教育改革のとりくみ 目次
宗像市小中一貫教育の取り組みと今後
福岡県宗像市教育委員会

1.宗像市が小中一貫教育を推進する背景
なぜ,宗像市は小中一貫教育を進めるのですか。

小中一貫教育を進める理由

(1) 本市における児童生徒の実態から

平成17年度 日の里・大島中学校区の学習意識調査(教科の学習への好嫌度)結果

1 学力意識調査から

 宗像市が平成16年度に実施した「児童生徒の学習意識調査」によると,「勉強が好きだと思わない児童生徒」や「授業中に発表しない児童生徒」が,小学校高学年から増えています。

 こうした背景の一つには,中学校になると授業内容が高度になり,難しくなることが考えられます。中学校では,算数は,「数学」と名前が変わり,「負の数」や「X」や「Y」を使った文字式や方程式など,新しい内容が登場します。こうした内容に戸惑いをもつ生徒が増えてくるのではないかと考えます。

 また,体験を重視した問題解決的な授業になれていた小学生が中学校に進級し,資料を用いた説明型の授業に馴染めず,意欲が低下していることもその原因として考えられます。

 以上のことから,小・中学校の教員が,小学校段階で本来育成すべき基礎的・基本的な知識や技能や,小学校で身に付けてきた学び方を発揮させる指導方法等に対する共通理解を図る必要があると考えました。

2 中1ギャップへの対応から

 中1ギャップとは,小学生から中学1年生になった生徒が,学習や生活の変化になじめずに不登校や生徒指導上の問題が起きるという現象のことです。

 文部科学省によると,平成19年度,年間30日以上学校を休んだ小・中学生は約129,000人に上り,2年連続で増加傾向にあります。また,小学6年生から中学1年生になると,不登校生徒は毎年3倍前後に増加するといわれます。今回の調査では,中1の不登校生徒は約25,000人ですが,そのうち小学6年生のときから不登校が継続している生徒は約7,500人であり,中1になって17,000人以上が新たに不登校になる計算になります。

平成17・18年度 宗像市不登校児童生徒数

 宗像市は不登校の発生率が全国的に見ても少ない自治体ですが,不登校が発生する時期は,平成17年・18年の2ヵ年ともに中1(7年)・中2(8年)に急激に高まるという傾向を示しています。

 こうした背景の一つに,新たな友人や教師との関係が挙げられます。小学校では,担任の先生がほとんど全ての教科を受けもち,一緒に過ごします。ところが,中学校では,教科ごとに先生が変わり,生徒は先生との距離を感じがちです。先生も生徒の悩みや友達どうしのトラブルなどを把握するのが難しくなりがちです。

 また,部活動の練習や上級生との関係もその背景に挙げられます。中学校では小学校のクラブ活動とは異なり,大会での勝利を目指して厳しい練習が行われます。さらに,部活動では,小学校にはあまりみられない「先輩・後輩」という上下関係を経験しながら,友達と比較される機会が格段に増えてきます。児童生徒が,学校生活での教師や友達の「支え」を失い,他者からの評価に自信をなくしたり,自分の居場所を見つけられなくなったりして,不安やストレスを抱え,学校に行けなくなってしまうこともあると考えられます。

 こうした課題を解決するためには,児童生徒が小学校と中学校の「違い」を上手く受け入れて,乗り越え,集団の中で人間関係を築いたり,自らの感情を制御したりしながら,異学年,異校種,異学校などの子どもとの人間関係を構築していくシステムづくりを行い,小学校から中学校への接続をスムーズに行うことが大切であると考えたのです。

3 学校と保護者・地域の役割の課題から

 これまで学校は,学校経営の目標や目標達成のための方策を説明したり,その取組状況を学校評議員や保護者へアンケートで調査したり,総合的な学習の時間等の授業に地域の人材を招いたりしてきました。しかし,保護者や地域が,義務教育9年間をかけて,学校とともに児童生徒の教育に責任を負うというシステムまでには確立していませんでした。

