授業に生かす
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(1)日英対照言語学の研究成果
愛知淑徳大学教授
松 本 青 也

ダイビングと英語教育

 去年の暮れ,家族旅行でサイパンに行き,スキューバ・ダイビングとスカイ・ダイビングを楽しんできました.どちらも初めての体験でしたが,海底15メートルの世界も,地上3,000メートルの世界も,今まで全く知らなかった異質な世界で,感激しました.ボンベやパラシュートはつけていましたが,まるで魚や鳥になったような気分で,二つの世界を心から楽しめました.やみつきになる人がいるというのもうなずけます.
 家族全員がこんなに楽しめたのは,インストラクターのおかげでした.ボンベの働きやパラシュートの扱い方を実にうまく,しかもユーモアを交えて教えてくれたおかげで,安心して海と空が楽しめたのです.
 英語教育で教師の果たす役割は,ちょうどこのインストラクターに似ているのではないでしょうか.私たちは英語圏の世界に生まれたときから住んでいた,いわば鳥や魚ではありません.いくら頑張って素潜りやジャンプを練習しても,魚や鳥にはかなわないように,いくら英語の練習に励んでも,英語圏で生活していないかぎり限界があります.アメリカ人そっくりになることを目標にするなら,いつまでたっても二流,三流のアメリカ人でしかなく,若いALTにも勝てず,劣等感や挫折感で卑屈になるだけです.でもなぜアメリカ人そっくりになる必要があるのでしょうか.なぜ人間である私たちが,魚や鳥そっくりになろうとするのでしょうか.
 私たちはまず日本語を母語とする日本人であることに誇りを持つべきです.日本語を話させたら,日本人の右に出る者はいません.比べるならアメリカ人の日本語と私たちの英語です.そしてそのどちらも外国語なのですから,間違いが多くて当たり前です.こういう対等で気楽な姿勢がとれず,英語母語話者をまるで神様のようにあがめて目標にするから,生徒も彼らを前にすると,自分のつたない英語が恥ずかしく,不安や緊張で金縛りの状態になってしまうのです.
 まず教師自身が,二流,三流のアメリカ人としてではなく,ボンベやパラシュートをつけたインストラクターとして教壇に立ち,英語に対する対等で気楽な態度を身をもって示すことです.確かに魚や鳥ではないけれども,彼らが住んでいる異質な外国語という世界の不思議さ,面白さ,楽しさを実感させることにかけては,誰にも負けない一流のインストラクターになることを目標にすべきなのです.
 英語を日常生活で使うわけでもない日本で,全員に与える英語教育の機能とは,このように異質なものを実感させて生徒の知的好奇心を刺激し,言語と思考の幅をうんと広げてやることではないでしょうか.いわばインストラクター主導の体験ダイビングです.そこで興味を持ち,今度は自分だけでもっと深く潜れるようになりたい,もっと高くから舞い降りたいと思った者は,自ら志願してライセンス取得コース,つまり選択制の外国語集中コースに進めばいいのです.ここは学習者主導で,本人の素質や意欲がすべてです.スキューバ・ダイビングの場合は数日間の講習で自分一人だけで安全に潜れる技術を習得すればライセンスがもらえるように,自分一人だけで英語圏で生活する最低限の英語を習得すれば Survival English コース修了です.後は自分だけでも,どんどん英語力をつけていけるのです.
 こんなに簡単な仕組みが,どうして日本の英語教育で実現できていないのでしょう.ライセンス取得コースなのに全員の参加を求め,そのくせインストラクターは海や空の不思議さ,面白さ,素晴らしさを実感させないで,陸で細かな問題ばかり解かせているのです.

対照言語学の役割

 言語研究を,その目的で大別すると,言語の理論的な分析を深めようとする理論言語学と,言語学の研究成果を人間生活の具体的な問題解決に応用しようとする応用言語学に分けられます.対照言語学は,どちらかといえば応用言語学的な性格の強い研究分野で,効果的な外国語習得プログラムの開発に貢献するとともに,外国語の世界の不思議さに触れさせ,知的好奇心を刺激し,生徒達の言葉と思考の幅を豊かに広げるためにも,その研究成果が大いに役立つのです.
  しかし従来は英語教師が一般に母語である日本語の特質について生徒以上の知識を持ち合わせていなかったために,日英語で何が違い,何が同じかということは常識の範囲で断片的にしか扱われませんでした.むしろ教師は異質な英語の音声をカタカナなどで日本語化することで同質化し,異質な発想を和訳することで同質化し,異文化の異質な価値観も日本文化と同質なものとみなしてきました.英語という異質な素材を日本語と同質化して,いわば日本語や日本文化の枠の中に取り込んでしまうことが従来の(受験)英語教育の根強い機能だったのです.そのために生徒の方も,英語をいわば日本語を暗号化したものと受け止め,入試に向けて暗号の解読作業を黙々と繰り返すだけで英語の授業は終わってしまっていたのです.
 そこで今回は,授業に生かすという観点から,音声,文法・発想,価値観のレベルで幾つかの具体例を挙げながら,日英対照言語学の研究成果を活用して生徒の知的好奇心を刺激し,言葉の面白さに気付かせる方法を考えてみましょう.

