English Expressions A la carte
英語表現アラカルト
If Winter comes, can Spring be far behind?
冬が来るなら,春が遥かに在り得ようか?
旭川工業高等専門学校教授
十河 克彰
 “If Winter comes, can Spring be far behind?” は,言わずと知れた Shelley の詩の一行です。 これが日本人お気に入りの phrase になったのは,「冬来たりなば春遠からじ」と,漢文調の翻訳のせいだと思っています。あまりも人口に膾炙したので,出所は中国か日本の古典かと思うほどです。誰の訳なのでしょう。実にうまい訳です。しかし学生が教室でこの訳をしたなら,教師は訳に異議を唱えると思います。
 私の昔の先生でしたら,「冬来たりなば春遠からじ」,と訳すと,「君は 『疑問符?』 の意味を知らないのですか。疑問文の後につけるのですよ。」,と皮肉を言うと思います。なるほど,これは疑問文です。疑問文は疑問文として訳すべきです。疑問文は疑問文でも,修辞疑問文,rhetorical question です。答えを要求しない疑問文です。「遠からじ」の「じ」は推量の否定です。「そんなことはないであろう」の意です。
 次いで,この詩の題は,Ode to the West Wind です。「ode の意味を知っているか」,と先生は聞くと思います。知らない私は,辞書を引きます。

POD (1990) によると,“a lyric poem, usu. rhymed and in the form of an address, in varied or irregular metre.”

「抒情詩,通常押韻し,呼びかけの形式で,格はいろいろ,あるいは不規則である。」(筆者訳)
OALD (2000) では “a poem that speaks to a person or thing or celebrates a special event: Keat’s ‘Ode to a Nightingale.”
「人,物に呼びかける詩,あるいは特別行事(戴冠式,戦勝記念など)を祝う詩,例:キーツの『ナイチンゲールに寄せるオード』」(筆者訳)

 ですからこれは,西風に呼びかけた詩です。定冠詞theがついていますから,特定の西風です。調べると,1819年の秋,Shelleyはフロレンス郊外の森で暴風に遭ったとあります。Winter, Spring が大文字で始まるのは,personification,擬人法です。Winter, Spring を人に見立てているのです。
 私が学生に教えるとして,噛み砕いた訳をするなら, 

「(私もあなたも知っている,あの)春さんは,(あの)冬さんの後ろにいるのだから,冬さんが来たとしたら,春さんが冬さんの後方,遥か彼方にいるなんてことは,ありえません。そうでしょうが。」

 「つらい冬を耐え抜けば,やがて春が来るのだから,がんばりなさい」と一般に理解されていますが,Shelley のこの詩を読むとそんな意味はありません。
 我が老師にこの話をすると,「英文学に於ける浪漫主義」(大和資雄著,研究社 昭和33年)を貸してくれました。英語教師で英文学者でもあった,大和先生の訳は,これです。

「冬が来るなら,春が遥かに在り得ようか?」

 名訳です。妥協などしない,英語教師の良心を感じる訳です。疑問符,「?」をつけたのは,世に流布している,「冬来たりなば春遠からじ」の原文は疑問文ですよ,と言いたかったのかも知れません。