 このことから,教職員と保護者,宗像市の各地域コミュニティ運営協議会が一体となって児童生徒を育てるシステムも必要であると考えました。


2.小中一貫教育の取組
一貫教育推進校では,どのような共通の取組を進めていますか。

一貫教育推進校での取組

(1) 一貫した教育目標

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 宗像市の大島中学校区,日の里中学校区の2つの小中一貫教育の推進校では,これまで別々の教育目標のもと,小・小間,小・中間で全く違う取組が行われていたのを,同じ教育目標にして取組を始めました。

 教育目標をそろえることで,たとえ,学校は変わっても,教師が子どもに話す目標や願いは同じだということを感じ取らせ,児童生徒に安心感をもたせるようにしています。

(2) 「考える力」や「コミュニケーション力」を育むための一貫した教育活動

 考える力を育むために,1小中学校の系統性を図った9年間を見通した教育課程をつくったり,2小学校と中学校の教え方を可能な限りそろえ,「めあてとまとめのある指導方法」を行ったり,3中学校の教師が小学校で授業を行ったり, 小学校の先生同士が授業を交換したりして教科担任制を行っています。また,コミュニケーション力を育むために,隣の小学校同士や小学生と中学生が合同で行事を行うなどの交流活動を行ったりしています。こうした取組により,小学生のうちから中学校の教師や先輩などに親しんでもらい,教師と子ども,子どもと子どもがお互いの気持ちを通い合わせ,学習面や生活面で意欲的に取り組むシステムづくりを行っています。

(3) 学校組織の協働化

 教師と子ども,子どもと子どもがお互いの気持ちを通い合わせるためには,小・中学校の教師同士が顔見知りになり,教育活動を推進するための組織を整えることが大切になります。そのために,校長・教頭・教務主任等が集まる「校務会議」,小中の教科担当が集まる「教科等部会」や,「研究主任部会」「生徒指導部会」を行っています。

(4) 地域組織の協働化

 地域の組織として学校運営評議委員会を設け,学校の取組に対し,地域コミュニティ運営協議会などの代表者などから評価を受ける機会を設けています。


3.小中一貫教育における指導方法
「考える力」を育むために,どのような指導方法を行っているのですか。

児童生徒が「めあて」と「まとめ」を創る一貫した指導方法の実施

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 平成17年度の両中学校区の児童生徒の学力を見ると,考える力に課題があることがわかりました。そこで,前期1,2年生では,基本的な学び方や学習規律を徹底して指導しています。

 そして,中期3,4年生からは,児童生徒自らが学習のめあてをつくり,自分のめあてに沿って進んで調べたり,考えたりして,1時間の学習のまとめを自分の言葉で表せるような授業づくりに努めています。


教育委員会Column1  「一貫性のある指導方法の実施」

 小・中学校の各教科別学習指導要領解説や国立教育政策研究所における評価の趣旨をもとに思考力・判断力に関する項を下記の表にまとめ,校務会議や校内研修会の場で提示し,各学校区が掲げる重点目標と各教科等の目標の関係を明らかにしました。

  思考・判断(考える力)に関する評価の趣旨
算数
算数的活動を通して,数学的な考え方の基礎を身に付け,見通しをもち,筋道を立てて考える。
数学
数学的活動を通して,数学的な考え方を身に付け,事象を数学的にとらえ,論理的に考えるとともに,思考の過程を振り返り考えを深める。
   

 また,小学校の算数科では,1単位時間の導入,展開,終末段階における学習活動や教師の手だての在り方,「めあて」の条件(下記参照)を明記した指導方法モデルを提示し,それぞれの学校の校内研修の日常化に役立てるようにしました。

<めあての条件>

○○を(目的),△△の方法で(方法),調べよう(活動)。

結果を見通しにくく,答えを見つけ,見つけ方を明らかにする帰納的な学習

○○が,□□になるわけを(目的),△△を使って(方法),説明しよう(活動)。

結果の見通しが立ち,答えの正しさを証明する演繹的な学習

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4.小中一貫教育における指導体制
「考える力」を育むために,どのような指導体制をとっているのですか。

兼務教員の授業や交換授業による一部教科担任制の実施

平成20年度 日の里中学校区・大島中学校区の兼務教員による教科

写真1 体育の兼務教員による授業
写真2 音楽の兼務教員による授業

 小中一貫教育の特徴的な取組として挙げられるのが「兼務教員」による授業です。兼務教員とは,福岡県教育委員会から兼務辞令を受け,小・中学校のいずれの学校でも授業を行うことができるようになっている指導方法工夫改善教員のことです。