音  声

 日本語と英語の音声を比較対照することで,英語の音声の異質さと母語である日本語の音声の特質に気づき,人間が発する音声の特徴と多様性を知ることができます.それがひいては,音声に対する学習者の意識を高め,より正確な発音につながるのです.

  1. 英語母語話者は,なぜ「おじさん/おじいさん.主人/囚人」の聞き分けが難しいのか?→いつの間にか母語特有の耳になってしまっているので,識別のためには聞きとりの練習が必要なことに気づかせます.
  2. 日本人の“Thank you very much.”が英語母語話者になぜ「イチゴ・たくさん・ありがと」に聞こえるのか?→日本語にない音を注意して発音させます.
  3. どうしてローマ字表記による「ひ=hi」,「ふ=fu」が不正確なのか?→日英語の違いに気付かせ,日本語化された発音を矯正します.
  4. 五十音図の順番はどうして決まったのか.そしてアルファベットは?→人間が出す音の多様性と規則性に気づかせます.
  5. 日本語は何拍子が基本?→カタカナ英語で4文字が多いのも,5・7・5の俳句も,3・3・7拍子も,すべて4拍子が基本であることに気づかせ,日本語のモーラの不思議さを実感させます.
  6. 英語母語話者は,どうして「ニッポン」を「ニポ」と発音しがちなのか?→日本語のモーラと,英語の音節の違いに気づかせます.
  7. どうして“Betty and Jack”ではなく,“Jack and Betty”なのか?→英語がリズムをいかに大切にするかに気づかせます.
  8. どうして“Are you angry with me?”は,ふつう‘me’ではなく,‘an-’のところで声の調子が上がるのか?→日英語のイントネーションの違いに気づかせます.

文法・発想

  1. 形態論や統語論の分野で日英語の根本的な違いを知ると,英語を話すときには,やはり英語で考えなければならないことが分かり,より自然な英語が使えるようになります.
  2. 日本語にはなぜ「時制の一致」がないのか?→時間軸での視点の移動の有無という,根本的な違いに気づかせると,時制をうまく使いこなせるようになります.
  3. なぜ英語の前置詞は名詞の前で,日本語の助詞は後につくのか?→VOとOVという基本的な違いが,多くの対照的な語順(接続詞と文,先行詞と関係節,助動詞と本動詞,副詞の順序など)となって表れていることに気づかせます.
  4. 『吾輩は猫である』という小説はふつう“I am a Cat”と訳されているが,これをもう一度日本語にすると「私は(一匹の)猫です」などとなってしまうのはなぜか?→それぞれの言葉に特有な単複の概念や区別の仕方に気づき,英語を使うときは英語で考えることの大切さを実感します.

価値観

 その言語を使う集団特有の価値観が言語の背後にあることに気づかせると,生徒は自分の価値観を客観視して比較対照することで,ものの見方が広くなり,異質なものに寛容になると同時に,異文化コミュニケーションを円滑に展開できるようになります.

  1. 日本人の大人は,おみやげを渡すときなどに「つまらないものですが,…」などと言ったりするが,同じような場面で,どうして英語母語話者は,“Here is something nice for you. I hope you'll like it.”などと言ったりするのか?→日本人の気持の中にある,へりくだりの意識と,英語母語話者の対等な立場で喜びを表現しようとする意識の違いが理解でき,初対面の挨拶の「よろしくお願いします」と“Nice to meet you.”などにも当てはまることが分かります.
  2. 日本語の「いらっしゃいませ」がどうして英語の“May I help you?”か?→お互いに助け合うことを善しとする価値観と,自立を重視する価値観の違いで,客が自分だけで商品を選べるのにプライバシーを侵害してまで助けようとするときには,こう尋ねなければならないと説明すると,生徒は驚いて,面白がります.
  3. 英語の“I'm sorry.”には,どうして日本語の「すみません」が表す感謝の意味がないのか?→日本語の「すみません」は「すまない」の丁寧な形で,謝罪にしろ感謝にしろ,このままではあなたに対する私の関係や気持が決着しないという意味で,相手との関係を意識した表現.一方,“I'm sorry.”の方は,“sore(=痛む)”から来た表現で,自分の心が痛むとしか言っていない.だから謝罪の他に同情や残念な気持も表す.つまり人間関係か,自分の気持かの違いで,これは否定疑問文への答えとして,相手の言った内容について「はい」「いいえ」を言う日本語と,これから自分が言おうとする内容で“Yes”“No”を使い分ける英語との違いにも当てはまると気づかせると,生徒は納得して興味を持ちます.

 教師が日本語から見た英語の異質さをうまく取り上げて説明すれば,ほとんどの生徒は言葉に興味を持ち,やがてその中から,英語を使いこなせるようになりたいと思う生徒が出てくるのです.
(次回は英語を実際に使わせるために,授業でマルチメディアをどう生かすかを取り上げます.ご意見,ご感想をお寄せ下さい.E-mail: seiyam@asu.aasa.ac.jp