授業実践記録

「電流とその利用」単元の導入に際しての試み 〜まずは電流をしっかりイメージさせる〜
神戸大学発達科学部附属明石中学校
理科教諭 赤松 弘一

1.はじめに

 電流とその利用の単元は多くの生徒にとって難解で,分からないまま封印してしまう生徒もいる。また問題の解き方や公式は理解していても,それらは機械的に覚えた知識で,電流の本質を理解しているとはいえない場合が多い。導線内を流れる電流は目に見ることができず,数理的な解釈だけで終わってしまうため,その部分で電流というものを具体的な物としてイメージできなければ電流が引き起こす様々な現象は理解できず,学習を進めてもますます迷路に陥ってしまう。そこで,電気にまつわる諸現象を理解するために,電流というものを具体的にイメージさせたいと考えた。

 現在教科書では,電流の単元において,初めに静電気を取り扱い,身近な電気の存在から導入している。その後,直列,並列回路における電流・電圧のそれぞれの特性,そしてオームの法則を検証し,最後に電流の利用ということで,発熱やローレンツ力・電磁誘導を学ぶ。この一連の授業の流れの中で,静電気から回路を流れる電流へのつながりにおいて,実際に授業を進める上で,抜け落ちている部分があるように思う。

 物質の摩擦によって生じた電気にプラスとマイナスがあり,それらは引き合う。そして電流が流れるとは,マイナスの電気が移動することである。ということで,これは蛍光灯やネオン管を静電気で光らせる実験で生徒は体験できる。この流れに無理はない。しかし,その次の段階の,実際に回路を流れる電流を扱う段になって,生徒には様々な疑問が生じてくるのである。

 その疑問のいくつかをあげてみると,
 * 乾電池にはたくさん電気の粒(電子)が入っていて,使うほどそれが減っていき,無くなると電池は寿命になる。では使い終わった電池は軽くなる?
 * 自転車のダイナモ発電機には寿命がない,いくらでも電気をつくり出せるのか?
 * 金属はなぜ電気が通るのに,紙やプラスチックには通らないのか?

 これらの疑問は当然生じるものである。その疑問が生じた背景には,電流を電気の粒の流れと捉えただけで,その導線内での挙動にまで踏み込んで考えられていないためであると考える。そこで以下のような授業を構成し,電流についての具体的なイメージを持たせることで,後のオームの法則や電流の利用についても無理のない理解を進めるために以下のような試みを行った。


2.授業の実際

流れ 学習活動,内容 【生徒の反応】 押さえたいポイント
1次
(導入)
静電気に触れてみよう
1 2本のストローをティッシュペーパーで摩擦し,反発や引き合う力がはたらくことを確認する。
2 電気くらげを泳がそう(写真1)
ポリプロピレンの荷造りひもでつくった電気くらげを塩化ビニールのパイプで空中に泳がす。
【手をかざすと吸い付いてくる!】
3 静電気を感じてみよう(写真2)
アルミ箔とプラスチックコップでライデンびんを作って静電気をため,触れてみる。生じる小さな白い火花を見る。10人で輪になって手をつないで感電実験をする。
【びっくりした,怖い,あまり感じない,端っこの人が感じる】
4 身近な静電気による現象を探し再現してみよう暗室で化繊の上にセーターを着て脱いでみる。
【家でもやってみたことがある。えっそんなことが起こるの?】

静電気は引き合ったり反発したりする性質がある事を見いだす。
静電気は物から物に移し替えたり,ためたりできる。
身近にある静電気が起こす現象を見つけ,その共通点に気付き,再現する方法について考える。(ドアノブは良く経験しており,冬場に多く体験しているが,セーターは気付いていない生徒が多い。)
2次 電気の姿を見てみよう
1 静電気で蛍光灯をつけることができるかアルミ箔で作ったライデンびんに静電気をため,端子に蛍光灯(10W)をつなぐ。
身体にたまった静電気でもおなじように蛍光灯をつけてみる。
【蛍光灯に塩ビ管を近づけただけでも蛍光灯が光る!】
2 電気を目で見る瞬間
・雷のいなずま
・静電気の火花
【白熱電球や蛍光灯の光は?】
3 電気はどこにあるのか
【アルミ箔も,ストローも普段さわってもビリッとは来ない】
原子の構造(電子と原子核)
プラスの電気を持つ粒(原子核)とマイナスの電気を持つ粒(電子)が結びついている。
すべての物質の中に電気は存在している。