 上表のように平成20年度の日の里中学校区では,日の里中学校の音楽と保健体育の教員が,それぞれ日の里東小学校と日の里西小学校の中期6年生の授業を行っています。また,日の里東小学校の教員は,日の里中学校の中期7年生の数学を担当し,日の里西小学校の教員は,日の里中学校全学年の家庭科を担当しています。(写真1,2,3,4)さらに,両小学校の中期部では,学級担任の得意な1〜2の教科について単元や配当時間を決めて,交換授業を行っています。また,総合的な学習の時間のセレクト学習では,日の里中学校の教員が両小学校に出向き,授業を行いました。

 大島地区では,大島中学校の数学,音楽,社会,体育の教員が,大島小学校の前期・中期の児童を中心に各教科の授業を行っています。

 このように教師の得意分野を生かした教科担任制の一部を小学校の段階から導入することにより,児童の中学校への進級時の不安を解消するだけでなく,一人一人の児童生徒のよさや可能性を引き出し,学習意欲の向上に努めることができると考えています。

 また,各学校では,兼務教員による授業などの指導体制が整うように,下足置き場,事務机などの環境整備を行ったり,小・中学校の日課表の1校時,3校時,5校時を揃えたりして工夫を凝らしています。

写真3 算数の兼務教員による授業 写真4 家庭科の兼務教員による授業

教育委員会Column2  「兼務教員による授業の実施」

 兼務教員が授業を行うためには,福岡県教育委員会から兼務辞令を受ける必要があります。中学校の兼務教員が小学校で授業を行うためには,中学校の免許のみで構いませんが,小学校の兼務教員が中学校で授業を行うためには中学校の免許が必要となります。そのため各学校が兼務教員による授業を行う際には,教員が所持している免許を考慮しながら,児童生徒の課題が見られる教科と指導方法工夫改善教員の特徴教科を合わせる必要があると言えます。また,宗像市教育委員会では,兼務教員による授業や交換授業などの一部教科担任制が効果的に進むように下記のように人的支援も行うとともに,兼務教員の移動に備えて,公用車を配置しています。

  研究指定の内容 支援措置
日の里中学校区
福岡県重点課題研究指定
(平成18〜20年度)
財政的支援(15万)
宗像市教育委員会研究指定・委嘱事業
(平成18〜20年度)
財政的支援(30万)
人的支援(非常勤嘱託職員各学校2名)
大島中学校区
国立教育政策研究所教育課程研究センター小・中連携実践研究事業
(平成18〜19年度)
財政的支援(20万)
宗像市教育委員会研究指定・委嘱事業
(平成18〜20年度)
財政的支援(30万)
人的支援(非常勤嘱託職員1名)


5.小中一貫教育における児童生徒の交流
「コミュニケーション力」を育むために,どのような交流活動を行っているのですか。

学校行事などにおける小・中の児童生徒による交流

写真1 日の里中学校の生徒による
日の里東小学校児童の組体操への補助
写真2 大島山笠の様子
写真3 大島全島大運動会の様子

 指導方法や指導体制を一貫させるだけでなく,日の里中学校区や大島中学校区では,学校行事などでも小・中学校間の児童生徒の交流を進めています。日の里中学校区では,中学校生徒による小学校児童の組体操指導(写真1),歓迎遠足,クリーン作戦や授業交流活動,6年生の修学旅行,5年生の集団宿泊学習を行っています。大島中学校区では,もずくとり,大島山笠(写真2)櫓漕ぎ大会,運動会(写真3)などを行っています。

教育委員会Column3
「小中の交流活動」

 宗像市では,各中学校区に1つ以上の地域コミュニティ運営協議会があります。日の里中学校区には日の里地区コミュニティ運営協議会,大島中学校には大島地区コミュニティ運営協議会がそれに当たります。

 各中学校区において小中学校の児童生徒が学校行事などでクリーン作戦や運動会などの交流活動を行う際には,この地域コミュニティ運営協議会に働きかけ,コミュニティの協力を得ると活動がしやすくなります。

