメージが浮かんでくる.
 私たちの予測をはるかに越えるスピードで,激しく変動する21世紀の社会.そのような時代をたくましく生き抜いていく力として,総合的な学習の時間,とりわけ情報教育では,従来の3つのRに代わる3つのEを身につけることが期待されている.

▼3つのR
 Reading (読み)
 wRite  (書き)
 aRithmetics (算数すなわち算盤)
▼3つのE
 Explore (探究)
 Express (表現)
 Exchange(意見の交換すなわち交流) 

 前章まで述べてきた「学習動画データベース」は,こうした理念の実現とどのように関わるのだろうか.このデータベースの開発過程では,次のような学習の局面を想定した.

・検索,参照の中から課題を発見する
・解決の手がかりと手順を見通す
・情報を読みこなし,取捨選択する
・情報を自分の文脈で再構成する
・自分の情報を新たに制作(表現)する
・他者に伝えたり,交流したりする
・課題解決と自分へのフィードバック

 「学習動画データベース」を取り入れた授業の中で,このようなプロセスがくりかえされ,児童生徒は新しい力を身につけていく.「学習動画データベース」は,総合的な学習の時間に限らず,既成の教科も含めてさまざまな学習活動に浸透していくことの可能性を秘めている.
 ブロードバンドが敷かれた教室で,このようなデータベースをはじめとするコンテンツが,次世代を担う人々の一助となることを願ってやまない.


日比美彦;1955年東京生まれ.80年日本放送協会入局.近年は「総合的な学習の時間」向けデジタル教材の開発を担当.2000年6月よりNHKエデュケーショナル勤務.共著に「教室にやってきた未来」(日本放送出版協会)ほか.


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