静電気と,普段使っている電池や電灯線からの電気が同じ物であることを知る。
電気はあらゆる物質の中に存在し,プラスマイナス0の状態になっている。摩擦によって不均一な状態ができると,これが静電気がたまった状態。均一になるために電気が移動したときが放電であることを知る。
静電気を生じやすい組み合わせがあることを知る。
3次
1 電気の粒を見てみよう
誘導コイルによる空中放電を観察する,音を聞き,紙を燃やしてみる。
【手を入れたらどうなるの,もっと間隔を広げたらどうなるの,この音は何?】
風車入りの放電管で風車が回ることを確認する。電極を逆にしてみる。(写真3)
陰極線を観察し,電極を逆にしてみる。磁石を近付けて見る。
【光とは違う。マイナスから出ている】
2 電流が流れる速さは?
スイッチのON・OFFと電灯の反応速度を見て予想する。
【光の速さと同じ・秒速1000km・音速ぐらい?】
実際の電子の移動速度を説明する。
【めちゃくちゃ遅い!なんで?】
電灯の反応速度とのギャップから電子の速度と電流の速さの違いを考える。
【わかった!導線の中にはいっぱい電子が入っていて・・・】
銅線の中を流れる電流のモデルを演示する。
(写真4)
3 導線を流れる電子様子をモデルで表してみよう
自由電子の存在
導体と不導体の違い
電流の向きと電子の移動方向
4 導線を流れる電子様子をモデルで表してみよう電流の正体を調べた人々について知ろう
フランクリンの実験と電流の定義
トムソンによる陰極線の分析
空中放電は小さな雷である(音,紙が燃える)。
電子の性質
陰極線が単なる光と異なり,質量を持ち,−極から出てくる粒子で,磁界から力を受けることを確認する。
電流とは電子の移動である。
電子は平均して0.01mm/秒程度の移動速度であることを知る。
電子の移動は,導線内で次々玉突き状態が伝わり,トコロテン式にって押し出されていくことを知る。
電流の流れる速さとは電子の移動状態の伝わる速さであること。
自由電子の存在が電流が流れるために欠かせないこと,電流の流れる向きは電子の流れとは逆になっていることを知る。
過去の科学者が試行錯誤し,時には後の科学が検証し,間違いがわかったことなど,科学の興味深い歴史事実を知る。

 以上の学習で電流についてのイメージができれば,次のような交流や直流の違いや特徴,電流による発熱,電磁誘導の原理などについても,非常に理解しやすくなると考えられる。
1 発熱は自由電子の流れが引き起こす原子の振動であること。(写真5)
2 電流の流れにくさ(抵抗)は自由電子の存在によって決まってくる。
3 交流は数百キロの長さの高圧電線を伝わって各家庭のコンセントに届くが,毎秒50/60回の周波数は,電子が発電所からコンセントまでを往復しているのではないこと。
4 導線中の自由電子がそれぞれ磁界から力を受けて移動することで誘導電流が生じていること。
5 電池や発電機は電子をつくり出すものではなく,磁力や化学反応によって電子を循環さえるポンプであること


3.おわりに

 この授業実践では現行の指導要領では取り扱わない内容を数多く取り入れている。陰極線や原子の構造などは発展的な内容になると思われる。しかし,これらに触れることで,上記の15のような重要かつ基本的な概念が,生きた形で理解できると考える。


4.本文中の写真一覧と説明

 写真1
電気くらげの泳動
塩ビ管はエタノールでふいてほこりや油を取っておく。
天井に近付けてやると天井に吸い付いて,クモのように足で貼りつく。
手をかざすと手に吸い付いてくる。直径3cm長さ40cmぐらいの塩ビ管でも十分できるので,数を用意し生徒実験をする。
 写真2
プラスチックカップとアルミホイルでできる簡単なライデンびん。カップの外にアルミ箔を貼り付けたものを2つ用意し,これを2段に重ねる。
 電気くらげで使用した塩ビ管をティッシュでこすってアルミ箔の端子に擦るように接触させて静電気をためる。
 写真3
陰極線の放電管。右は羽根車,左は蛍光板とスリット。他に誘導コイルが必要。
 磁石を近付けて陰極線が曲がる様子や羽根車が回ることを見せ,光とは異なる性質であることに気付かせる。
 また電極を切り替えて陰極線の出ている極を確認する。(本校にはスクリーンのある放電管や陰極線をはさんで電極を配した放電管がない)
 写真4
 自作の電子伝達模型。導線内部を玉突きしながら電子の移動が伝わる様子を再現する。
 釣り竿のアクリルケース(断面45×65mm長さ780mm)の中に27個のピンポン球を入れてある。両端には透明のビニールテープを貼って,真ん中にスリットを入れておく。端から球を1つ押し込むと,見事に反対から1つが飛び出る。
 写真5
 電流による発熱の自作モデル
 白ペンキを塗ったラワン材に30mmの釘を打ち付けている。釘はステンレスの方がよい(鉄は数年でさびてしまう)。パチンコの玉かビー玉を20個ほど上から転がす。パチンコ玉の数を変え,板の傾きを変え,釘の密度を変えることで,発熱量が何によって変化するかが理解できる。
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