 宗像市教育委員会では,コミュニティの方々に小中一貫教育の趣旨を説明することにより,小中一貫教育への理解と協力をお願いしています。



6.小中一貫教育における成果と課題
一貫教育推進校での成果と課題を聞かせてください。

一貫教育推進校の成果

(1) 児童生徒・保護者・他校の教師の感想
クリックすると画像が拡大されます。
 
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 右は,日の里中学校で小学校の兼務教員による授業を受けた生徒の感想です。「小学生のときから私たちのことを知っているから,苦手の部分をきちんと教えてもらえる」という感想に見られるように,教師の専門的な指導により,中学校生活での安心感を与えているのがおわかりいただけると思います。

 また,右横は,学校運営評議委員会での保護者の方の発言です。

 昨年度の小中一貫教育推進校中間発表会で実施した市内小・中学校教職員のアンケートや保護者の「中学校の先生が小学校で教えてくれるようになって,子どもがその教科を好きになったといっています。」という発言からも,本市の小中一貫教育に対して,好意的であることがわかります。

 さらに,昨年度の小中一貫教育推進校中間発表会で実施した市内小・中学校教職員のアンケート結果からもわかるように,「よかった」「とてもよかった」が約90%を占めることから,本市の小中一貫教育の発表内容に対して,肯定的であることがわかります。

小中一貫教育推進校中間発表会のアンケート結果

(2) 学習意欲・不登校児童生徒数の変容

1 学習意欲の変容

平成17年度 日の里・大島中学校区の学習意識調査(教科の学習への好嫌度)結果

平成19年度 日の里・大島中学校区の学習意識調査(教科の学習への好嫌度)結果

 上のグラフは,日の里中学校区と大島中学校区の平成17年度と19年度の学習意識調査(教科の学習への好嫌度)の結果です。

 19年度の割合を見ると,小中一貫教育導入直前の平成17年度よりも,教科の学習が好きだという子どもの割合が増えています。

 特に,中期(小5〜中1)の児童生徒の割合が増えていることがわかります。

 こうした伸びは,1小中学校の系統性を図った9年間を見通した教育課程をつくったこと,2小学校と中学校の教え方を可能な限りそろえ,「めあてとまとめのある指導方法」を行ったこと,3中学校の教師が小学校で授業を行ったり, 小学校の先生同士が授業を交換したりして教科担任制を行ったこと,などの取組が有効に働いたためと考えられます。

2 不登校児童生徒数の変容

平成18〜20年度(9月期) 日の里・大島中学校区の不登校児童生徒数の変化

 上のグラフは,日の里・大島中学校区における平成18年度〜20年度の不登校児童生徒数の変容です。このグラフを見ると,18年度9月期は9名であったのに対し,20年度9月期は1名へと減少していることがわかります。特に,7年生(中学1年生)の不登校数は0名になっています。

 (1),(2)のような結果から,小学校の6年生で中学校の兼務教員や校内の教員による教科担任制を体験したり,中学生と交流したり,中学校の1年生が小学校の兼務教員から学習を受けたりするという環境が,子ども達に,安心感を与え中1ギャップの解消につながっているのではないかと考えます。


一貫教育推進校の課題

 一貫教育推進校の課題としては,指導方法や評価について共通理解を図ることが挙げられます。担任と兼務教員による定期的な連絡会をもったり,授業以外でも児童と教科担任や兼務教員との交流の場を設定したりするといった取組が考えられます。

 教育委員会の課題としては,宗像市の小中一貫教育を市内に拡大するにあたり,他の中学校区の学校数,学校規模,児童生徒数,伝統,学校間の距離等の地理的条件,地域・保護者の願いを把握するとともに,小中一貫教育を推進していく場合に必要な学力向上支援教員配置等の予算などを入念に検討する必要があると考えています。

 このことについては,本年10月31日に行われた調査研究校の「最終報告会」により,成果と課題の整理を行うとともに,宗像市小中一貫教育推進協議会からの最終答申を踏まえて,検討するようにしています。

 本市としては今年度3月までに,小中一貫教育の今後の方向性を打ち出したいと考えています。



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